要旨

● 中堅・中小企業はこれまでも積極的に海外に展開している。こうした中、昨年10月に大筋合意したTPPは、中小企業が積極的な海外展開により、従来以上に攻めの経営に転換できる可能性を秘めている。TPPは関税撤廃のみならず、原産地規則における「累積ルール」の導入や、投資・サービスの自由化、模倣品対策の強化、電子商取引など新しい分野でのルール整備など、幅広い分野で中堅・中小企業にとってメリットがある内容を盛り込んでいる。TPPの恩恵はこれまで海外展開に踏み切れなかった地方の中小企業にこそ幅広く及ぶことから、政府は中小企業の海外展開支援を強化すべく、きめ細かな政策対応が求められる。とりわけ経営資源が限られる中小企業にTPP活用を促すには、経営者と日常的な接点の深い金融機関や産業支援機関がTPPの内容を正しく理解し、支援先の成長戦略につなげられるよう支援側の人材育成の視点も欠かせない。

● TPPメリットの一点目は関税の撤廃であり、具体的にはわが国が輸出する工業製品の99.9%の関税が撤廃される。二点目は、商品がどの国でつくられたかを特定する原産地規則のルールの中で「完全累積制度」が導入されることである。三点目は、投資サービスの自由化である。四点目は、迅速通関など通関手続きの円滑化である。五点目は、模倣品や海賊版対策の強化である。六点目はビジネス関係者の一時的な入国に関する規定の導入である。七点目は、電子商取引に関する規定の導入である。八点目は、国有企業に関する規定の導入である。九点目は、政府調達に関する規定の導入である。十点目は、中小企業に関する規定の導入である。

● TPPを契機として中小企業が海外展開の拡大を検討する動きや、TPPを契機とした輸出・販路拡大への期待を寄せる事例が主に3つの方向で顕在化している。一つ目は、自社製品の輸出を拡大する期待である。二つ目は、国内へ出荷が増える期待もある。三つ目が、地域産品等の輸出拡大への期待である。こうした期待が高まる中、TPP大筋合意を受け、政府内ではTPP対策の予算化の動きが進んでいる。ただ、TPPの発効には参加12か国が協定に署名し、議会の批准など国内手続きを終える必要があり、実際には2年近くかかるとみられている。従って、政府は発効に備え、中小企業の声に耳を傾けることで万全な対策をとるとともに、経営者側も環境変化を好機ととらえる姿勢が期待されよう。

(注)本稿はりそな総合研究所「りそなーれ4月号」への寄稿を基にまとめたもの。

1.中小企業はTPPをどうとらえるべきか

 現在、我が国製造業の売上高は約2割が輸出によるものとなっている。こうした中、我が国の製造業は、事業所数の99%以上、従業員数の87%を中堅・中小企業が占めており、我が国製造業の出荷額の約4分の3は中堅・中小企業によるものとなっている。そして、2014年の通商白書によれば、EPAを利用する企業に占める中小企業の比率は年々上昇しており、2013 年度以降は7 割を上回っている。特に地域別では、近畿や関東の中小企業の比率が高いことがわかる。このように、わが国経済活動の大きな部分を占める中堅・中小企業はこれまでも積極的に海外に展開しているといえよう。

中小企業のTPP活用戦略
(画像=第一生命経済研究所)

 こうした中、昨年10 月に大筋合意したTPPは、中小企業が積極的な海外展開により、従来以上に攻めの経営に転換できる可能性を秘めているととらえるべきだろう。事実、TPP協定交渉参加国が2014 年の世界GDPに占める割合をみると、米国の22.3%を筆頭に、日本の5.9%、カナダの2.3%、オーストラリアの1.8%、メキシコの1.6%を中心に世界のGDPの36.3%を占める。また、2014 年の日本の輸出に占めるTPP協定交渉参加国の割合をみても、米国の18.6%を筆頭 に、シンガポールの3.0%、マレーシアの2.1%、ベトナムの1.7%、メキシコの1.5%、カナダの1.2%を中心にわが国からの輸出額の30.9%を占める巨大な自由貿易圏を構築するためである。

中小企業のTPP活用戦略
(画像=第一生命経済研究所)

 また、TPPは関税撤廃のみならず、原産地規則における「累積ルール」の導入や、投資・サービスの自由化、模倣品対策の強化、電子商取引など新しい分野でのルール整備など、幅広い分野で中堅・中小企業にとってメリットがある内容を盛り込んでいる。こうしたこともあり、TPP関連政策大綱公表後の2015 年11 月下旬~12 月上旬に実施された日刊工業新聞のアンケート調査によれば、交渉の合意内容について全体の8割以上が「評価する」と歓迎していることがわかる。しかしその一方で、経営への恩恵を期待する見方は6割程度にとどまっており、事業への影響が見通せない状況が浮き彫りとなっている。従って、TPPの恩恵はこれまで海外展開に踏み切れなかった地方の中小企業にこそ幅広く及ぶことから、政府は中小企業の海外展開支援を強化すべく、事業上の利点を具体的に示すこと等、きめ細かな政策対応が求められよう。

