いよいよトランプ政権が始まろうとしている。中国に対して45%の高関税率をかけると、中国の輸出と輸入がともに減少して、日本の部品や工作機械の対中輸出も打撃を受けるだろう。正しい政策は、米国が中国に対して関税率を上げるのではなく、逆に0%にすることだ。それによって中国の製品輸入は増えるだろう。

中国の成長は輸入を増やしにくい

 トランプ政権がスタートすると、世界経済の新しい火種として米中貿易摩擦が激化することが警戒される。見かけ上、米国の貿易赤字はその反対側で中国の貿易黒字の拡大によって生み出されるようにみえる(図表1)。もしも、米国が中国からの輸入に高関税をかけると、米国の対中国貿易赤字が縮小するのだろうか。私たち日本人にとって、現在の新しい貿易摩擦は、20~30 年前の日米の貿易摩擦を思い出さずにはいられない。中国の貿易構造を吟味することなしに、単に赤字が悪いという紋切り型の批判をすると、誰もメリットを得られない結果を招くだろう。

米中貿易摩擦と日本
(画像=第一生命経済研究所高関税では問題解決しない)

 まず、素朴な疑問を考えてもらいたい。中国経済は衰えたとはいえ、6%台の成長をしている国である(IMF見通しでは、2017 年6.5%)。1%前後の成長力しかない日本が、中国と交易関係を深めれば、6%成長に応じて日本からの輸出の伸びが期待できると考えてよいのだろうか。答えは否だ。マクロの経済成長率と輸入の伸び率の間の関係は曖昧である。中国側の統計で確認すると、2016 年の輸入額は前年比△5.5%であった。ここでは、為替レートの変動による影響もあろうが、輸出数量の減少も響いているとみられる。中国の輸入額は、2015・16年と連続して下落している。

米中貿易摩擦と日本
(画像=第一生命経済研究所)

 中国の輸入と連動性が高いのは輸出である(図表2)。輸入も輸出も、マクロの成長率とは連動性が低い。つまり、中国がたとえ高成長をしたとしても、海外からの輸入は増えにくいだろう。このことが、中国が成長する恩恵を貿易相手国が感じにくい背景をつくっているとも言える。

中国の輸出減は日本のデメリット

 中国の輸入が、中国の経済成長率と関連が薄いことは、中国においては内需拡大≠輸入増という関係を暗示している。むしろ、輸出増≒輸入増なのである。これは、中国の貿易が、加工貿易によって牽引されているからだろう。輸入中間材が輸出品に使われる割合は約半分になる。中国では、輸出製品を作るとき、日本などから部品を輸入したり、工作機械を導入することが多い。例えば、中国の輸出製品が高度な技術を活用しようとすると、部品や工作機械を日本から導入せざるを得なくなる。中国が対米輸出に力を入れるほど、日本にも恩恵があることになる。また、従来から中国の人件費は安く、日本などの海外企業は、製品組立てを中国の現地工場で行なってきた。この図式は、日本と中国のみならず、韓国やASEAN諸国と日本との間でも成り立つ。

 ならば、米国が中国に高関税をかけて、対米輸出が落ちると、日本企業も従来からの恩恵を失うことになろう。米中貿易摩擦は、日本にとって、決して他人事ではなく自分に降りかかってくる火の粉とみた方がよい。

 誠に都合が悪いのは、先にみた通り、中国の輸出がすでに減少局面に移行している中で、さらに高関税が追い討ちになることである。中国の加工貿易は人件費が高騰してきたことが原因で、かつてのコスト競争力を失ってきている。ドル高に引きずられた人民元高が、ユーロや円など他通貨との競争力の低下に繋がっている側面もある。このまま、米国が中国に高関税をかければ、中国の競争力はさらに低下して、外資は中国から移転して、別の人件費の安い地域へと生産拠点をシフトさせていくだろう。この点は、中国の製造業メーカーの生産活動にも言える。中国企業が他のアジア諸国へと生産シフトしていくシナリオである。その場合、中国の内需は設備投資減、雇用削減によって下押しされる。

 中国の対米輸出が減るときに対米輸入も減少するとみられるので、米国の対中貿易赤字は収支改善がすすみくい。だから、高関税は対外不均衡を是正するよりも、専ら中国の経済にダメージを与えることになるだろう。中国政府は、きっと報復的な関税率引き上げを採るだろう。すると、保護主義的な米中間での応酬が米中貿易をさらにシュリンクさせて、各国の海運、造船など幅広い産業にダメージを拡散させるだろう。これは、最悪のシナリオと言える。

