トランプ次期大統領は20 年前の日米摩擦を強く意識して貿易政策を推進しようとしているのではないか。そう考えると、中国との摩擦は、中国自身の努力をもって解決されるのではなく、米国自身の政治が変わるか、もしくは中国の経済的存在感が小さくなるかしか終息はなさそうだ。日米摩擦は日本の自動車メーカーの現地生産によって緩和されたことも思い出される。

貿易摩擦の思い出

 トランプ次期大統領は、中国に対しては手厳しい外交を展開しそうである。ひとつの背景にあるのは、米国が抱えている対中貿易赤字の問題である。米国にとって中国は、最大の輸入相手国である。それなのに、輸出額は少ない。中国は米国製品をほとんど輸入せず、輸出ばかりしている。中国の対米輸入額が、対米輸出の約4分の1でしかないのは、アンフェアにみえる。そういった理由が、報復的な関税率を課してやろうという動機になっている。

 これは、昔、どこかで見覚えがある話である。そう、20 年以上前の日米貿易摩擦のときとほとんど同じなのだ。ならば、私たちはその貿易摩擦の記憶を辿ることで、今後の教訓にすることができるだろう。

 日本が貿易黒字に転じたのは1981 年である。その後、1983 年頃から対米黒字が急拡大していく。これは米国の赤字拡大と対称を成した。80 年代後半のバブル期の初めから貿易摩擦がクローズアップされて、内需型経済への転換を提言した86 年の前川レポート、89 年以降の日米構造協議を経て1990 年代後半には下火になった。日本の貿易黒字が1993 年から減少に転じ、1996 年にはピーク時の半分までに減ったことが理由だろう(ドルベースの減少は1995 年から)。米国のルービン財務長官(在任95-99 年)の登場がドル高政策へとパラダイムを変えて、貿易赤字は悪というパターナリズムが消えたことが大きいと見ている。また、日本もバブル崩壊からデフレ経済に移行する。アジア通貨危機が起こって、日本問題が霞んだことも、摩擦が消えた背景と考えられる。つまり、今後の中国の努力によって米中貿易摩擦が解決されるのではなく、米国の政治勢力の交代か、あるいは中国の経済的没落をもってしか許されないと予想される。

日本は終始、誤解だと思っていた

 興味深いのは、80 年代後半から経済学者の小宮隆太郎氏が、米国の経常赤字はISバランスの結果であり、日本側でなく米国の経済体質にあると喝破していたことである。平易に言えば、米国の過剰消費が続く限り、輸入額は膨らんで巨大な経営赤字は変わらないということだ。当時、日本の流通市場などの閉鎖性が日本が米製品を輸入しない原因であり、日本の構造改革が求められると多くのオピニオンリーダーが主張していたのを小宮氏は一刀両断に切り捨てた。前川レポートが内需拡大を唱えていたのは、本当は内需拡大ではなく輸入拡大であった。

 1990 年代後半になって日本のオピニオンは、「アメリカの対日貿易赤字の拡大がクローズアップされることが多い。あたかも対日貿易収支だけが特別な動きをしているような捉え方がなされるが、こうした見方は適切でない」(1995 年政府の経済白書)とまとめている。

なぜ二国間のFTAではダメなのか

 そもそも貿易とは、隣町の安いスーパーに買い物に行くのに似ている。我が町の消費者は安く買うメリットを享受できる。我が町における買い物の量は、隣町に出かける消費者が増えると、反対に減ってしまう。だから、我が町の町長は、隣町との間に関所を設けて関税を課そうとする。こう言えば、我が町の消費者は、関税によって害されることがわかるだろう。貿易のメリットは、我が町のスーパーが隣町の同業者に負けないように競争して利便性を向上させることにある。また、我が町で作っていない商品は外から安く買えば、自給自足よりも遥かに豊かになれる。

 米国が中国から安い製品を大量に購入していることは、米国民を潤している。厳密に言えば、米企業の国際分業は、関税率が低くなるほど米国の消費者のメリットを高める。

 過去、関税率をWTO加盟国で広範囲に下げようとしたが、各国の利害で上手くいかなかった。そのため、マルチ交渉(多国間)からバイ(一対一)の交渉、すなわちFTA・EPAの方向へと流れが変わった。NAFTA やTPPのように複数国が同盟を組むかたちになるのは、WTOのマルチ交渉とFTAの中間を狙って、関税率を一挙に引き下げたいからである。

 トランプ氏の主張するバイのFTAに戻ってしまうと、各国FTAを連携させたマルチの関税率引き下げを将来しにくくなる。はっきり言えば、バイのFTAを米国と組むと、むき出しになったトランプ政権の利害に直面して貿易連携が事実上後退すると考えられる。もともと、報復関税を持ち出すことが、貿易自由化によって国民が安く買い物ができる利益と相反している。

米中貿易摩擦の未来

 日米貿易摩擦が改善した過程を調べると、日本企業の現地化の効果もあった。90 年代前半から、自動車、電機などの加工組立産業は、米国へ進出して、日本企業は米国内で部品調達や雇用拡大を始めた。電機などは、アジアへ展開してそこから対米輸出を行う。丁度、日本の対米貿易黒字は90 年代中盤から頭打ちになっていった。一言で表現すれば、日本企業のグローバル化によって、米貿易赤字=日貿易黒字の関係が成り立ちにくくなって、摩擦が薄らいだ。なお、日本の対米黒字は、中国の対米黒字にシフトした。結局、日米貿易摩擦の正体は、自動車を筆頭にした生産拠点問題だった。

 翻って、中国はどうなるのか。中国の人件費が高騰し、かつ経済成長が鈍化すると中国企業はグローバル展開していくだろう。また、米企業の国際分業体制(EMS)が中国からベトナム・インドなどへと生産拠点を変えていくと、中国の黒字も減っていく。トランプ氏が仮に報復関税のようなものを課せば、中国の黒字は他国の対米貿易黒字へと分散することになろう。これは中国の成長率を下押しさせるシナリオでもある。

 問題は、米国の「双子の赤字」が再び浮上することだろう。財政刺激によって米国の総需要が増えると、同時に貿易赤字も膨らむ。そのときは、中国バッシングが他国にシフトするのだろうか。マクロの米国インバランスが続くと、昔、議論されたドルの持続性問題が再登場するのだろうか。これはドル高の継続可能性と言い換えてもよい。米金融規制の緩和とドル金利上昇によって当面はドル高の条件は維持できそうにもみえる。しかし、個別の製造業大手がトランプ政権に狙い撃ちされて、国際分業のメリットを失う場面が増えていくと、競争力の面からドル高の条件は切り崩される。

 中国は、人件費上昇が続くほど、各国企業にとって中国を生産拠点として用いるメリットを失う。90年代に日本が凋落したのと同じ軌跡を2020 年にかけて、中国も辿るということになるのだろうか。そう言えば、90 年代前半の日本を襲ったのは円高リスクであった。人民元は切り下がったようにみえて、他通貨に対して、ドル高で相殺されている部分がある。トランプ政権になると、米中の貿易摩擦は90 年代の日米摩擦と重なるようになっていくだろう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生