シンカー:中央銀行は昨年秋に比べ、世界経済に対するリスクが後退しているとの見方を強めている。また、米中通商協議の部分合意やBrexitの合意無き離脱が回避されたことなどから、グローバルにリスクが後退する中、既に実施した緩和政策の効果が出始め、現在の景気拡大サイクルが従来より長期化する可能性も高まっている。中央銀行は追加的か緩和策に直ちに踏み切る必要性は後退している。ただ、政策対応をなくして景気拡大が継続するほど世界経済のファンダメンタルスが強くないことも確かだ。今後、どのタイミングで追加的な政策対応を行うか、経済データに更に注目することになるだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

金融政策見通しの変要

昨年秋から3回の利下げに踏み切った後、FRBも現状の政策水準が適切との判断を維持している。しかし、今後、景気拡大サイクルがピークアウトし、米国が速度調整的な浅いリセッションに入る可能性が高まると、FRBは利下げに踏み切ることになるだろう。初回利下げが、6月のFOMCで実施され、その後に更に計75bpの利下げが続き、年末までに計100bpの利下げが実施されるだろう。FFレート誘導目標は年末までに0.5-0.75%に達すると見込んでいる。

直近の緩和策に関して、政策理事会の内部で過去に例をみないほど意見の不一致があったことから、政策面で何らかの追加アクションが近々とられる可能性は、非常に低いとみている。また、米国FFレートがさらに下方シフトしていることに照らしてもなお、ECBが景気刺激策を追加するハードルは非常に高いだろう。だがFRBの見通しが実現することを条件に、ECBは2020年の秋に追加緩和策を1回打ち出すと、見込んでいる。具体的には、月次資産買入れ額を現状200億ユーロから倍増、中銀預金金利の10bp追加引下げ(マイナス0.6%になる)を考えている。

日銀はグローバルな景気持ち直しのシナリオを維持しながら、金融緩和効果の自律的な拡大が、2%の物価目標の達成へのモメンタムを強くするまで、フォワードガイダンスの下、日銀は辛抱強く金融政策の緩和バイアスを維持しようとしている。フォワードガイダンスでは、事実上、2020年夏の東京オリンピック後の一時的な景気下押し圧力の不確実性が後退するまで、緩和バイアスが維持されることを示唆しているとみられる。2021年度には、設備投資サイクルの一段の上昇などで企業貯蓄率が正常なマイナスに転じ、総需要を追加的に破壊する力が一掃され、政府のデフレ脱却宣言とともに、日銀はまず長期金利の誘導目標を引き上げていくと考える。海外経済の持ち直しと更なる経済対策の可能性を含む政府の意志がより明確になり、2021年度には、設備投資サイクルの一段の上昇などで企業貯蓄率が正常なマイナスに転じ、総需要を追加的に破壊する力が一掃され、政府のデフレ脱却宣言とともに、日銀はまず長期金利の誘導目標を引き上げていくだろう。

新年にRRRを引下げた意義は、実際の流動性に及ぼす実際のインパクトよりも、シグナル効果だった。このことは、PBoCが慎重な緩和アプローチにこだわっていると示している。直近の経済指標にはさらなる安定の兆しが出ており、米中間の通商交渉における第1段階での合意に達したが、中国経済は依然として政策支援を必要としている。特に、個人や中小企業の信用状況は依然厳しい。債券デフォルトや信用イベントの増加からも、PBoCが民間の資金調達コストを引下げることはいっそう難しくなっている。結果、金利の引下げは、11月の1年物MLF金利の5bp引き下げが今サイクルの最後になるとは、考えていない。PBoCはFRBが利下げに踏み切る前の2020年前半を通じて1年物MLF金利が累計でさらに5bp引下げ、米国経済が年後半に減速すると、更に15bpの利下げに踏み切り、年を通して20bpの利下げに踏み切るだろ。

