要旨
● 政府は足元のマーケットの混乱や世界経済の減速に対応すべく、5月26~27日に伊勢志摩で開催されたG7サミット後に経済対策をまとめるとされている。また、熊本・大分両県で4月14日以降相次いでいる地震の復旧・復興に対して、大型の補正予算が組まれることが予想される。
● 昨年末のGDPギャップは、内閣府の推計を金額に換算すれば約8.6兆円。政府は平成27年度補正予算の経済効果として実質GDPを3.2兆円程度押し上げると試算している。8.6兆円から3.2兆円を引いた残りの5.4兆円のデフレギャップが残ることになるため、それを埋めるには6兆円程度の追加の経済対策が必要となる。
● 一方、内閣府によれば、今回の熊本地震の被害額を2.4~4.6兆円と試算している。資本ストックの被害総額が1.7~3.0兆円と試算された新潟中越地震においても、発生年度に打ち出された補正予算の規模が4.8兆円にも上ったことからすると、すでに閣議決定した熊本地震対応の補正予算案7780億円に加えて5兆円程度の復興予算が予想される。
● 夏の参議院選挙を見据えた景気対策の意図もあることからすれば、需要不足解消に地震の復旧・復興の費用を加えることで、規模がさらに膨張して真水で10兆円規模の対策に拡大する可能性も十分に考えられる。
● メニューは、消費税率引き上げ後の個人消費の低迷がリーマンショック後以上に長引く中、政府が5月18に公表された「1億総活躍プラン」に沿った個人消費の喚起策に加え、公共事業の支出増が加わる可能性が高い。建設技能労働者の過不足率は2014年度以降急速に不足率が縮小しているため、これまでのアベノミクス下における補正予算に比べれば、GDPの押し上げ効果は高まる可能性がある。
サミット後に打ち出される観測の経済対策
各紙の報道によれば、政府は足元のマーケットの混乱や世界経済の減速に対応すべく、5月26~27日に伊勢志摩で開催されたG7サミット後に経済対策をまとめるとされている。
経済対策の規模についても、政府・与党内で「5兆円超」や「10兆円前後」との見方があると報道されている。また、熊本・大分両県で4月14日以降相次いでいる地震の復旧・復興に対して、大型の補正予算が組まれることが予想される。 そこで以下では、まず経済対策の規模から予測してみよう。
経済対策の規模を設定する際に一般的に参考にされるのが、潜在GDPと実際の実質GDPのかい離を示すGDPギャップ率である。2015年10-12月期のGDP二次速報を反映した直近のGDPギャップ率は、内閣府の推計によれば▲1.6%に拡大しており、これを金額に換算すれば約8.6兆円となる。
政府は既に平成27 年度に総事業規模3.5 兆円の補正予算を決めており、今年度からその効果が出現することが期待されている。そして実際に、政府は平成27 年度補正予算の経済効果として実質GDPを0.6%程度押し上げると試算しており、これを金額に換算すると3.2 兆円程度となる。従って、経済対策の内容にもよるが、少なくとも平成27 年度補正予算に近い内容の経済対策を前提とすれば、事業規模の約9 割分が実質GDPにカウントされる計算となる。
一方、平成27 年度補正予算の経済効果が出現しても、足元のGDPギャップを基準とすれば、まだ8.6 兆円から3.2 兆円を引いた残りの5.4 兆円のデフレギャップが残ることになる。従って、少なくとも平成27 年度補正予算に近い内容で足元のGDPギャップを解消するのに十分な規模の経済対策を前提とすれば、5.4 兆円を0.9 で割った結果として得られる6兆円程度の追加の経済対策が必要となる。
ただ、4月以降に熊本県と大分県で相次いで発生している地震では、巨額な資本ストックの被害が発生していることが予想される。実際、内閣府によれば、今回の熊本地震の被害額を2.4~4.6兆円と試算している。資本ストックの被害総額が1.7~3.0 兆円と試算された新潟中越地震においても、発生年度に打ち出された補正予算の規模が4.8 兆円にも上ったことからすると、すでに閣議決定した熊本地震対応の補正予算案7780 億円に加えて、5兆円程度の復興予算が予想される。
また、夏の参議院選挙を見据えた景気対策の意図もあることからすれば、サミットで示されたG7が機動的な財政出動と構造改革の推進に協力するという宣言を踏まえ、日本が率先して政策総動員で取り組む姿勢を前面に打ち出すという意図から、需要不足解消に地震の復旧・復興の費用を加えることで、規模がさらに膨張して真水で10兆円規模の対策に拡大する可能性も十分に考えられよう。
