シンカー:日銀が本格的な追加金融緩和に踏み切らず、現行の緩和政策を維持しようとしているのは、財政政策の緩和による自動的な金融緩和効果の拡大への期待もあるだろう。政府は新たな経済対策の実施を決定した。重要なのは経済対策の規模よりも、政府が「景気は緩やかに回復している」という判断の下で経済対策を実施する決断をしたという意志である。政府は、今年の夏に、プライマリーバランスの黒字化目標を2020年度から2025年度に先送りした。安倍首相の自民党総裁の任期末は2021年度である。2021年度までは財政を拡大してでもデフレを完全脱却をし、前回の参議院選挙でのキーワードであった「強い経済」を安倍政権のレガシーとして残し、2022年度以降に次の内閣で景気過熱を抑制するために財政再建路線に入るというシナリオだ。即ち、1%程度の潜在成長率なみの成長速度を最低限維持し、需要超過幅を縮小させないことが、デフレ完全脱却のために政府の至上命題になっているとみられる。もし、経済対策の効果が小さく、潜在成長率を下回るリスクがある場合は、引き続き「景気は緩やかに回復している」という判断の下でも、秋の臨時国会でもう一回の経済対策が実施される可能性は高い。堅調な内需を背景とした設備投資をはじめとした企業活動の拡大による企業貯蓄率の低下と合わせて、財政政策が緊縮から緩和に転じたことで、消滅していたネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)が復活するとみられる。ネットの資金需要が復活することは、マネーが循環・拡大、そして家計への富の流入が強くなることを意味する。そして、日銀が追加金融緩和をせず、現行の緩和政策を維持しているだけで、ネットの資金需要をマネタイズして働くことになる金融緩和の効果も自動的に強くなり、円安・株高・物価上昇の後押しになるとみられる。マーケットは金融緩和効果の自動的な拡大を過小評価していると考える。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

12月18・19日の日銀金融政策決定会合では、「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」、目標からの短期的なオーバーシュートの許容とマネタリーベースの拡大方針を含む「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続し、日銀当座預金の政策金利残高の金利を?0.1%、長期金利を0.0%程度とする政策の現状維持を決定した(7対2)。「物価安定の目標に向けたモメンタムが損なわれる惧れに注意が必要な間、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している」とのフォワードガイダンスにも変更はなかった。政策スタンスは引き続き緩和バイアスである。

10月の決定会合で日銀は、「海外経済の減速の動きが続き、その下振れリスクが高まりつつあるとみられるもとで、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れについて、より注意が必要な情勢になりつつある」と判断した。そして、「海外経済については、成長ペースの持ち直し時期がこれまでの想定よりも遅れるとみられる」とした。海外経済の持ち直しの遅れなどを理由に、フォワードガイダンスの変更を決断した。メインシナリオとしては、実際には海外経済の持ち直しがいずれ進み、日銀が追加金融緩和に追い込まれることはないと予想する。グローバルな景気持ち直しのシナリオを維持しながら、金融緩和効果の自律的な拡大が、2%の物価目標の達成へのモメンタムを強くするまで、フォワードガイダンスの下、日銀は辛抱強く金融政策の緩和バイアスを維持しようとしている。フォワードガイダンスでは、事実上、2020年夏の東京オリンピック後の一時的な景気下押し圧力の不確実性が後退するまで、緩和バイアスが維持されることを示唆しているとみられる。日銀は、FEDの利下げ局面が終わって再利上げ見通しが生まれる始めるとみられる局面まで、辛抱強く緩和バイアスを維持することを示し、ビハインド・ザ・カーブになることで、円高圧力がいずれは円安圧力に転じる期待をマーケットに織り込ませようとしているのだろう。

日銀が本格的な追加金融緩和に踏み切らず、現行の緩和政策を維持しようとしているのは、財政政策の緩和による自動的な金融緩和効果の拡大への期待もあるだろう。政府は新たな経済対策の実施を決定した。重要なのは経済対策の規模よりも、政府が「景気は緩やかに回復している」という判断の下で経済対策を実施する決断をしたという意志である。政府は、今年の夏に、プライマリーバランスの黒字化目標を2020年度から2025年度に先送りした。安倍首相の自民党総裁の任期末は2021年度である。2021年度までは財政を拡大してでもデフレを完全脱却をし、前回の参議院選挙でのキーワードであった「強い経済」を安倍政権のレガシーとして残し、2022年度以降に次の内閣で景気過熱を抑制するために財政再建路線に入るというシナリオだ。即ち、1%程度の潜在成長率なみの成長速度を最低限維持し、需要超過幅を縮小させないことが、デフレ完全脱却のために政府の至上命題になっているとみられる。もし、経済対策の効果が小さく、潜在成長率を下回るリスクがある場合は、引き続き「景気は緩やかに回復している」という判断の下でも、秋の臨時国会でもう一回の経済対策が実施される可能性は高い。

日銀は、日本経済が内需を中心にアベノミクス前と比較して海外景気の減速に対して著しく頑強になってきていると判断している。11月の景気基調判断は、「海外経済の減速や自然災害などの影響から輸出・生産や企業マインド面に弱めの動きがみられるものの、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、基調としては緩やかに拡大している」とされた。需要超過の領域に入りながら景気が引き続き上向いていることを示す「拡大」という景気判断が維持されている。足もとの経済指標の弱さは自然災害が影響していると注意点を加えた。そして、先行きは「海外経済の減速の影響が続くものの、国内需要への波及は限定的となり、基調としては緩やかな拡大を続ける」と判断している。12月の日銀短観でも設備投資や非製造業の業況感が堅調で、内需の頑強さが示された。堅調な内需を背景とした設備投資をはじめとした企業活動の拡大による企業貯蓄率の低下と合わせて、財政政策が緊縮から緩和に転じたことで、消滅していたネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)が復活するとみられる。ネットの資金需要が復活することは、マネーが循環・拡大、そして家計への富の流入が強くなることを意味する。そして、日銀が追加金融緩和をせず、現行の緩和政策を維持しているだけで、ネットの資金需要をマネタイズして働くことになる金融緩和の効果も自動的に強くなり、円安・株高・物価上昇の後押しになるとみられる。マーケットは金融緩和効果の自動的な拡大を過小評価していると考える。

当社の2020年度の実質GDP成長率の予想は+1.1%と、経済対策を織り込み切れていないとみられるマーケットコンセンサス(+0.5%程度)よりかなり高い。政府の今回の経済対策を既に織り込んでいたため、予想に変更はない。日銀も+0.7%と予想しているが、1月の展望レポートでは更に上方修正される可能性がある。政府は+1.4%と新たに予想している。デフレ完全脱却への政府の意志を重要視している当社の2021年度の実質GDP成長率の予想は+1.5%と、日銀の+1.1%よりかなり高い。しかし、海外経済の持ち直しと更なる経済対策の可能性を含む政府の意志がより明確になる中で、日銀の予想は、2020年後半には上昇修正されると考える。2021年度には、設備投資サイクルの一段の上昇などで企業貯蓄率が正常なマイナスに転じ、総需要を追加的に破壊する力が一掃され、政府のデフレ脱却宣言とともに、日銀はまず長期金利の誘導目標を引き上げていくと考える。リスクシナリオとして、「海外経済の減速の影響が続くものの、国内需要への波及は限定的となり、基調としては緩やかな拡大を続ける」との判断が、国内需要の下振れのリスクが大きくなっていると変更された場合、フォワードガイダンスに示唆される追加金融緩和が実施されるとみられる。

図)ネットの国内資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

ネットの国内資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(画像=内閣府、日銀、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司