シンカー:グローバルな景気持ち直しのシナリオを維持しながら、財政政策の緩和に伴う金融緩和効果の自律的な拡大が、2%の物価目標の達成へのモメンタムを強くするまで、フォワードガイダンスの下、日銀は辛抱強く金融政策の緩和バイアスを維持しようとしている。フォワードガイダンスでは、事実上、今年の夏の東京オリンピック後の一時的な景気下押し圧力の不確実性が後退するまで、緩和バイアスが維持されることを示唆しているとみられる。日銀は、FEDの利下げ局面が終わって再利上げ見通しが生まれ始めるとみられる局面まで、辛抱強く緩和バイアスを維持することを示し、ビハインド・ザ・カーブになることで、円高圧力がいずれは円安圧力に転じる期待をマーケットに織り込ませようとしているのだろう。堅調な内需を背景とした設備投資をはじめとした企業活動の拡大による企業貯蓄率の低下と合わせて、財政政策が緊縮から緩和に転じたことで、消滅していたネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)が復活するとみられる。ネットの資金需要が復活することは、マネーが循環・拡大、そして家計への富の流入が強くなることを意味する。そして、日銀が追加金融緩和をせず、現行の緩和政策を維持しているだけで、ネットの資金需要をマネタイズして働くことになる金融緩和の効果も自動的に強くなり、円安・株高・物価上昇の後押しになるとみられる。マーケットは金融緩和効果の自動的な拡大を過小評価していると考える。
1月20・21日の日銀金融政策決定会合では、「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」、目標からの短期的なオーバーシュートの許容とマネタリーベースの拡大方針を含む「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続し、日銀当座預金の政策金利残高の金利を?0.1%、長期金利の誘導目標を0.0%程度とする政策の現状維持を決定した(7対2)。「物価安定の目標に向けたモメンタムが損なわれる惧れに注意が必要な間、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している」とのフォワードガイダンスにも変更はなかった。政策スタンスは引き続き緩和バイアスが維持された。
日銀は、日本経済が内需を中心にアベノミクス前と比較して海外景気の減速に対して著しく頑強になってきていると判断している。1月の展望レポートでは、「海外経済の減速や自然災害などの影響から輸出・生産や企業マインド面に弱めの動きがみられるものの、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、基調としては緩やかに拡大している」と判断が維持された。需要超過の領域に入りながら景気が引き続き上向いていることを示す「拡大」という景気判断が維持されている。そして、先行きは「海外経済の減速の影響が続くものの、国内需要への波及は限定的となり、拡大基調が続くとみられる」と判断している。米中貿易紛争やBREXITなどの不透明要因が和らいできたことと、政府の経済対策の効果などを織り込み、前回の「拡大基調が続く」から小幅に判断を引き上げたとみられる。そして、「国内需要は、足もとでは消費税率引き上げや自然災害の影響などから減少しているものの、きわめて緩和的な金融環境や積極的な政府支出などを背景に、企業・家計の両部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、増加基調をたどると考えられる」と判断している。これらの判断が、国内需要の下振れのリスクが大きくなっていると変更された場合、フォワードガイダンスに示唆される追加金融緩和が実施されるとみられる。
メインシナリオとしては、実際には海外景気の持ち直しがいずれ進み、消費税率引き上げの影響も雇用・所得環境の一段の改善と政府の経済対策の効果により限定的で、日銀が追加金融緩和に追い込まれることはないと予想する。日銀は、「海外経済は、各国のマクロ経済政策の効果発現やグローバルなITサイクルの好転などに伴う製造業部門の持ち直しを背景に成長率を高め、総じてみれば緩やかに成長していくとみられる」と判断している。グローバルな景気持ち直しのシナリオを維持しながら、財政政策の緩和に伴う金融緩和効果の自律的な拡大が、2%の物価目標の達成へのモメンタムを強くするまで、フォワードガイダンスの下、日銀は辛抱強く金融政策の緩和バイアスを維持しようとしている。フォワードガイダンスでは、事実上、今年の夏の東京オリンピック後の一時的な景気下押し圧力の不確実性が後退するまで、緩和バイアスが維持されることを示唆しているとみられる。日銀は、FEDの利下げ局面が終わって再利上げ見通しが生まれ始めるとみられる局面まで、辛抱強く緩和バイアスを維持することを示し、ビハインド・ザ・カーブになることで、円高圧力がいずれは円安圧力に転じる期待をマーケットに織り込ませようとしているのだろう。
日銀が本格的な追加金融緩和に踏み切らず、現行の緩和政策を維持しようとしているのは、財政政策の緩和による自動的な金融緩和効果の拡大への期待もあるだろう。政府は財政支出13.2兆円を含む新たな経済対策の実施を決定した。重要なのは経済対策の規模よりも、政府が「景気は緩やかに回復している」という判断の下で経済対策を実施する決断をしたという意志である。政府は、昨年の夏に、プライマリーバランスの黒字化目標を2020年度から2025年度に先送りした。安倍首相の自民党総裁の任期末は2021年度である。2021年度までは財政を拡大してでもデフレを完全脱却し、前回の参議院選挙でのキーワードであった「強い経済」を安倍政権のレガシーとして残し、2022年度以降に次の内閣で景気過熱を抑制するために財政再建路線に転換するというシナリオだ。即ち、1%程度の潜在成長率なみの成長速度を最低限維持し、需要超過幅を縮小させないことが、期限内のデフレ完全脱却のために政府の至上命題になっているとみられる。もし、経済対策の効果が小さく、潜在成長率を下回るリスクがある場合は、引き続き「景気は緩やかに回復している」という判断の下でも、秋の臨時国会でもう一回の経済対策が実施される可能性は高い。
12月の日銀短観では設備投資や非製造業の業況感が堅調で、内需の頑強さが示された。堅調な内需を背景とした設備投資をはじめとした企業活動の拡大による企業貯蓄率の低下と合わせて、財政政策が緊縮から緩和に転じたことで、消滅していたネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)が復活するとみられる。ネットの資金需要が復活することは、マネーが循環・拡大、そして家計への富の流入が強くなることを意味する。そして、日銀が追加金融緩和をせず、現行の緩和政策を維持しているだけで、ネットの資金需要をマネタイズして働くことになる金融緩和の効果も自動的に強くなり、円安・株高・物価上昇の後押しになるとみられる。マーケットは金融緩和効果の自動的な拡大を過小評価していると考える。
SGの2020年度の実質GDP成長率の予想は+1.1%と、経済対策を織り込み切れていないとみられるマーケットコンセンサス(+0.5%程度)よりかなり高い。政府の今回の経済対策を既に織り込んでいたためである。日銀は+0.7%と予想していたが、1月の展望レポートでは+0.9%へ上方修正された。政府は+1.4%と新たに予想している。デフレ完全脱却への政府の意志を重要視しているSGの2021年度の実質GDP成長率の予想は+1.5%と、日銀の+1.1%(前回の展望レポートでは+1.0%)よりかなり高い。しかし、海外経済の持ち直しと更なる経済対策の可能性を含む政府の意志がより明確になる中で、日銀の予想は、2020年後半には上方修正されると考える。2021年度には、設備投資サイクルの一段の上昇などで企業貯蓄率が正常なマイナスに転じ、総需要を追加的に破壊する力が一掃され、政府のデフレ脱却宣言とともに、日銀はまず長期金利の誘導目標を引き上げていくと考える。
表)日銀政策委員の経済・物価見通し
表)日銀政策委員のリスク評価
図)ネットの資金需要
図)設備投資サイクル
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司