要旨

● 消費税率引き上げは、将来の社会保障の充実のために上げるため、非ケインズ効果的な考えに基づけば、個人消費が増えるという見方もある。しかし、実際は逆に個人消費が減っていることからすれば、社会保障の充実だけでは消費は増えないことと示している。

● 日本の潜在成長率と人口動態は非常に関連が深く、将来の人口予測に基づけば、2020年代後半以降は日本の潜在成長率は非常に厳しい状況になることが予測される。我が国では就業希望の非労働力人口が400万人以上存在するため、こうした人材が活躍できる環境を整えれば、ある程度は潜在成長を維持する時間稼ぎができる。

● 根本的には人口を増やさないことには経済成長の維持は不可能。特に、外国人留学生を大量に受け入れる取り組みの強化が将来の移民政策の突破口を開くと考えている。日本でもオーストラリアの成功事例等を参考に、外国人留学生の増加と将来的な移民政策といった方向にかじを切っていく必要がある。

● 直近の就業希望の非労働力人口を性別で見ると、全体の四分の三が女性であり、最大の要因は出産・育児となっており、この要因だけで100万人近くの就業希望非労働力人口が存在する。このため、人材・インフラ面も含めて待機児童を解消することが重要な政策になる。

● 日本では女性・高齢者・外国人の労働市場参入が難しいことの根本にあるのが、同じ会社で長く働けば長く働くほど恩恵が受けやすいという就業構造があり、日本的雇用慣行を段階的に変えていかなければ日本経済の成長持続は危うい。

● 労働市場の流動性が高い国ほど潜在成長率が高くなりやすい。しかし、労働市場の流動化を促す正社員解雇の金銭解決や脱時間給制度は安倍政権が打ち出した「働き方改革」に含まれていない。労働市場の流動化を促す一方で、労働者の能力開発を促進して失業の長期化を防ぐ積極的労働市場政策に一刻も早く踏み込むことがアベノミクスの喫緊の課題といえる。

(注)本稿は7月20日に開催された内閣府経済財政諮問会議政策コメンテーター委員会総会における筆者の発言内容の一部をまとめたもの。

消費増税先送りは賢明な判断

 一般的には、アベノミクスが始まっても、賃金の上昇が不十分といわれている。しかし実は従前言われているよりも賃金は上がっているというデータがある。賃金統計としては、毎月勤労統計が一般的に注目され、これによれば、2015年における一般労働者の所定内給与は前年比+0.6%にとどまる。しかし、それよりもサンプル数の多い賃金構造基本統計調査によれば、一般労働者の所定内給与は前年比で+1.5%も伸びているということになる。従って、実は一般的な認識よりも、家計収入は増えていることになる。

 

「働き方改革」に足りない要件
(画像=第一生命経済研究所)

 しかし、雇用者報酬が増えているにも関わらず、個人消費が増えていない。そして、雇用者報酬と個人消費のかい離が生じたきっかけが2014年4月の消費税率引き上げとなっている。一方で消費税率引き上げというのは、将来の社会保障の充実のために上げるため、非ケインズ効果的な考えに基づけば、消費が増えるという見方もある。しかし、実際は逆に個人消費が減ってしまっているということからすれば、社会保障の充実は必要だが、それだけでは消費は増えないということを示している。

人口動態に左右される潜在成長率

 そうなると、なぜ家計や企業の財布の紐が緩まないかというと、マクロ的には個人消費にも設備投資にも関係してくることになるが、生産年齢人口が今後も減少を続け、国内のパイが縮小してしまうという漠然とした不安が大きいのではないかと考えられる。

 実際、日本の潜在成長率と生産年齢人口や人口ボーナス指数の変化率といった人口動態との関係を見ても非常に関連が深い。そして、将来の人口予測に基づけば、2020年代後半以降は日本の潜在成長率は非常に厳しい状況になることが予測される。従って、将来の漠然とした不安を緩和するには生産年齢人口の下落を抑え込まなければいけないことになる。そうした意味では、現在、アベノミクスでは一億総活躍社会の実現に基づいた政策が打ち出されつつある。そして実際に、我が国では就業希望の非労働力人口が400万人以上存在し、失業者の2倍の規模となる。従って、こうした就業希望の非労働力人口が労働市場で活躍できる環境を整えれば、ある程度は潜在成長を維持する時間稼ぎができる。しかし、やはり根本的には人口を増やさないことには経済成長の維持は不可能と筆者は考えている。つまり、潜在的な消費、投資の拡大を持続させるために、将来的には移民政策が必要だと考えている。