貿易収支の大誤解

 日本がかつて貿易黒字大国だったから、「日本は大勝利している」と言えたのだろうか。およそ常識的なビジネスマンはそうは考えなかった。例えば、米国はあれだけの貿易赤字国であるが、日本をはるかに凌ぐ豊かな国である。国の豊かさと貿易収支は直接的な関係がないという証拠である。貿易黒字=勝ち、貿易赤字=負け、という図式は、とんでもない勘違いである。筆者がこの誤解について習ったのは、大学二年生にリカードの「交換の利益」を経済学の授業で学んだときである。この原理は、2国が相対的に低コストで製造できる品目を互いに輸出すれば、双方の消費者は購買力を高められるという考え方(比較生産費説)である。当時、何とも洗練されたアイデアだと思った。貿易の原理が、比較優位に基づくものであれば、貿易を行なっている赤字国も黒字国も双方がメリットを受けていることになる。逆に、米国が中国からスマホを輸入しないで、自国生産すると、米国民は割高なスマホを買わされて損をする。交易が比較生産費説に基づいているとすれば、貿易赤字=負けという理解は間違いである(無論、貿易理論の前提を変えて多用な解釈ができる)。米国がかくも豊かである根拠の一つは、米国民が貿易取引を通じて割安な消費財を入手していることと、米企業がグローバル展開を行って比較優位の恩恵をフルに活かして稼いでいることにある。

日本も貿易で多大なる恩恵

 貿易黒字を、企業の儲けと重ねて考えることに間違いがある。輸出額は、売上に重なる概念であり、付加価値ではない。輸出額には材料コストが含まれていて、企業の儲け(すなわち付加価値)にはそれが含まれていない。産油国は採掘した原油を輸出して貿易黒字を稼いでいるが、原油十分に利益を得られる訳ではない。日本は無資源国でありながら、輸入原材料に対して国内で多くの付加価値を上乗せして海外に輸出して、十分に利益を得ている。中国の場合、安い人件費を目当てにして外資が海外から部品を輸入して加工組立をして米国に輸出しているが、付加価値ベースでそれほど儲けているわけではない。むしろ、自動車、電気機械などの分野で、中国の工場へ付加価値の高い部品などを売っている日本企業の方に利益が多大な利益を得ている。

 OECDなどのデータで、付加価値ベースで貿易収支をみたときに、対米貿易で最も利益を享受しているのは日本である。米国が日本をはじめとして海外との交易量を減らすとなれば、日本はそのダメージを率先して受けることになろう。日本は高付加価値輸出国の弱点として保護貿易主義の被害を受けやすいのである。

米国は関税をなくせば中国輸出を増やせる

 さて、米国が中国との間での貿易摩擦を改善させるにはどういすればよいのか。筆者は、トランプ氏の発想をひっくり返して、米中の関税率を0%あるいはそれに近づけるのが良いと考える。

 中国は6%台の成長を遂げているのに、その効果が輸入拡大に結びつきにくい。公共事業における資材調達などを米国や日本に門戸を開放して、入札方式を導入すればよい。腐敗の根絶にも効果大である。豊かになっていく中国国民が、米製品を好んで購入できるためには、関税率を0%にしてアクセスを阻害しないことが最も重要となる。そうなれば、中国の高成長を世界中が大歓迎するだろう。

 いっそのこと、TPPに中国を巻き込んで、米国がイニシアティブを採れば、中国がもっと輸入の間口を広げることになろう。トランプ氏の保護主義は、政治的アピール色が強く経済合理性に沿って考えると米国民のためにならない。むしろ、正反対の貿易自由化が正しい選択となる。北風政策よりも太陽政策の方が正解という結論である。

 おそらく、中国にとっても自由貿易はメリットが大きい。中国人が豊かになるためには、人件費を継続的に上昇させる条件としては、内外企業が資本移転を通じて産業競争力を高めていくことだろう。保護主義の危険を知悉している中国の有識者は多いはずである。皮肉なことに、ダボス会議で習近平主席が「保護主義にはノーと断言すべきだ」と語っている。中国が輸出競争力を落としていることに対して、自由化へ舵を切った方がよいという考え方も認める人は多いだろう。その条件として、中国が輸入に課している関税率を引き下げてもらう。トランプ氏の貿易政策を180度反対にすれば、米中そして日本にとってWin-Winの関係が描ける。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生