シンカー: グローバルな金融政策をめぐる状況は大きく変化した。米国と中国の貿易紛争や英国の合意無きEU離脱に伴う大幅な景気下方リスクは大きく縮小したとみられる。こうしたリスクは、2019年に欧米でとられた緩和的な経済政策の大きな理由だった。一方、リスクが大きく縮小した可能性があるにもかかわらず、欧米の政策当局は政策の緩和姿勢を緩めてはいないようだ。言い換えれば、過度に緩和的な経済政策による景気・マーケットの過熱がもたらしかねないインフレ・リスクに対して、その存在を疑っているか、許容力が極めて大きくなっているとみられる。後者の場合、欧米の政策当局は強いインフレが好ましいと考えているのかもしれない。米国と中国の貿易紛争が今後数十年間のグローバルな政治・経済の覇権争いに端を発していると仮定する。中国は、これまでのグローバル・デフレの経済環境下で、経済の巨人へと成長した。では、グローバルな経済環境がインフレに転じた場合、これまでの勢いを維持することができるのだろうか?中国の国家資本主義は、欧米の自由資本主義よりも効率的で、インフレ圧力をうまくコントロールできるだろうか?グローバル・デフレという過剰貯蓄の(資本が有り余っている)経済環境が、国家主導の非効率的投資活動を許容してきたし、非効率的なものを含むその総需要拡大策が、経済規模を巨大にしてきたとも考えられる。より効率的な投資活動が求められるグローバルインフレの経済環境では、国家主導の経済体制のパフォーマンスは、自律的な効率化のメカニズムを内包する自由資本主義の経済体制よりかなり劣る可能性があろう。グローバルな政治・経済の覇権争いに勝利するため、欧米の政策当局が、より有利であるインフレの経済環境を志向する可能性があることには注意すべきだ。自由資本主義陣営が覇権争いに勝利するためにインフレが必要であるということも一つの考え方だ。まだインフレの発現までかなりの時間がかかるだろうが、純粋な経済現象としてのグローバル・デフレの余韻に浸ってばかりいると、政治の動きが介入する複雑な経済現象としてのグローバルな経済環境のインフレへの転換が見えなくなるリスクとなろう。弊社の四半期アセットアロケーションレポートの推奨グローバル・ポートフォリオでもインフレ連動債を最大ウェイトとし、インフレ加速に対するヘッジを促している。そして、デフレからインフレへのグローバルな転換はデフレ完全脱却への動きをみせる日本にはかなりの追い風となるため、日本株式も最大ウェイトにしている。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

グローバル・レポートの要約

●マルチアセット・ストラテジー(1/22): 米国インフレ連動債の保有を継続

ここ数週間、原油価格と米国インフレ連動債との連動性が再び強まっている。また、弊社の「インフレ・ニュースフロー」指数も米国とユーロ圏では底打ちした(参照)。弊社は今回、2019年末以降に米国ブレークイーブン・インフレ率が上向いた原因と、マルチアセット・ポートフォリオの視点から機会が残っているのかどうかを検討する。ブレークイーブン・インフレ率が原油価格を先導している兆候:弊社は、米国ブレークイーブン・インフレ率(BEI)と原油価格の因果性(前者が後者を先導するか)を検証した。驚くべきことに、最近は前者(5年と10年)が後者を強く先導している、と示された。米国のBEIは、2019年10月以降のセンチメント改善(※)で恩恵を受けた(※…米中間で第1段階の合意に達したという発表や、市場参加者がソフトデータと経済成長見通しの改善を織込み始めたことに伴う)。米中間の紛争がエスカレートしないという基調が続くなら、これが進む可能性がある。弊社の見方では、原油価格が下支えになることも考えられる。FRB緩和サイクルの中で、ディフェンシブ色を薄めた最適なポートフォリオは何か。 I) 金(ゴールド)のウエイトをキャッシュに比べ高める、II) 米国や英国の株式より新興国株式を選好(新興国株式をNASDAQ 100に対しロング)、III) インフレ連動債へのエクスポージャーを最大で維持、IV) 通貨へのエクスポージャーは、新興国を日本円や英ポンドに比べて高める、が考えられる。弊社提案のマルチアセット・ポートフォリオでは、米国インフレ連動債のウエイトを最大で維持する。バリュエーションをみると、米国インフレ連動債では、7年物と10年物が比較的年限の短いものよりも魅力的だと弊社モデルは示している(10年ブレークイーブン・インフレ率は現在、適正価値の1.98%を22BP下回っている)。欧州銀行と金(ゴールド)- インフレ加速に対するヘッジ・バスケット:欧州銀行の環境が改善と、金価格が引続き下支えされていることから、(両資産のバスケットと、米国ブレークイーブン・インフレ率との)相関性が再び正になる可能性がある。