「働き方改革」に足りない要件
(画像=第一生命経済研究所)

外国人留学生増で潜在成長力引上げ

 しかし、いきなり移民政策は難しいと思われるため、外国人留学生を大量に受け入れる取り組みの強化が将来の移民政策の突破口を開くと考えている。実際、日本政府は以前から留学生30 万人計画という目標を掲げているが、日本の外国人留学生数は国際比較可能な2013 年時点で13.6 万人、2015 年時点でも18 万人にとどまっている。一方、オーストラリア等では外国人留学生の大量受け入れによる経済活性化に成功している。特にオーストラリアでは、地方に留学すると移住ビザの発給要件を緩和する等の優遇措置をすることで地方創生などにも貢献している。従って、日本でもこうしたところを参考に、外国人留学生の増加と将来的な移民政策といった方向にかじを切っていく必要があるのではないかと考えられる。

「働き方改革」に足りない要件
(画像=第一生命経済研究所)

女性活躍に必要な日本的雇用慣行の是正

 一方、女性の活躍も重要である。実際、直近の就業希望の非労働力人口を性別で見ると、全体の四分の三が女性である。そして、女性の就業希望非労働力人口を要因別で分けて見ると、最大の要因は出産・育児となっており、この要因だけで100万人近くの就業希望非労働力人口が存在する。従って、やはりいかに出産・育児をしながら働きやすい環境を整備するかが喫緊の課題となっている。

 そこで、実際にこれまでの待機児童と保育所の定員の推移を見ると、実は定員数の増加は加速しているのだが、それを上回る形で女性の社会進出が進んでいるということで、結果的に待機児童者数が増えてしまっている状況がうかがえる。従って、人材・インフラ面も含めて待機児童を解消することが重要な政策になると考えられる。

「働き方改革」に足りない要件
(画像=第一生命経済研究所)

労働市場改革に不可欠な解雇規制緩和

 また、そもそも女性だけではなく、高齢者や外国人も含めて日本の労働市場は参入が難しいことも労働力人口増加の制約となっている可能性がある。そして、その根本にあるのが、新卒一括採用、年功序列、定年制を象徴とした、同じ会社で長く働けば長く働くほど恩恵が受けやすいという就業構造があると筆者は考えており、この部分を段階的に変えていかなければ日本経済の成長持続は危ういと考えている。

 実際、OECD諸国の勤続10年以上の労働者割合と潜在成長率の相関をとると、明確な負の相関関係がある。更に、潜在成長率を先行させた場合の相関と遅行させた場合の相関を比べれば、潜在成長率を遅行させた場合の相関が高いことからすれば、労働市場の流動性がその後の潜在成長率に影響を及ぼしている可能性が示唆される。

 すなわち、これは労働市場の流動性が高い国ほど潜在成長率が高くなりやすいということを意味している。そして、労働市場の流動化を促すうえで象徴的な制度改正になると期待されるのが正社員解雇の金銭解決や脱時間給制度となるが、残念ながら安倍政権が打ち出した「働き方改革」では踏み込んでいない。ただ一方で、労働市場の流動性が高い国々では、労働者に職業訓練や職業紹介を行い、雇用主には労働者雇用に関する助成金を支給するなど、労働市場に積極的な働きかけを行うために相当な予算を使っているのも事実である。

 従って、こうした労働市場の流動化を促す一方で、労働者の能力開発を促進して失業の長期化を防ぐ積極的労働市場政策に一刻も早く踏み込むことがアベノミクスの喫緊の課題といえよう。

「働き方改革」に足りない要件
(画像=第一生命経済研究所)
「働き方改革」に足りない要件
(画像=第一生命経済研究所)
「働き方改革」に足りない要件
(画像=第一生命経済研究所)

第一生命経済研究所 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