英国の民投票でEU離脱が決まり、為替・株式市場は大荒れとなった。目先、各国政府・中銀からのアナウンスが、どれほど沈静化に有効になるかが注目点になる。今回は、リーマンショックと比べて、政策当局が上手に動けば混乱を極小化できるチャンスは大きいと見る。しばらくは、政策当局の一挙手一投足を息飲んで見つめる展開になろう。

予想外の大混乱

 6月24日の金融市場は、滅多に起きない大混乱に見舞われた。朝方は、1ドル 106円台後半まで戻していたドル円レートが、一時99円台までの超円高へと動いた。ポンドは対円で2割近くも下落した。英国のEU残留の見通しが一転して、離脱へと流れていったからだ。英国メディアは日本時間午後になって離脱確実を伝えた。結局、日経平均株価は、前日比△1286円の下落となる。

 各国中銀は必要があれば、市場への流動性供給を着実に実施するだろう。各国首脳からも、混乱を鎮めるための政策対応を示唆するアナウンスを発表すると予想される。次に予想される各国当局の対応を待って、金融市場の参加者は不透明感がどこまで緩和されるのか見極めようとするだろう。

 多くの人が連想するのは、リーマンショックの再来である。あの時は、資金仲介機能が不全に陥って、金詰まりが投資、貿易を停止、そして実体経済を停滞させた。もっとも、今回は、それとは異なるところが多い。リーマンショックの時は、別の金融機関でも同様の問題が隠れていると恐れられた。今回は、英国独自の問題であり、英国がうまく政策的に切り盛りすれば、ダメージコントロールを行うことは可能である。

 日本では、場合によっては、日銀が臨時会合を開いて、流動性不安への対応や、追加緩和に動くことも考えられる。また、麻生財務大臣も、24日に為替介入を強く意識した発言を行っていたが、さらに円高への断固たる姿勢を見せるだろう。

ますます困難になる米利上げ

 ドル円レートの先行きを考えるとき、米利上げの見通しが変わることは影響が大きいだろう。7月のFOMCのみならず、9月も利上げは厳しいだろう。年内2回の利上げ予想は、0ないし1回にならざるを得ない。

 為替レートが動きやすいことは、2016年後半の景況感を悲観的にさせる。景気悪化の懸念により、さらに米利上げの後退が予想されるから、円高のボトムを見定めにくくなると予想される。米国の成長ペースは 2014年から2015年前半までが ピーク域であり、このところは鈍化傾向である。従って、今回のショックに反応して、少数派であった景気後退説がより勢いづく可能性もある。そうなると、ドル高観測が 一転して円高観測へと向かうので、極めて不都合なことになる。

 さらに、原油動向もきな臭い。ショックを受けて、ここまで反転・上昇してきた動きが、下落に向かうと、各国の物価見通しが下振れることになる。これは、米欧の長期金利が上昇しにくい地合を生み、その内外金利差の縮小がやはり円高圧力になる。原油低迷が、米国のエネルギー産業への打撃や、産油国の貿易収支の悪化につながってきたことは周知の事実である。再びそうした悪い流れが強まることに警戒したい。

リスクが生じる経済的背景

 英国のEU離脱問題は、金融市場ではてテールリスクだと扱われている。テールリスクとは、生起確率は低いが、一度それが実際に起こったならば大変なダメージになるという種類のリスクである。例えば、99パーセントの確率で起こりそうにはないが、それが起こったときには 100兆円の損害が生じるとき、リスク量は1%×100兆円=1兆円と仮想される。株価や為替には、1兆円分の損害が織り込まれる。

 しかし、EU離脱問題は、民意がEUから独立した方がよいと考える経済的な背景があって起こっていることを見過ごしてはいけない。テールリスクは経済活動の外側から降ってわいたリスクのようなニュアンスがあるが、EU離脱問題は経済の内側の要因で起こっている内生的要因に基づいている。そこが問題である。

 具体的に、英国経済は移民によって繁栄してきたが、その反対側で低所得層から抜け出せない階層には不満が蓄積したのだろう。この図式は、格差問題として捉えられやすい。本当は、移民が貧困を生み出す原因ではないのに、格差の原因のシンボルとして移民の存在が指弾される。経済のパイが移民によって大きくなったとしても、職を奪われているという被害者意識が政治的プロセスを通じて過大評価される。

 この図式は、トランプ旋風に踊らされている米国にも共通している。筆者が驚いているのは、英国と米国も失業率にかぎってみれば非常に低水準であることだ。過去の常識で捉えれば、完全雇用が近づくほど、勤労者の不安・不満は和らぐはずである。失業率が低位にあっても、勤労者が強烈な不満を抱いていることは、以前とは異なる解釈をしなくては、リスクが生じている経済的背景が見えないということになる。

 筆者は、日米欧が共通して、過去の成長ペースよりも趨勢的なトレンドが低下している可能性があると直感する。分かりやすく言えば、潜在成長率の低下である。過去、この位まで失業率が下がれば賃金が上がり始めるという分岐点が、今は思ったよりも低くなっている。賃金が上がりにくい経済構造のもとでは、機会の平等が実感しにくくなり、格差問題に心を奪われやすくなってしまう。

 EU離脱問題やトランプ旋風の背景にある欧米経済の低成長問題は、長丁場になりそうな構造問題だと考えられる

安倍政権にとってのショック

 日本では、7月10日に投票が行われる参議院選挙が始まった矢先のことである。英国ショックは、安倍政権の責任ではないが、株価下落と円高は与党にとっては不利な材料である。選挙を通じて議論になりそうなのは、今度、目前の混乱に対して、安倍政権がどのように緊急対応を打っていくかということだろう。

 ひとつは、日銀に対して協調行動を呼びかけるということだろう。もうひとつは、秋にも予想される景気対策を大型化するというアナウンスである。補正予算の巨大化は、財政再建にとってマイナスであるが、そうした点は意識されにくいのではないか。

 筆者としては、こうした外部環境の弱さがあるからこそ、内需の芯を強くするような成長戦略に向けて、今までの成長戦略の練り直しを期待したいところだ。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生