BoEの政策委員の多くはハト派的なスタンスを強めている。13 日に発表された GDP も弱かったことも考慮すると、通常ならば、英国銀行の政策金利見通しを1月 30日の次回政策決定会合で、「変更は無い」を「利下げがある」に修正するだろう。だが、ジョンソン首相が率いる保守党が12月の議会選挙で圧勝したことや、Brexit実施日が次回政策会合の日の翌日に控えていることなどから、英国銀行は次回の政策会合での利下げは見送ると判断しているが、その可能性は五分五分に近い。

米国(Fed)

FFレート(12月末時点:1.50%-1.75%):

予想:FFレートの引き下げは6月からと見込んでいる。

FRBは足許の景気悪化リスクは後退したとの見方を強めている。また、昨年秋から3回の利下げに踏み切った後、FRBも現状の政策水準が適切との判断を維持している。しかし、今後、景気拡大サイクルがピークアウトし、米国が速度調整的な浅いリセッションに入る可能性が高まると、FRBは利下げに踏み切ることになるだろう。初回利下げが、9月のFOMCで実施され、その後に更に計75bpの利下げが続き、年末までに計100bpの利下げが実施されるだろう。FFレート誘導目標は年末までに0.5-0.75%に達すると見込んでいる。また1回の利下げ幅が50bpになっても弊社は驚かないだろう。FRB高官もこのレベルのFFレートでも、前回サイクルの最低水準(かつ史上最低水準)をまだ50bp上回っている。だが実質金利は、再び大幅なマイナス圏(マイナス1.5%)に戻る。これは大幅な金融緩和になるだろう。FRBのパウエル議長はすでに、FFレート誘導目標を1.5-1.75%に引下げた時点で「緩和的な政策スタンス」と表現していた。

バランスシート縮小(12月末時点:約4.2241兆ドル)

予想:中央銀行のバランスシートは中期的には、名目GDPに沿って拡大する

短期米国債の新規購入はQEではなく、FRBバランスシート拡大の目的は、FOMCで適切と決めたFFレート誘導目標を実現することだけで、(FOMCで)「請求された」以上に金融状況を緩和することではない。しかし、FRBバランスシート政策の他の面では、答えはより不明確となる。FRBが、現在は(レポ取引を通じた)一時的な(FRBからの供給)資金を米国債や地方債の永続的な購入で置き換えるならば(置き換えた時には)、それはQEにより近づくことになる。

最も重要なことに、中央銀行のバランスシートは中期的には、名目GDPに沿って拡大するとみられる。こうした推移は、世界金融危機以前の何十年にもわたり標準的であった。このためFRBが、概ねGDP成長率並みの伸び率で自身のバランスシートが将来拡大することを望んでいるのは、ほぼ確実だ。ただ過去との大きな相違点は、現在はバランスシートが遥かに大きくなっていることだ。合計すると、FRBによる米国債購入は今後数年間、簡単に2500-3000億ドルに達する可能性がある。この場合、米国連邦政府が必要とする資金調達額の4分の1から3分の1をカバーする。

ユーロ圏(ECB)

金融緩和策・政策金利(12月末時点:預金ファシリティ金利:-0.50%、リファイナンス金利:+0.00%、限界貸出金利:+0.25%)

予想:過去に例をみないほど意見の不一致があったことから、政策面で何らかの追加アクションが近々とられる可能性は、非常に低いだろう

ECBの政策変更の小休止が長期化すると見込んでいる。ただ、米国経済の減速とFRBの見通しが実現することを条件に、ECBは2020年の秋に追加緩和策を1回打ち出すと、見込んでいる。具体的には、月次資産買入れ額の倍増、中銀預金金利の10bp追加引下げ(マイナス0.6%になる)と資産買プログラム(APP)の買入額を月400億ユーロへ増額するとを考えている。ECBは世界経済の減速懸念やユーロ高がインフレ目標達成に与える影響が追加緩和の理由と説明するだろう。そうした動きはユーロ圏経済を刺激する要因になるとみられる。ただ、追加緩和策は暫定的なものになると予想している。2021年には資産買入れは年前半に月200億ユーロに減額、中銀預金金利は年央までにマイナス0.5%に引上げられるだろう。2023年にようやく正常化プロセスが始まり、利上げとQE終了が実施されると弊社はみている。短く言うと、正常化はゆっくり進む、また緩和にさらに一歩進んだ後に正常化が始まるとみられる。正常化の開始までに、ユーロ圏ではマイナス金利(中銀預金金利)がほぼ10年続くことになるだろう。

