5月26日・27日に開催された伊勢志摩サミットは、安倍首相が語っていた「新たな危機」や「下方リスク」を声明に盛り込むことになった。一方、安倍首相があまり強調しなかった構造改革については、各国からの要請に背中を押されるかたちで、わが国が今後、本格的に取り組まざるを得ないだろう。

安倍首相の主張が盛り込まれた

サミットのホームページに掲示された声明を読むと、日本発のメッセージも多く盛り込まれていることが分かる。

「新たな危機に陥ることを回避するため」
「下方リスクが高まってきている」
「経済政策による対応を協力して強化する」

 一方、日本が強調してこなかった点が、書き加えられていることも分かる。

「持続可能でバランスのとれた成長を達成」
「構造政策の重要な役割」
「各国の状況に配慮しつ」といった論点である。

 この差は、日本と他のサミット参加国の力点に違いがあることに原因があるのだろう。現在、世界は紛争テロや難民といった非経済的事象が以前に比べてはるかに大きくなっている。政治的リーダシップは、そうした打開が容易ではない課題について各国が連携することを目指している。財政出動に力点を置いたわが国の提言は、問題意識がやや内向き志向になってしまったのではあるまいか。

 サミットが直面している現実は、世界の姿が2001年の同時多発テロ以降、様相が変わってしまったことを受けているのであろう。テロやその背景にある民族対立、紛争といった地政学的問題である。各国は、先が読めない不確実性として、そうした地政学リスクの方を強く意識していて、これまでに長い期間をかけて我慢強く問題に取り組んでいる。経済政策運営は、中央銀行にある程度任せて、より幅広い自由度を与えることで、マクロ的ショックに対応しようとしている。財政運営は債務コントロールが不安定化しないことを前提にして、各国の国情に合わせて自主的に任せている。とりわけEU諸国は、債務コントロールがより厳格に定められて、マクロ安定化政策としては、金融政策を用いることになっている。そうした認識に立てば、協調的な財政出動の余地が大きくないことは当初から分かっていたことのように思える。

 安倍首相は、各国が力点を置いていた構造改革の要請に背中を押されるかたちで、今後は成長戦略を重視する姿勢を鮮明にしていかざるを得ないだろう。

G7サミットの射程距離

 サミットの中で安倍首相が発信した内容には重要な論点があった。「新興国が調整局面を迎える中、G7こそ世界経済の成長のためにリーダーシップを発揮する」という言葉である。筆者は「新興国の調整局面」こそが、世界の下方リスクだと考えている。もっとも、そこへの対処は、G20における議論が必要である。G20の枠組みは、必ずしも政策協調でうまく機能してこなかったという課題も残る。この点は、G7サミットの協調の枠外という表現もできる。

 ただ、中国に関しては、声明には明示的ではないが、安倍首相の発言の方で国際ルールに従って緊密に連携していく必要が説かれている。また、貿易に絡んで、鉄鋼の世界規模での過剰生産能力を指摘したところは、中国問題と直結しているのだろう。

 もう一つ、踏み込みが欲しかった点がある。「構造改革」という言葉が指している具体的な中身である。例えば、日本ではサミット後の5月31日に「1億総活躍プラン」が閣議決定される。こうしたプランは、日本では成長戦略だと位置づけられるが、これは米欧諸国が表明している必要とされる「構造改革」だと言って良いのだろうか。この点について、踏み込んで政策議論が交わされたのかどうかは分からない。外交的文書の一般的な表現に過ぎないのか、あるいは、優先課題として強く意識されているのかは不明瞭である。

安倍首相はサミットを受けてどう動くか

 今回のサミットの陰の主役は、消費税問題だったのではないか。安倍首相は、サミット後の記者会見において、2017年4月の消費税率10%への引き上げに関して「是非を含めて検討し、夏の参院選前に明らかにしたい」と述べていた。もしも、サミットで各国が世界経済の下方リスクを認める形で一致していたならば、日本は財政出動を加速させるとともに2017年4月の消費税率引き上げについても、そのタイミングを見直す糸口になっていた可能性がある。首脳宣言では「国別状況を考慮しつつ」という前提で、「経済政策による対応を協力して強化する」と記されいて、必ずしも消費税の最終確認の決め手になる材料はみられなかった。今後、サミット議論を踏まえて、安倍首相がどちらに舵を切っていくかに注目したい。

 筆者が、特に強調したいのは消費税率が引き上げられるかどうかは、海外リスクを鑑みてではなく、内需とりわけ個人消費が弱いことをどう理解するかという点である。日本経済の自律的拡大メカニズムが立ち上がっていれば、個人消費は強くなり、価格転嫁力も増していたはずだ。安倍政権は、そうした観点から、賃上げ促進や、官民対話を重ねてきた。そうした取り組みが評価されてしかるべきなので、消費税の最終確認の際には、 アベノミクスが2012年末から取り組んできた課題の総括が成されることが望ましい。今後の政策の仕切り直しをどこまで進めるかは、その総括次第だろう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生