ジョブズからのメールで気づいた英語力の限界

明確な目的に基づく英語学習は、「自分の専門分野」の英語を強化することにつながる。

「仕事で英語力を伸ばしたいということは、自分の属する分野について英語でやり取りできるようになりたい、ということだからです。

40歳を超えたら、自分の専門領域の英語を集中強化する、すなわち『ドメインエキスパート』を目指すべきです」

自身がそれを意識したのも、40歳過ぎてからのことだった。

「きっかけは、スティーブ・ジョブズから届いた1通のメールでした。内容は、ガン治療のためティム・クックにCEO代行を依頼するという沈痛なものでした。しかし私はその英文内の半分の単語を知らなかったのです。内臓の名前や薬の名前──普段使うコンピュータ用語とはまるで別種のものでした」

長年第一線で英語を駆使してきても専門外の言葉はわからないのだ、と痛感した山元氏。

「ならばそれを受け入れよう、と考えました。40代は多忙なうえ、記憶力が年々落ちる時期。専門外の英語にまで範囲を広げようとするのは、現実的な戦略ではありません。

ただし、そのぶん自分の専門分野に関する英語は、誰にも負けないくらいブラッシュアップします」

ここで山元氏は、日本人がよく陥る間違いを指摘する。

「『英語で雑談くらいはできるようになりたい』と言う方がいらっしゃいます。雑談が、さも低い目標であるかのように言いますが、とんだ間違いです。どんなテーマが挙がるかわからない、一番難易度が高いフィールドです。大それた挑戦はやめて、専門領域を完璧にしましょう」

40代からでも英語仕様の脳になれる!

学習の際は「英語脳」を作ることにも注力すべしと語る。

「英語を頭の中で日本語に訳して理解し、日本語を英語に訳して返事をするというモタモタした話し方から卒業しましょう。英語は英語のまま理解・発話できるようになることです」

英語を一度日本語に訳して理解しているようでは、英語ができるうちに入らない、と山元氏。

「『読み書きならできるのですが……』とおっしゃる方、それも大間違い。英文を日本語にしながら読み、日本語を英語にしながら書く、そのスピードは『できる』うちに入りません」

この状況を改善するにはまず、日頃使っている日本語から変えていくことだ。

「例えばメール。冗長な書き方をやめて英語の文法で日本語を使いましょう。そのポイントは『Yes or No』と『because』で書くことです。『できます。なぜなら経験があるから』『できません、なぜなら予算がないから』。私のメールは日本語でも英語でも、たいてい3行で終わります。ティム・クックと電話でやり取りするときも同様の話し方でした。30分で何十件もの決裁をするには、そのスピードが不可欠だったのです」

加えて、主語を「Ⅰ」で話すクセもつけよう、と勧める。

「『私は、こうしました・こうします、なぜなら』という語り方を徹底しましょう。これはビジネスパーソンとしての責任でもあります」

次いで、専門分野に基づいて、伝えたいことを英文でフレーズ化しておくと良いという。

「部下に仕事を説明する、顧客に商品を勧めるなど、場面を想定して定番フレーズを作っておくのです。周囲で英語を話せる人にチェックしてもらい、丸暗記しましょう。学校英語のように、同じ意味の言葉をいくつもの表現で覚える必要などありません。一つの定番の表現を覚え、少しずつ範囲を広げるのが正解です」

広げると同時に、深掘りも必要。フレーズに相手がどう答えるかを見越し、その先の会話を用意しておくことが望ましい。

「ネイティブでもない日本人が一から英作文をしていたのでは、会話のリズムは壊れてしまいます。可能な限り、ありものの実証されたフレーズを活用して会話を成立させることのほうが大切なのです」

洋楽を3曲歌詞を見ず歌う

スピーディにメッセージを伝え合える英語。それに熟達する秘訣は、やはり速さにある。読む・話す速度を上げることが、独学の際の「筋トレ」として有効なのだ。

「巷の英語教室ではよく、講師が優しくゆっくり話しますが、実際の会話の場面であのスピードはありえません。音読練習では、できる限り速く話すこと。リーディングもとにかく速く。そもそも、話せない人に英語の音は聞こえません」

音読するフレーズは無駄に範囲を広げず、集中して徹底反復するのが良い方法。

「先ほどお話しした『想定フレーズ』の他に、気になった雑誌の記事でも有名人のスピーチでもかまいません。好きな英文を最低1日10回は音読して、リズムに身体を慣らしていきましょう」

発音の改善には、好きな洋楽が役に立つ。「最低3曲、歌詞を見なくても歌えるようになりましょう。カラオケで熱唱すれば楽しいですし、スピードやリズムの勘も磨かれます。いずれも自分が好きなものや関心事を題材にすることが大事。自分の興味関心というドメイン領域は、英語力が強化されやすいのです」

山元賢治(やまもと・けんじ)元アップル日本法人社長/〔株〕コミュニカCEO
1959年、兵庫県生まれ。神戸大学工学部卒業後、83年に日本IBM〔株〕に入社。95年、日本オラクル〔株〕入社。99年、イーエムシージャパン〔株〕入社。2001年、同社副社長。02 年、日本オラクル取締役専務執行役員。04 年、アップルコンピュータ〔株〕社長兼米国アップルバイスプレジデント。12年、〔株〕コミュニカを設立し、CEOに就任。《取材構成:林加愛 写真撮影:まるやゆういち》(『THE21オンライン』2019年2月号より)

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