ECBの政策見通し(1月の政策会合で発表)

予想:政策枠組みの全面的な見直しを行い、2点が核心的に重要な課題になるだろう

ECBは1月の政策会合で戦略見直しを開始することを発表するだろう。政策枠組みの全面的な見直しを行い、2点が核心的に重要な課題になるだろう。まず、消費者物価指数(CPI)だけを政策目標にしていることだ(見込みの水準が目標とはいえ)。物価安定の維持というECBの責務の、最も正しい解釈は何だろうか。仮にそう(消費者物価だけを目標にすることが正しい解釈)だとしても、「2%に近いが、それを下回る水準」という目標は適切だろうかと考える。「2%の上下両方に1ppの幅を持たせた目標」ならば、ECBは十分な柔軟性が得られて、比較的長い期間(インフレ率が)目標から少し逸脱することを許容できるようになる。また、インフレ圧力が弱まったときに現行の政策ツールでどのように対応でき、また、インフレ減速に対する新たな政策ツールが残っているかも検討することになるだろう。

日本(日銀)

誘導目標(12月末時点:長期金利(10年JGB)利回りを0.0%を中心に±0.2pp内で誘導)

予想:フォワードガイダンスの無期限化で辛抱強く現行の緩和政策を実行し、2021年まで政策は変更されないだろう

日銀は、日本経済が内需を中心にアベノミクス前と比較して海外景気の減速に対して著しく頑強になってきていると判断している。11月の景気基調判断は、「海外経済の減速や自然災害などの影響から輸出・生産や企業マインド面に弱めの動きがみられるものの、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、基調としては緩やかに拡大している」とされた。需要超過の領域に入りながら景気が引き続き上向いていることを示す「拡大」という景気判断は維持されるだろう。そして、先行きは「海外経済の減速の影響が続くものの、国内需要への波及は限定的となり、基調としては緩やかな拡大を続ける」と判断している。そして、「国内需要は、消費税率引き上げなどの影響を受けつつも、きわめて緩和的な金融環境や積極的な政府支出などを背景に、企業・家計の両部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、増加基調をたどると考えられる」と判断している。

実際には海外経済の持ち直しがいずれ進み、消費税率引き上げの影響も雇用・所得環境の一段の改善により限定的で、日銀が追加金融緩和に追い込まれることはないと予想する。グローバルな景気持ち直しのシナリオを維持しながら、金融緩和効果の自律的な拡大が、2%の物価目標の達成へのモメンタムを強くするまで、フォワードガイダンスの下、日銀は辛抱強く金融政策の緩和バイアスを維持しようとしている。フォワードガイダンスでは、事実上、2020年夏の東京オリンピック後の一時的な景気下押し圧力の不確実性が後退するまで、緩和バイアスが維持されることを示唆しているとみられる。日銀は、FEDの利下げ局面が終わって再利上げ見通しが生まれる始めるとみられる局面まで、辛抱強く緩和バイアスを維持することを示し、ビハインド・ザ・カーブになることで、円高圧力がいずれは円安圧力に転じる期待をマーケットに織り込ませようとしているのだろう。海外経済の持ち直しと更なる経済対策の可能性を含む政府の意志がより明確になり、2021年度には、設備投資サイクルの一段の上昇などで企業貯蓄率が正常なマイナスに転じ、総需要を追加的に破壊する力が一掃され、政府のデフレ脱却宣言とともに、日銀はまず長期金利の誘導目標を引き上げていくと考える。リスクシナリオとして日銀の景況判断が、国内需要の下振れのリスクが大きくなっていると変更された場合、フォワードガイダンスに示唆される追加金融緩和が実施される可能性があるだろう。

