要旨
● 経済産業省は2月末、鉱工業生産指数について、平成28年4月(3月分速報)以降の公表時間の変更(8時50分→15時30分)と、平成28年3月分速報以降の公表予定について翌月分の速報および確報のものしか明らかにしないとアナウンスした。
● それが一転3月9日になって、平成28年3月分速報以降の公表予定日について、平成29年3月公表分までの公表予定日を公開し、平成28年4月(3月分速報)以降の公表時間については、引き続き現在の午前8時50分となった。
● 背景には、日本の統計行政において各府省が独自に統計担当部局を持ち、そこが各府省の所管する行政に必要な統計を作成するという分散型統計機構が採用されていることが指摘できる。
● こうした経済統計の改善を図っていく上では、統計作成にあたる組織や予算面を含めた統計行政の抜本的見直しが必要であり、主要な経済統計については、企画・立案面でも可能な限り集中化することが合理的と考えられる。
● また、多くの市場関係者が指摘する問題点として、GDP統計の1次速報から2次速報への改定幅の大きさがある。かい離の主因は、2次速報で法人企業統計季報の情報が加わることで、設備投資と民間在庫の推計値が大幅に修正されることである。資本金一億円未満企業の抽出理引き上げや、設備投資と在庫のみ1次速報に間に合うよう早期に別途集計して速報を発表すれば対応可能となる。
● 個人消費の推計に用いられる総務省の家計調査にも問題がある。従って、混乱の原因となっている家計調査や法人企業統計季報の採用の取りやめも検討に値する。
(注)本稿は週刊エコノミスト(4月12日号)への寄稿を基に作成
鉱工業生産指数の公表時間の変更なぜ?
経済産業省は2月末、鉱工業生産指数について、平成28年4月(3月分速報)以降の公表時間の変更(8時50分→15時30分)と、平成28年3月分速報以降の公表予定について翌月分の速報および確報のものしか明らかにしないとアナウンスした。
それが一転3月9日になって、平成28年3月分速報以降の公表予定日について、平成29年3月公表分までの公表予定日を公開し、平成28年4月(3月分速報)以降の公表時間については、引き続き現在の午前8時50分となった。
こうしたドタバタ劇の背景には、日本の統計行政において、各府省が独自に統計担当部局を持ち、そこが各府省の所管する行政に必要な統計を作成するという分散型統計機構が採用されていることが指摘できる。こうしたことにより、鉱工業指数の公表予定が決まらないことで内閣府が公表するGDP速報の公表予定日も公表できなくなるような変更が各省庁の独自の判断で決まってしまうといえよう。一方の政府は、2007年に内閣府の統計委員会を発足させ、公的統計の体系的な整備に向けた計画づくりを進めているが、こうした問題が勃発するということは、十分機能が果たされているとは言い難い。
特に、公表時間の変更については、そもそも日本の経済統計が他の先進国、特に米国と比べて全般的に調査結果の公表が遅く、公表までに時間がかかるとの批判が多いことに対して逆行する動きである。こうしたことは、市場の投資判断や政府の迅速な経済情勢の把握を妨げ、適切な投資や政策運営の障害となる可能性もある。特に、鉱工業生産は国内で一・二位を争う市場の注目度が高い統計であることからすれば、むしろ集計の迅速化や作成方法の改善などによって、できる限り公表を前倒しする必要があろう。
そして、こうした経済統計の改善を図っていく上では、個別の問題点の対応だけではなく、統計作成にあたる組織や予算面を含めた統計行政の抜本的見直しが必要であり、主要な経済統計については、企画・立案面でも可能な限り集中化することが合理的と考えられる。統計委員会の下で経済統計の企画・立案の集中が進めば、多くの省庁にまたがる所轄業務の垣根にとらわれない横断的・整合的な統計整備が可能となり、今回のような問題の排除にもつながると考えられる。
GDPの速報値と改定値の大きさ
また、多くの市場関係者が指摘する問題点として、GDP統計の1次速報から2次速報への改定幅の大きさがある。
実際、一時速報から二次速報への改定幅の大きさを確認すると、実質GDP成長率のかい離幅は平均0.8ポイントとなる。特に、2014年7-9月期は一時速報と二次速報で成長率の符号が逆転した。この時は2014年4-6月期がマイナス成長であったため、二期連続マイナス成長を景気後退の定義とするテクニカルリセッションとなるか否かのタイミングだった。その時点で成長率の符号が逆転したことが、市場関係者の不満をより高めている。
こうしたかい離の主因は、2次速報で法人企業統計季報の情報が加わることで、設備投資と民間在庫の推計値が大幅に修正されることである。そもそも法人企業統計は、資本金一億円未満の抽出率が低く回答率にもばらつきがあるため、中堅・中小企業に関するデータが不安定であり、サンプル替えの際に調査結果に連続性が損なわれることや、公表時期が遅いという問題がある。この背景には、資本金1000万円以上の営利法人における財務諸表を広範に調査していることがあろう。従って、資本金一億円未満企業の抽出率引き上げや、設備投資と在庫のみ1次速報に間に合うよう早期に別途集計して速報を発表すれば対応可能となるのではないか。
個人消費の推計に用いられる総務省の家計調査にも問題がある。実際に定義の近い家計調査の経常収入と毎月勤労統計の名目賃金が大きくかい離することからも明らかである。
背景には、二人以上世帯は全国で3500万世帯を超えているが、家計調査における二人以上調査世帯数の約8000世帯は全世帯の約0.02%と精度が低い。また、日々の詳細な支出内容調査であるため報告側の負担も大きく調査世帯の偏りも指摘される。更に、近年では女性の社会進出が進む中、家計調査のように報告者負担が大きい調査に応じられるケースは大幅減少が予想され、統計の精度が更に低下する恐れもある。
このように、調査環境の悪化が進む中では、もはや家計調査は個人消費の基礎統計としては限界がある。従って、混乱の原因となっている家計調査や法人企業統計季報の採用の取りやめも検討に値しよう。こうした需要側統計の採用を取りやめ、供給側統計を中心とした統計に切り替えれば、元々供給側統計を中心に推計する確報との整合性を高めることにもつながる。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