中小企業のTPP活用戦略
(画像=第一生命経済研究所)

 なお、TPPは関税撤廃のみならず、投資ルールの明確化や知的財産の保護、関税手続きの迅速化等、見込まれる効果は多岐に渡るが、先の日刊工業新聞のアンケート調査によれば、期待が大きい項目としては「関税手続きの迅速化」と『工業製品の関税撤廃』が51%、サプライチェーンの拡大につながる「原産地規則の完全累積制度の実現」が24%、「政府調達市場の開放」が16%、「投資・サービスの自由化」が13%となっている。一方、政府は経済連携協定になじみのない事業者や貿易実務に不慣れな企業を支えるために、全国規模で支援体制を強化する方針だが、日刊工業新聞のアンケート調査によれば、約4 割がほとんど知らないと回答している。従って、行政機関の告知活動もさることながら、とりわけ経営資源が限られる中小企業にTPP活用を促すには、経営者と日常的な接点の深い金融機関や産業支援機関がTPPの内容を正しく理解し、支援先の成長戦略につなげられるよう支援側の人材育成の視点も欠かせないだろう。

中小企業のTPP活用戦略
(画像=第一生命経済研究所)

2.TPPをうまく活用するために抑えておくべきこと

 TPPをうまく活用するために押さえておくべきことは、中小企業へのTPPのメリットであり、TPPは製造業のみならずサービス業も含めた多様な中小企業の発展の契機となろう。

 まずメリットの一点目は関税の撤廃であり、具体的にはわが国が輸出する工業製品の99.9%の関税が撤廃される。自動車部品を例にとれば、現行税率が主に2.5%である米国への輸出については品目数で87.4%、輸出額で81.3%の即時撤廃で合意しており、これは米韓FTAを上回る水準である。また、現行税率が主に6.0%であるカナダへの輸出についても品目数で95.4%、貿易額で87.5%の即時撤廃で合意しており、これも加韓FTAを上回る水準である。従って、中小企業の輸出拡大のみならず、大企業の輸出拡大を通じても中小企業の事業に大きなメリットとなろう。なおTPPでは、陶磁器でも対米輸出額の75%を即時撤廃、タオルでも米国の現行税率9.1%を5年目に撤廃、カナダの現行税率17%を即時撤廃など地方の中小企業に関連する品目についても関税撤廃で合意している。

 続いて二点目は、商品がどの国でつくられたかを特定する原産地規則のルールの中で「完全累積制度」が導入されることである。これにより、生産工程が複数国にまたがっても、TPP参加12か国内で生産された製品は関税優遇を受けられることになる。従って、部品の供給網が広がれば、優れた加工技術を持つ日本の中行企業の競争力は一層高まることになろう。

 三点目は、投資サービスの自由化である。具体的には、コンビニなどの小売業のみならず、劇場・ライブハウス等のクールジャパン関連、旅行代理点などの観光関連などの外資規制が緩和される。また、進出企業に対する技術移転要求やロイヤリティ規制などが禁止となるため、サービス業も含めた幅広い分野で海外展開にメリットが生じる。中でも、食品や日本各地の特産品等を生産する中小企業がコンビニと提携することで海外展開が容易になろう。更に、ISDSと呼ばれる国と投資家の紛争解決手続きも導入された。これにより、中小企業が相手国政府から不当な扱いを受けて被害を被った際に、直接国際仲裁裁判所へ訴えることが可能になる。

 四点目は、迅速通関など通関手続きの円滑化である。これは、貨物の到着から48時間以内(急送貨物は6時間)に引き取りを許可する原則である。これにより、海外の納入先への納入遅延リスクが軽減し、オンライン通販などにもメリットが期待できる。

 五点目は、模倣品や海賊版対策の強化である。これは、模倣品を水際で職権で差し止める権限を各国当局へ付与することや、商標権を侵害しているラベルやパッケージの使用や映画盗撮への刑事罰義務化等が含まれている。このため、模倣品による被害を受けている中小企業の製品の模倣品の防止や技術の保護や、デジタルコンテンツの海賊防止にメリットが生じる。

 六点目はビジネス関係者の一時的な入国に関する規定の導入である。これは、各国が短期の商用訪問者や契約に基づくサービス提供者、企業駐在員、投資家、配偶者等の滞在期間を約束することなどが含まれており、海外で商談やサービスの提供、駐在等を行う中小企業にメリットが生じる。