マイナス金利政策(12月末時点:当座預金のマイナス金利適用残高(約25兆円)に-0.1%のマイナス金利を適用)

予想:2%の物価上昇を達成する2022年に解除

日銀は長期金利の誘導目標を徐々に引上げ、長期国債の買入額は減少していく。日銀は2%の物価目標達成が確認でき、短期金利の引き上げに踏み切るのは、かなり先の2022年となろう。

中国(PBOC)

政策金利(12月末時点:1年物MLF金利:3.15%、預金準備率(RRR):13.00%、7日間リバースレポレート目標:2.3555%)

予想:2020年前半を通じて1年物MLF金利が5bp引下げられだろう。

PBoCは2020年1月1日、全銀行が対象となる50bpの預金準備率(RRR)引下げを発表した。これは1月6日に発効して、(PBoCの計算では)8,000億元の流動性が供給される。引下げ後のRRRは、大手銀行が12.5%、中規模行が10.5%、小規模行が7%となる。国務院が12月遅くにRRR追加引下げを示していたことなどから、十分に見込まれていたことで、市場にもほぼ織り込まれていたとみられる。

新年にRRRを引下げた意義は、実際の流動性に及ぼす実際のインパクトよりも、シグナル効果だった。このことは、PBoCが慎重な緩和アプローチにこだわっていると示している。直近の経済指標にはさらなる安定の兆しが出ており、米中間の通商交渉における第1段階での合意に達したが、中国経済は依然として政策支援を必要としている。特に、個人や中小企業の信用状況は依然厳しい。債券デフォルトや信用イベントの増加からも、PBoCが民間の資金調達コストを引下げることはいっそう難しくなっている。結果、金利の引下げは、11月の1年物MLF金利の5bp引き下げが今サイクルの最後になるとは、考えていない。PBoCはFRBが利下げに踏み切る前の2020年前半を通じて1年物MLF金利が累計でさらに5bp引下げ、米国経済が年後半に減速すると、更に15bpの利下げに踏み切り、年を通して20bpの利下げに踏み切るだろ。また、RRRも更に100bp引き下げられ、年では計150bp引き下げられると予想する。

英国(BOE)

政策金利(12月末時点:0.75%)

予想:BoEはBrexit実施日前日の次回政策会合での利下げは見送るだろうが、その可能性は五分五分に近い

イングランド銀行(BoE)は、危機時に超緩和的な政策スタンスから距離を置いた、欧州の数少ない中央銀行だ。ただ、足許ではハト派的な発言が増え始めている。すでに 2名の政策委員が直近2回の政策会合で利下げに票を投じている。また、最近、カーニー総裁含む更に3人の政策委員も、英国経済の弱い状況が続くならば利下げに投票する考えを述べている。13 日に発表された GDP も弱かったことも考慮すると、通常ならば、英国銀行の政策金利見通しを1月 30日の次回政策決定会合で、「変更は無い」を「利下げがある」に修正するだろう。だが、12 月 12 日の総選挙でジョンソン 首相が歴史的勝利を収めたことで、企業や家計の信頼感が上昇したり、財政支出が拡大して景気も加速する可能性が強まっている。1 月 30 日までに発表されるサーベイ結果などで、そうした信頼感に与える効果が最初に示される可能性がある。また、次回の政策決定会合の翌日にブレグジットが実施されるため、このタイミングで利下げを行うと、EU 離脱についての BoE の考え方 をメディアが逆に受取る可能性がある。BoE はこの点を既に強く批判されており、それがさら に強まりかねない動きは避けたがると考えられる。そのため現時点では、次回会合で金融政 策の変更は無いという考え方を変えないが、見通しは五分五分に近い状態である。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司