メニューは1億総活躍や消費拡大に重点
一方、経済対策のメニューについては、消費税率引き上げ後の個人消費の低迷がリーマンショック後以上に長引く中、政府が5月に公表予定の「1億総活躍プラン」に沿った個人消費の喚起策が中心になろう。
具体的には、5月18日に開催された「一億総活躍国民会議」において決まった「ニッポン一億総活躍プラン」案が参考になろう。この案では、半世紀後の未来にも人口一億人を維持するとして五つの柱の下、包括的な取り組みを進めるべきとしている。そして、これが実現されれば、賃金総額が2020年に20.5兆円増えるとしている。
一つ目の柱が「子育て支援の充実」であり、保育の受け皿確保、保育士確保に向けた待遇改善も含めた総合的取組の推進を目指す。これまで、2017年までの保育園の児童受入数を40万人から50万人分と上積みし、保育士の給料を2015年度に2%引き上げた。具体的な注目メニューは、待機児童の解消に向けた受け皿拡大や第二子・第三子への支援の拡充、子育て支援バウチャー(クーポン)、子育て世帯に空き家を低家賃で提供すること等が挙げられる。
二つ目の柱が「介護支援の充実」であり、介護の受け皿確保、介護人材確保に向けた待遇改善も含めた総合的取組の推進を目指すとしている。中でも注目のメニューは、介護ロボットの活用促進やベトナム等の外国人介護士の受け入れ、介護職員の待遇改善等があげられよう。
三つ目の柱が「高齢者雇用の促進」であり、働く希望を持つ高齢者の雇用促進に対応すべきとしている。具体的には、65歳以降の継続雇用延長や65歳までの定年延長を行う企業を支援する。
四つ目の柱が「非正規雇用者の待遇改善」であり、不本意非正規雇用者の正社員転換や同一労働・同一賃金に向けた非正規雇用者の賃金改善を目指すとしている。中でも注目のメニューは、同一労働同一賃金を実現する法令整備が挙げられよう。具体的には、非正規雇用者と正規雇用者の待遇差を縮小するために、労働契約法や労働者派遣法などを改正する。
五つ目の柱が「最低賃金の引き上げ」であり、最低賃金を年率3%上昇させ、雇用者全体の賃金を底上げるとしている。ここでの注目メニューは、現在約800円の最低賃金時給を早期に1000円に引き上げることが挙げられよう。
このほか、3月24日に開催された平成28年第4回経済財政諮問会議において、民間議員がGDP600兆円の実現に向けて「消費の持続的拡大」と題して提案された内容も参考になろう。具体的には、アベノミクスの成果を活用して就業促進や人材投資、多様な働き方改革、待遇改善を進めるメニューが並ぶ。中でも注目のメニューは、負担減のため働く時間を抑える「年収130万円の壁」の克服や長時間労働の抑制と有給休暇取得の促進が挙げられよう。また、健康増進・予防サービス分野や子育て・介護サービス、まちづくり、インバウンドを含む国内外旅行、TPP市場、シルバー市場など有望分野のイノベーションや規制改革を通じて、国民が求める新たな財・サービスを生み出すとしている。ここでの注目メニューは、プレミアム付き商品券や旅行券発行、地方乗り入れの格安航空会社やクルーズ船の発着拡大などが挙げられる。
ただ、消費喚起策のメニューだけで事業規模を6兆円以上にするのは困難であろう。従って、実際に打ち出される補正予算については、消費喚起策に加えて公共事業の支出増が加わる可能性が高い。具体的には、訪日客が乗り入れる空港やクルーズ船が停泊できる港湾等の整備に加えて、リニア新幹線の延伸時期の前倒し、熊本、大分県の地震被害の復旧・復興や老朽化インフラの大規模な改修工事等のメニューが加わることが予想される。
なお、公共事業に関しては建設業界の人手不足の深刻化により工事が予定通り進まないと懸念する向きもある。しかし、国土交通省の建設労働需給調査によれば、建設技能労働者の過不足率は2014年度以降急速に不足率が縮小している。従って、これまでのアベノミクス下における補正予算に比べれば、GDPの押し上げ効果は高まる可能性がある。政府は当面の景気を下支えするために16年度予算を前倒しで執行するとしており、通常であれば16年度後半にはその反動減が懸念されるが、この反動減の部分を今年度補正予算における景気対策により相殺することが期待されよう。
いずれにしても、事業規模は6月8日に公表される1-3月期のGDP二次速報、更には今後の金融市場の動向に大きく左右されることが想定される。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