要旨
● アメリカの景気動向指数の一致指数は、生産・支出・所得・雇用の4つのデータを使って作成している。日本の先行系列についてもこの手法を行えば、転換点の早期発見に役に立つ。
● 景気動向指数の問題点は統計理論的根拠に乏しいこと。また、名目のデータと実質のデータの混在や、水準データと前年同月比が混在しており、採用系列の基準が統一されていない。さらに、採用系列のウエートが同一であり、経済実体と適合しない可能性がある。
● この問題点を改善するための一つの可能性として、生産、支出、所得、雇用の先行指標に主成分分析を適用し、新たな先行指数の作成を試みた。このCIの特徴は、使うデータが4つと少なく、既存の先行CIより早く変化の兆しを捉えることができる。
● 主成分分析は、複数の景気先行系列の変動の中から共通する動きを抽出する多変量解析手法であり、この方法によれば、景気の先行きへの影響度に応じて採用系列にウエート付けがなされ、景気動向指数の短所であるウエート同一問題が統計的に回避できる。
● 先行指数は、生産動向として鉱工業生産財在庫率指数、需要動向として最終需要財在庫率指数、所得動向として消費者態度指数、雇用動向として新規求人数(除学卒)を選考した。一致指数も同様に生産動向として生産指数、需要動向として投資財出荷指数(除く輸送機械)、所得動向として所定外労働時間(調査産業計)、雇用動向として有効求人倍率(除学卒)を選んだ。
● 改良先行CIは抽出の基となる系列が4つと少ないにもかかわらず、既存の先行CIに非常に近い動きをしており、既存の指数と近いパフォーマンスが得られる。また、現行の先行CIが計測の関係から上方トレンドを含むのに対し、改良先行CIはより実態に即した水準(量)感を示した動きとなる。
● 景気の谷については、現行CIが先行期間4.8カ月に対して、改良CIは6.7カ月であり、先行性が優れている。景気の山については、現行CIが13.4カ月先行するのに対して、改良CIは13.2カ月とやや劣るがパフォーマンスは近い。本手法は谷の転換点発見の早期化の可能性を秘めている。
● 一昨年から今年にかけて景気動向指数的には現行の一致CIが低迷しており、景気の転換点を迎えているという議論があるが、改良一致CIで見ると、現行の一致CIほどは悪くなっておらず、景気は後退局面に入っていないという結果が得られる。
(注)本稿は2015年度景気循環学会中原奨励賞記念講演の内容を基に作成。
景気動向指数の問題点
本稿では、三面等価を使った景気の先行指数の作成について説明する。ただ、厳密に三面等価というわけではなく、生産・支出・所得に加えて、雇用である。雇用を加える背景としては、アメリカの景気動向指数の一致指数は、まさに生産・支出・所得・雇用の4つのデータを使って作成しており、日本でも同様の手法が使えると考えるからである。さらに、一致だけではなく、先行系列についてもこの手法を行えば、転換点の早期発見に役に立つのではないかと考え、取り組んだ。
一般的に言われている景気動向指数の問題点を挙ると、統計理論的根拠に乏しいことがあげられる。また、名目のデータと実質のデータの混在や、水準データと前年同月比が混在しており、採用系列の基準が統一されていない。さらに、採用系列のウエートが同一であり、経済実体と適合しない可能性がある。
こうした点が指摘されており、この問題点を改善するための一つの可能性として、統計理論的根拠という意味では、生産、支出、所得、雇用の先行指標に主成分分析を適用し、新たな先行指数の作成を試みた。
このCIの特徴としては、使うデータが4つと少なく、既存の先行CIより早く変化の兆しを捉えることができることが挙げられる。
主成分分析は、複数の景気先行系列の変動の中から共通する動きを抽出する多変量解析手法であり、この方法によれば、景気の先行きへの影響度に応じて採用系列にウエート付けがなされ、景気動向指数の短所であるウエート同一問題が統計的に回避できることもポイントである。
選定指標
選定指標は、最大限、既存の景気動向指数を尊重して、そこで使われているデータを使用した。先行指数は、生産動向については、鉱工業生産財在庫率指数、需要動向については、最終需要財在庫率指数、所得動向については、消費者態度指数、雇用動向については新規求人数(除学卒)を選考した。一致指数も同様に作成した。生産動向については生産指数、需要動向については投資財出荷指数(除く輸送機械)、所得動向については所定外労働時間(調査産業計)、雇用動向については有効求人倍率(除学卒)を選んだ。
パフォーマンスと今後の課題
改良先行CIと現行の先行CIのグラフを見ると、改良先行CIは抽出の基となる系列が4つと少ないにもかかわらず、既存の先行CIに非常に近い動きをしており、既存の指数と近いパフォーマンスが得られることが推察される。
そこで、現行の先行CIと改良した先行CIでどれほどのパフォーマンスの差があるか、第10循環から第15循環まで検証した。まず谷については、現行CIが先行期間4.8カ月に対して、改良CIは6.7カ月である。谷については、過去の経験則で言うと先行性が優れていると見ることができる。山については、現行CIが13.4カ月先行するのに対して、改良CIは13.2カ月で、やや劣るが、パフォーマンスは近い。したがって、本手法は谷の転換点発見の早期化の可能性を秘めていると考えられる。
一致CIについても同様の手法を適用し、改良一致CIと現行の一致CIのパフォーマンスを調べた。昨年から今年にかけて景気動向指数的には現行の一致CIが低迷しており、景気の転換点を迎えているのではないかという議論が現在あるが、まだ直近のARIMAモデルの先伸ばしができていないのでそこは不明である。ただ、改良一致CIで見ると、実は現行の一致CIほどは悪くなっていない。また、景気の山については、一般的にはヒストリカルDIが50を切るというところで決まるが、それだけではなく、深さと波及も関わってくる。さらには、三面等価の原則に基づいて計算したCIは、景気後退と言えるほど下がっていない。したがって、景気は後退局面に入っていないという結果が得られる。
今後の課題としては、同様の手法で遅行指数についても適用し、生産・需要・所得・雇用面から抽出した一致・遅行比率の作成も検討し、より精度の高い指数を作成できる可能性がある。
今後も、微力ではあるが、景気の転換点の早期発見に少しでも貢献できるような研究を続けていきたい。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