 七点目は、電子商取引に関する規定の導入である。これは、越境情報流通の自由化やサーバー設置要求の禁止等を含むため、日本にいながらITを活用して商品を販売する中小企業にメリットが生じる。

 八点目は、国有企業に関する規定の導入である。これにより、国有企業が他国企業に対して無差別に待遇を与える原則や国有企業の透明性が確保されるため、海外で国有企業と取引をする中小企業にメリットが生じる。

 九点目は、政府調達に関する規定の導入である。これにより、ベトナムやマレーシア等WTO政府調達協定に参加していない国も規律の対象になるだけでなく、米国の一部の全力関連機関やマレーシア投資開発庁なども新たな規律の対象になるため、インフラ市場や政府関係機関の調達市場へのアクセスが改善し、中小企業にもメリットが生じる。

 十点目は、中小企業に関する規定の導入である。具体的には、各締結国がTPP協定の本文等を掲載するための自国のウェブサイトを開設して中小企業の情報を含めることや、小委員会を設置して中小企業がTPP協定による商業上の機会を利用することを支援する方法を特定することなどを規定し、中小企業のTPP協定活用促進に向けて各国が協力することとなった。

中小企業のTPP活用戦略
(画像=第一生命経済研究所)

3.中小企業のTPP活用策

 こうした中、TPPを契機として中小企業が海外展開の拡大を検討する動きや、TPPを契機とした輸出・販路拡大への期待を寄せる事例が主に3つの方向で顕在化している。

 一つ目は、自社製品の輸出を拡大する期待である。経産省の調べによれば、長野県諏訪市に拠点を置く精密金属加工の専門メーカーでは、独自の金属接合技術を生かして自動車部品を製造しており、TPPを契機に日本から北米への自動車部品の輸出拡大を計画しているとのことである。また、愛知県一宮市の毛織物製造業では、TPPを見据えてベトナム繊維の国有企業と業務提携をした。TPPにより米国の繊維関税撤廃を見込み、日本でデサインや商品企画を実施し、高付加価値繊維は日本で生産する一方で労働コストの低いベトナムで縫製することでベトナムから米国へ輸出し、今後は原産地規則を満たす供給網の実現を目指している。

 二つ目は、国内へ出荷が増える期待もある。経産省の調べによれば、東京大田区で金型や測定器等の設計や製造、販売する企業では、主に自動車部品メーカー向けの金型や測定器具などを設計・製造・販売しているが、TPPにより取引先の自動車部品メーカーなどの輸出が拡大することで金型や測定器具などの受注拡大に期待を寄せている。また、東京都新宿区にあるエンジン部品等を製造するメーカーは、インドネシア等でベトナム向けの二輪車用エンジン部品を製造しているが、TPPの発効も見据えてインドネシア等から日本に生産の一部を移すことも視野に入れているようだ。これにより、同社に部品を納入する中小企業の納入拡大が期待されている。

 三つ目が、地域産品等の輸出拡大への期待である。経産省では事例として三点あげている。一点目が陶磁器であり、特に現時点で最大の輸出先国は米国であるが、現行税率が最大28%あり、TPPを活用するメリットがあるとしている。具体的には、岐阜の美濃焼等では近年の日本食ブームを背景に海外の展示会等で日本食とともに食器を紹介する動きがある。二点目がタオルである。現時点で米国9.1%、カナダ17%の高関税があり、これが撤廃されることで輸出拡大に期待が高まっている。具体的には、今治や泉州等では日本で糸から生産し、使い心地にこだわった高品質のタオルをブランド化する動きがある。三点目が高級洋食器である。具体的には、新潟県燕市ではノーベル賞の晩さん会で使用されるような高品質なステンレス製洋食器を製造しており、米国への輸出は現行税率で最大8.2%の関税がかかることから、高級品では関税撤廃はプラスとTPPの大筋合意を歓迎する向きがある。

 こうした期待が高まる中、TPP大筋合意を受け、政府内ではTPP対策の予算化の動きが進んでいる。ただ、TPPの発効には参加12か国が協定に署名し、議会の批准など国内手続きを終える必要があり、実際には2年近くかかるとみられている。従って、政府は発効に備え、中小企業の声に耳を傾けることで万全な対策をとるとともに、経営者側も環境変化を好機ととらえる姿勢が期待されよう。

中小企業のTPP活用戦略
(画像=第一生命経済研究所)

<参考文献>
経産省通商政策局「TPP協定を活用した中堅・中小企業等の市場開拓について」2015年12月
日刊工業新聞「100社緊急アンケート/TPP、中小経営者「評価する」8割‐事業の恩恵は見通せず」2015年12月9日

第一生命経済研究所 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