安倍首相は、伊勢志摩サミットなどを受けて6月1日に正式に消費税率の引き上げを、2019年10月に延期することを決めた。増税延期したとしても、家計に対して何もしなければ、弱い消費はそのままで改善されない。高齢化は着実に進んでいき、以前から続いていてる受益と負担のバランスの歪みは温存される。今日の延期は、新しい議論の始まりだと心得たい。

ついに消費税が延期されてしまった

 安倍首相は、6月1日に記者会見を開いて、正式に消費税率を10%引き上げる予定を2019年10月に延期することを表明した。遂に、パンドラの箱を開けたように思える。

 2020年度までの基礎的財政収支の黒字化は、最後の1年半を除いて、事実上、消費税増税抜きで予定された赤字幅の縮小を進めていかざるを得ないことになってしまった。現時点では、2016~2018年度を集中改革期間と設定しているが、財源の当てはなくて、歳出改革の前途は不透明に変わった。2016~2020年度にかけて、国税・地方税が増えると見込まれる増収分の約33%が、2017年の消費税増税による効果だったと計算できる。2019年度までは増税なしで、収益改善に全力を尽くす必要がある。

 当面、気がかりなのは、安倍首相がサミットで世界経済の下方リスクを訴えて、財政出動を表明していることだ。2016年度の基礎的財政収支の赤字幅が景気対策によって、補正段階(あるいは決算)で大幅に悪化する可能性がある。さらに、夏場からの来年度予算編成でも、予算の大型化が容認される雰囲気になって、2020年度までの財政見通しが一層厳しくなるかもしれない。仮に、2016・2017年度が大幅な財政赤字の見通しで、2018~2020年度に一気に赤字幅が縮小する格好になると、その数字への信憑性が低下してしまいかねない。また、財政再建への信認が低下すると、日本国債の格下げが懸念されるという問題もある。

問題の本質は弱い消費

 安倍首相は、世界経済の下方リスクを強調して、消費税増税を延期せざるをえないと理由付ける。アベノミクスをもってしても、経済構造の脆弱性を立て直せなかったことは認められないから、海外要因をクローズアップする構えなのだろうが、問題の本質が消費の弱さにあることは明白である。家計の構成が高齢世帯にシフトして、勤労者世帯の中でも非正規化が進むと、おのずと物価上昇に対して消費マインドが萎縮しがちになる。賃上げ促進だけでは、増税に対する耐久性が十分に高まらなかったことは、今後も課題として残る。望ましいのは、もっと高齢者などの自助努力を軸にして所得形成力を引き上げていく補強策であろう。アベノミクスは、強靭な消費体質を作るという目的を再設定して、2019年にかけて再チャレンジする必要がある。

 今、消費税増税を先送りにしたから、課題がなくなったと考えるべきではない。むしろ現状の問題点を洗い出して、能動的な変革に歩みを進めなくてはいけない。増税延期は、家計を強くするための課題への新しい取り組みの始まりだと肝に銘じたい。

社会保障財源の課題

  消費税を増税する根拠は、社会保障財源の裏づけを手当てして、現状、赤字国債によって賄われている部分を穴埋めすることにある。一部には、増税とともに拡充する予定だった社会保障の充実分、例えば保育所整備、低年金者への現金給付などの1.3兆円分を先行実施するという議論がある。満額実施すれば、赤字国債の増発につながりかねない。筆者は財源の裏づけなしでも、膨張していく財政運営の貫性力を改めなくては、今後も財政再建は達成できないと思う。

 今一度、再検討すべきは、年金と医療の受益と負担の見直しである。例えば、公的年金の収支バランスは、保険料収入に比べて年金支払が多すぎるために、赤字幅が拡大していく。2014年度は一旦、株価上昇の恩恵でフロー部分でも収益改善ができたが、2015年度は再び赤字穴埋めの目処がつかなくなりそうだ。2017年には国民年金と厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢の引き上げで、今後、収支改善がうまく着地できそうか。マクロ経済スライドの発動について、予定された調整幅を持ち越すことで、どのくらい成果が上がるのか。様々な支払い見直しに手を尽くしたうえで、最終的に保険料の扱いを決めていく必要がある。

 医療についても、まず、所得や資産に恵まれた高齢者の応能負担を検証してからではなくては、協会けんぽなどの保険料率アップの議論に進むことはできないと思う。

 要するに、消費税による高齢者自身の負担増を見送ったことで、別の方法で受益と負担のリバランスを迫られたに過ぎない。間違っても、後代へのつけ回しをする形の負担増を行うことは望ましくない。

 政治的判断によって消費税を増税するタイミングはストップしたようにみえるが、着実に進んでいる高齢化の「時計の針」をストップすることはできない。見直しに着手しないことは、歪んだ受益と負担の温存だと考えられる。

2020年問題

 筆者は、消費税率を10%にするタイミングを、2019年10月にすると耳にしたときに驚いた。東京五輪の前のインフラ投資などが2020年の直前から需要を盛り上げるので、消費税の負担増による悪化を、相殺できるのではないかという思惑がそこにはあるのだろう。しかし、東京五輪が終わると、その反動減で景気はどうなるのだろうか。消費税10%の負担と、反動減がシンクロして、2020年後半の景気は波が大きくなる懸念はないのか。2020年度に一時的に基礎的財政収支が黒字化できたとしても、その状況が2021年度以降に継続できるかどうかはより不確かになったように思える。

 2020年には、団塊世代が71~73歳になっているはずだ。年齢別に1人当たり医療費の変化を見ると70歳代前半になってから、医療費はより大きく増えていく。2020年以降に国庫がサポートする国民医療費の度合いが重みを増す。2020年後半以降に、経済の反動減と、社会保障負担の増加が重なってしまう「2020年問題」にどう対処するかは、本当に頭の痛い問題となるだろう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生