トランプ大統領の下で、保護主義的な政策が採られるのではないかと警戒される。人口減少のわが国は、貿易政策が成長戦略の柱であるから、その打撃は大きい。もしも、そうした懸念が現実味を帯びたときに備えて、様々な仮想を行なっておくことが有効となりそうだ。

TPPの挫折

 トランプ次期大統領が決まり、日本経済の未来に暗雲がたちこめている。目先の株価が上がり、円安が進んだくらいで楽観してはいけない。万一、米国が保護主義の方向に舵を切っていくことがあれば、2020 年にかけて日本経済が成長率を高めていく道筋を描くことが極めて困難になる。

 目下の焦点は、TPPの行方である。少なくとも年内は米議会でのTPPの承認を見送ることを決めた。トランプ氏が大統領に就任すると同時に停止されるリストにTPPは入っている。安倍首相がAPEC首脳会議前の17 日にトランプ氏と会談予定だが、その際にTPPの継続についてトランプ氏に要請があるだろう。TPPにはメキシコも入っているので、トランプ氏に強い警戒感を抱いている周辺国からも幾度も働きかけが行なわれるとみて間違いない。ただ、大方の見方は、TPPが挫折の危機に瀕しているというものだ。

 なぜ、日本にとってTPPが大きな恩恵をもたらすかと言えば、成長率を押し上げる効果があるからだ。例えば、日本の成長率が実質1%で、米国が2%、欧州が1.5%だったとする。いずれの国も日本の成長スピードよりも速い。ならば米国に輸出をするとその取引数量は、米国のスピードで拡大し、日本国内の販売数量よりも高い成長率が期待できる。人口減少によって内需の成長率が落ちるとすれば、内需向けから輸出向けに生産物の販売をシフトすることで、企業は人口減少の引力に縛られずに業績を向上させられる。貿易拡大こそが最大の人口減少対策と言える。

相乗効果の誤算

 人によっては米国抜きでもTPPが発効できる見直しを加えたり、他の貿易連携を拡げる道があると考える。しかし、話はそう単純ではない。これまで米国と日本がタッグを組んだ巨大なTPPが成り立つから、それを強く意識してTPP参加国以外の国々が他の貿易連携を推進する力が作用してきた。要するに、競争圧力が他の貿易連携の相乗効果を生み出してきたのである。米国が攻めから守りに回ってしまうと、各国とも関税率をお互いに引き下げるモチベーションを失ってしまう。

 TPPの政治的な意味は、対中国を意識した米国主導の包囲網であったから、筆者は米国の経済外交がこのままで済まされるとは思わない。中国は暗黙の対抗策としてAIIBを設立している。米国の外交方針がトランプ氏の公約だけに動かされて何もしない選択を採ると考える方が不自然である。

 一方、中国はTPPの挫折を喜んでいるという見方も正しくない。中国は、日韓でFTAを進めており、自前の貿易連携を必要としている。おそらく、TPPという外圧は、中国における貿易自由化を進めたいと考える勢力には必要悪として映っていただろう。過剰生産能力を抱える中国も、貿易連携を通じて輸出を増やしたいと考える国のひとつである。

保護主義の失敗

 筆者は大局的にみて、米国が絵に描いたような保護主義に走るとは考えない。何か折衷案を出して、自由貿易の原則は守ると思う。トランプ氏も選挙戦術としてオバマ大統領のレガシーを壊すことを考えていたに過ぎないはずだ。現在のように先が読みにくい時は、歴史から学ぶことが役立つ。

 1929 年のウォール街の株価暴落後、世界経済は恐慌に向かったが、その傷口を広げたのは保護主義政策だった。各国は、自国産業保護の名目で関税率を引き上げたり、為替切り下げに動いた。その代表は、1930 年の米国のスムート・ホーレー関税法である。当時、米議会は、輸入品と競合する国内産業を守るという方針の下、高関税や輸入制限措置を盛り込んだスムート・ホーレー関税法が立法化された。

 この措置は各国の報復を招き、1931 年にはフランスが輸入割当制を導入する。その結果、世界の輸入総額は、1930 年代の僅か3 年間で70%も急減したという(2009 年の通商白書より)。また、通貨ごとに、スターリング・ブロック、ドル・ブロック、フラン・ブロックが形成される。ドイツ、イタリア、日本は「持たざる国」として自給自足圏を築こうとし、軍事的侵略の道を選んだという見方もある。

 こうした教訓を踏まえて、保護主義は禁じ手とされている。しかし、リーマンショックで全世界の輸出量は戦後最大の9%の減少となっており、その打撃もあって、再び保護主義の流れが生まれている。トランプ大統領の誕生は、そうした見えない糸の上にあることを忘れてはいけない。

人口減少の日本

 貿易自由化を巡る環境は厳しくなると、わが国の成長戦略は大きな柱を失うことになる。インバウンドは残るとしても、対内直接投資はさらに減少するかもしれない。別の柱、もしくはイノベーション戦略を追加・拡充するとともに、人口対策にも一層力を入れる必要がある。おそらく、保護主義が強まると同時に、移民によって人口減少圧力を緩和しようという政策はより現実味を失っていく。移民に頼らないで、労働力不足をどう緩和していくかという戦略が必要になる。

 ひとつの方向性として、わが国は省力化技術を磨き、人口減少社会での産業競争力の強化が考えられる。ロボット化だけでなく、情報通信技術の応用が人的移動・輸送コストを抑制させる。第四次産業革命を用いた成果を、省力化をテーマにして結集させる。歴史的にわがは、ターゲティング・ポリシーで高度成長期は成功し、90 年代以降は、有意義なターゲットを描くことに失敗してきたという反省がある。未来に向けて、技術力を人口減少社会の克服に向けることは有効だと考える。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部