会議の生産性は劇的に上がったが……

私の仕事は年々、忙しく厳しくなっており、そしていくら生産性が上がっても、私に入る収入はほとんど上がらない。そして読者の皆さんはすでに、この現象が私だけに起きている現象ではないことにお気づきだろう。あなたが何の仕事をしているか私は知らないが、あなたの仕事にも確実にこのパワードスーツ効果の影響が及んでいるはずだ。

たとえば何か難しい経営レベルの会議に出たとしよう。議題が「EUにおける各事業におけるパリ協定への対応方針」だったり、「新技術をベースにした新しい蓄電池への移行について」だったり、簡単に言えば「細部についてはさっぱりわからない会議」に呼ばれたとしよう。

以前であれば1時間の会議の中の40分は、それについて詳しい起案者からの説明時間で、残り20分が出席した役員、部課長からの質問。それで会議の終わりに、「この問題を持ち帰り、次回、どのように議論をするか事務局から連絡がある」旨、話がまとまって会議は終わりだった。

私のクライアントで、大企業の中でも一番会議の生産性が上がっているある会社では、あらかじめ会議の招集の際に「新しい蓄電池の導入を今行なうか、1年間見送るかを議論します」とアジェンダが書かれたうえで「以下の資料に目を通してください」と添付ファイルが三つぐらいついてくる。

しかも会議に招集されるのは、そのアジェンダに対して責任がある部課長だけ。そして面白いことに、その添付ファイルを十数分眺めて、よくわからない専門的なことはググって追加で情報を検索すれば、それまでまったく知らなかったようなアジェンダでも経営判断ができたり、質問しなければいけないことがわかったり、事務局側のペーパーの怪しい部分が判明したりするのである。

だから会議は最初の5分から白熱する。ここまで生産性の良い会議は、私は20年前には見たこともなかった。

そしてこれだけ生産性高く仕事をしていて、20年前の管理職よりもはるかに会社に貢献している30~40代の幹部社員たちの年収は、20年前の窓際族と呼ばれた「働いていない年配の正社員たち」よりもずっと低い。みんながパワードスーツを身につけて働くようになったことで、勤務評価の基準も年々上がってきているのだ。

「密かな仕事消滅」があなたの周りで進行中

この現象はブルーカラーの職場でも同様である。たとえば売り場の受発注をバイトに任せてもまったくミスが起きなくなった。またはドライブアシスト機能のおかげで高速道路での運転では疲れが溜まらなくなった。こういった形で人工知能が職場に導入されることで「働きやすくなった」と思っていると、トータルでは人の数が減らされたり、同じ仕事なのに賃金が切り下がったりしていく。

さて、パワードスーツ効果はミクロでは「仕事は増える一方なのに給与はろくに上がらない」という現象を起こすのだが、実はマクロで起きている非正規社員増加の問題や、働き方改革の問題にもパワードスーツが関係している。

さらに言えば、人工知能の発達やロボット、スマホといった機械が職場に侵入してきたことで、「まだ指摘されていない労働問題や経済問題」がさまざまな場所で現在進行形で起き始めている。

この連載では、このように仕事消滅前夜に起きる人工知能の社会問題について切り込んでみたい。次回取り上げるテーマは「なぜ正社員が消滅しつつあるのか?」である。

鈴木貴博(すずき・たかひろ)経営戦略コンサルタント
東京大学工学部卒。ボストンコンサルティンググループ等を経て2003年に独立。過去20年にわたり大手人材企業のコンサルティングプロジェクトに従事。人工知能がもたらす「仕事消滅」の問題と関わるようになる。著書に『仕事消滅』(講談社)、『戦略思考トレーニング』シリーズ(日本経済新聞出版社)他があり、後者は累計20万部超のベストセラー。経済評論家としてメディアなど多方面で活動している。(『The 21 online』2018年1月号より)

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