マルチアセット・ポートフォリオ
(画像=SG)

●ユーロ圏経済(1/21): 新年に新総裁の下での新しい政策は

今年初めの政策理事会で、ECBの政策見直しが正式に始まるとみられる。議論すべき点は多いが、市場を劇的に動かす変化は無いと弊社は見込んでいる。ECBが、今後数年間は政策余地がほとんど無いという印象と戦うのではなく、現実的に追加で何を出来るのか、また一般世論を組合わせて政策を進めるという考え方が、何故、またはその中でどれが重要なのかという率直な報告を、弊社は求めたい。弊社は、ECBが狭い目標を達成することの難しさを認め、インフレ目標の定式が微修正されるとみている(物価水準目標の要素は含まずに、「対称的に」2%が目標になる。また上下1%の許容幅が示されることが望まれる)。弊社はまた、様々な、および既存・新規のツールを通じてECBが追加で何を出来るのか(特にインフレ見通しが大きく悪化した場合に)、を見通せるようになることを希望する。最後に、弊社はECB理事会に対し、理事会メンバーごとの(個別の)投票内容や、名目ベースPSPP(公的セクター投資プログラム)残高を明らかにすることを促したい。

●世界金融政策(1/20): 世界の金融政策:小休止が従来見込みより長くなる

世界の金融政策をめぐる状況は、ここ数週間で大きく変化した。まず、米国と中国の貿易紛争や英国の合意無きEU離脱に伴う大幅な下方リスクは、実現可能性が大きく低下した。こうしたリスクは、2019年に世界中で取られた緩和策の重要な理由だった。2点目は、経済指標悪化が止まり状況が改善しつつあると示す証拠が出始めた(特に、鉱工業や貿易に関して)。これと各国特有の要因を受けて弊社は、一部の国の金融政策見通しを再検討した。最も重要なことに、「米国が次に利下げを行う時期」の弊社予測を3月から6月に遅らせた。ただ2020年を通じてリセッションが進むにつれて合計で100BPの利下げが行われる、という見方は変えていない。同様のグローバル的な理由とFRBの先導により、他の中央銀行が利下げを行う時期や規模の少なくとも一方について、弊社は見込みを下方修正(後送りか縮小)した。国・地域名を挙げると中国、ユーロ圏、スイス、メキシコ、インド、豪州、韓国である。ただ英国は例外だ。経済指標が弱いほかに、BOEの政策委員達が、早ければ今月の利下げ(を行う可能性)に言及するようになっている。。

●グローバル・ストラテジー(11/17):マイナス金利、(長期的には)持続する可能性がある

我々は常に、自身の「氷河期理論」を長期的な文脈に組み込んできた(特に1950年代初期を意識。当時は例えば、株式配当利回りが極端に低い債券利回りを上回ることが「通常」だった)。また実際にも、マイナスの実質金利(それどころか名目金利さえも)が世界での常態になりつつある。過去800年のデータを利用したイングランド銀行(BOE)の新しい研究によると、現在の金利低下は何世紀も続いたトレンドで、逆転しにくいとみられる。

●債券市場(11/20):リスクオン相場への抵抗

市場の楽観ムードや株価の上昇を背景に、債券は昨年第4四半期に「弱気な慣性相場」の状態に突入した。最近では、米中貿易協議の第1段階の合意文書への署名と地政学的な緊張の緩和が、リスク資産の良好なパフォーマンスに寄与している。しかし、債券相場は足元でさらなる売りに抵抗を示している。米国10年国債の利回りは、2%で強力なレジスタンスラインにぶつかり、そこから下げに転じる公算が極めて大きい。これに対し、ユーロ圏は市場の織り込みがハト派寄りに傾く一方、コアインフレ率の上昇が予想されることから、イールドカーブのベリー部分にリスクがある。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司