要旨

●アベノミクス以降、雇用は増えても賃金は伸びない状況が続いてきた。その背景には、雇用増のけん引役が有配偶女性やシニア層によるパート就労であったことが挙げられる。ところが、足元では女性を中心に正規雇用者数が増加ペースを速め、非正規雇用比率の上昇に歯止めがかかってきた。

●毎月勤労統計でみると、これまで正規雇用者の賃金もパート労働者の賃金も上昇していたが、賃金水準の低いパート労働者比率が高まることが平均賃金の上昇率を押し下げてきた。こうした中、パート比率上昇による押し下げ効果が軽減されたこともあり、2016 年は実質賃金がプラスとなった。2017 年については、原油価格の持ち直しや円安の効果による物価上昇が見込まれることで、実質賃金がプラスを維持できるかは微妙だが、ここに来て人口減少がようやく賃金上昇圧力として顕在化してきた。

●正規雇用者の増加は賃金水準の上昇だけでなく、将来不安の軽減を背景にした消費押し上げや、企業の教育支援機会に恵まれ労働生産性が上昇することなど、日本経済の強化に繋がる。また、新卒一括採用に限らない正規雇用者数の増加が柔軟な労働市場の実現のきっかけになることを期待する。

非正規雇用者比率上昇に歯止め

 アベノミクス以降、雇用者数の増加が著しい。これまで雇用の牽引役は、有配偶女性やシニア層のパート労働者だった。そのため、非正規雇用者の占める割合は上昇が続き、12 年に35.1%だった非正規比率は、13年に36.5%、14 年には37.3%に上昇した(図表1)。しかし、その後は15 年37.3%、16 年37.4%と上昇ペースは急速に鈍化、16 年後半には、前年差マイナスとなる月が続くなど(図表2)、長く続いた非正規比率上昇の流れに変化がみられる。

とうとう賃金上昇か?
(画像=第一生命経済研究所)
とうとう賃金上昇か?
(画像=第一生命経済研究所)

 正規雇用者数の前年差を見ると、15 年に増加に転じた後、増加ペースが速まっている。男女別にみると、増加の主因は女性だ(図表3)。年齢階級別にみると、女性の中でも、25-34 歳(オレンジ市松模様)および45-54 歳(赤太斜線)の正規雇用者が増加している。背景には、結婚・出産を機にした退職の減少や子育て一段落後に正規雇用で就職する女性の増加が挙げられる。産業別にみると、小売業、医療,福祉、製造業などで女性正規雇用者数の増加が続いており、人手不足の続く産業で正規雇用での採用が増えているものと考えられる。だとすれば、今後、団塊世代が70 歳を迎え、労働市場からの退出が進むとみられるもと、正規雇用者数の増加基調は続き、近く非正規比率が低下に転じることも十分に想定される。

パート比率上昇に歯止めで2017 年の賃金上昇率は+0.2%pt 押し上げ

 毎月勤労統計でみると、14 年以降、春闘でのベースアップ復活もあり、正規雇用者が多く含まれる一般労働者の賃金は上昇している。パート労働者についても、103 万円の壁をはじめとする就労調整の影響で月給こそ横ばい圏での推移となっているものの、人手不足を背景に時給ベースでは上昇が続いている。こうした中、平均賃金の押し下げ要因となっていたのがパート比率の上昇だ。賃金水準の低いパート労働者比率が高まることが平均賃金の上昇率を押し下げてきた(図表5)。

とうとう賃金上昇か?
(画像=第一生命経済研究所)

 このパート比率上昇による押し下げは、15年までは前年比で▲0.5~0.6%ptの押し下げとなってきた。16年については前述の通り、非正規比率の上昇に歯止めがかかってきたこともあり、押し下げ圧力はおよそ半減した。仮に、非正規比率の上昇に歯止めがかかれば、17年の所定内給与はパート比率上昇による押し下げ圧力が無くなることになり、所定内給与の前年比は+0.2%pt押し上げられる。仮に、一般労働者賃金やパート労働者賃金が前年並みに伸びるとすれば、2017年の名目所定内給与の前年比は+0.5%程度での推移が期待できることになる。

 実質賃金についても、足元では野菜価格の上昇などを受け、前年比マイナスに転落したが、それを除けば緩やかな回復基調にある。2016年には実質所定内給与は前年比+0.3%と、2010年以来6年ぶりにプラス転化した。2017年については、エネルギー価格の上昇などを背景に消費者物価の上昇、および実質賃金の低下が現時点でのコンセンサスとなっているが、仮に名目所定内給与が前年比+0.5%となれば、実質賃金についても前年比横ばい程度を維持できる可能性が出てきた。これまで雇用は増加するも回復しない賃金、という構図が続いてきたが、ここに来て人口減少がようやく賃金上昇圧力として顕在化してきた。

正規雇用者数増加は成長力強化につながる道

 正規雇用者数の増加は、短期的には上記のような賃金押し上げ効果を通じて、消費者マインドや消費の回復に繋がる。また、人口減少、高齢化が進む中、正規雇用者数の増加基調が続けば、中長期的にも2つの面から日本経済を強化することが期待される。

 ひとつ目は、供給面からの成長力強化である。教育支援機会に恵まれた正規雇用者が増加することで、労働生産性の上昇に繋がり、国の潜在成長力が上昇する効果だ。日本的雇用慣行のもとでは、長期雇用を前提とした正規雇用者に教育支援機会が限られがちである。今後、労働力人口が遅かれ早かれ減少に転じていくと見込まれる中、一人ひとりの生産性を高めることは供給力を維持し、成長していくためには不可欠だ。正規雇用者数の増加はこうした流れに繋がることになるとみられ、成長力強化に繋がるだろう。

 もう一つは、需要面からの成長力強化である。賃金カーブがフラットな非正規雇用者とは異なり、正規雇用者は将来の賃金上昇が期待できる。また、厚生年金の加入や退職金制度の適用も、将来不安の軽減になるだろう。消費税率引き上げ後、家計が節約志向を強め、消費性向を引き下げたことが消費の停滞を招いたが、こうした将来不安の軽減は家計の節約志向緩和に働くだろう。

 人口減少下、貴重な労働力を生かすには、各々の生産性を高めることが重要であり、長寿化が進むもとでは各々が老後に備えることが必要である。現状ではそのためには正規雇用者になることが早道であり、非正規比率の上昇に歯止めがかかったこと自体は喜ばしい。団塊世代が70歳を迎え、人口減少圧力が本格化する中、こうした動きはギリギリ間に合ったというところだ。ただし、問題の根幹にある正規・非正規の分断された労働市場自体は解消していない。新卒一括採用に頼らない正規雇用者の増加が、労働市場の複線化につながり、同一労働同一賃金が浸透し正規・非正規間での転職が可能となるような柔軟な労働市場形成のきっかけとなり、非正規比率を観察すること自体が意味を持たなくなることが、最も望まれる。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主任エコノミスト 柵山 順子