お金の魔力

日本人は元来、争いを避け、和を重んじる民族です。

和を乱すおそれがある場面においては、自らの気持ちや感情は心の中に含みおき、表面的にははっきりと出さないようにすることで、和が乱れることを避けます。

しかし、相続の場合は、相続人同士で誰がいくらの財産を相続するかについての話し合いの中において、各相続人の意見には必然的に相続する財産の金額がひもづいてしまうことがあり、そういった場合はそれぞれの考えや気持ちが金額というわかりやすい形で表現されてしまうことになります。

特に相続財産の金額が自分の年収の何倍もの金額となる場合や現状の生活が苦しい状況にあるといった場合には、相続人同士の話し合いにおいて自分の主張を通そうとする動機が強く働く傾向にあります。

そういったことの結果が、先に書いたような裁判所に持ち込まれる相続に関する争いの件数の多さとなって表れているのでしょう。

当初は親族の和を大事にし、仲良く穏便に相続財産の分割をしようという気持ちで、それぞれの相続人が遺産分割協議に臨んだとしても、いざ財産の金額を目の前にすると、それまでの『こころ』の安定やバランスがぐらつき始めることは少なくありません。

お金というものは不思議な魔力を持っています。

その力は気が付かないうちに、人の『こころ』のバランスを狂わせ、気持ちや感情の方向性を変えてしまうものです。

このお金の魔力が相続においても猛威を振るいます。

では、お金の魔力とはいったいどのようなものなのでしょうか。

ここで、お金の魔力をうまく表現したあるお話をご紹介したいと思います。

ある村に1人の男の子がお父さんと一緒に暮らしていました。

その男の子は学校で何人かの意地悪な友達からいじめられていました。

そしてある時からその何人かのいじめっ子はその男の子の家にまでやってきて、家に向かって石を投げ始めました。

そういったことが何日か続き、その男の子のお父さんもさすがにこれは放っておけないなと思いました。

そこでお父さんは、そのいじめっ子たちが家に石を投げに来たとき、その子たちを呼び集めてこう言いました。

「君たちにお願いがあるんだ。今、うちの子は言うことを聞かないので、おしおきが必要だと思っている。だから、毎日うちに来て石を投げてくれないか。石を投げてくれたら、1回につき3ドルあげるよ。」

それから、いじめっ子たちは毎日のようにやってきて石を投げ続けました。

そして、帰りにはお父さんから3ドルをもらっていました。

1週間後、いじめっ子たちが石を投げにやってきた時、お父さんはいじめっ子たちにこう言いました。

「3ドルあげると言ったが、気が変わったので2ドルにしてもらえないか。」

そう言って、お父さんはいじめっ子たちに2ドルしかあげませんでした。

いじめっ子たちは「約束を破るのはずるい」と文句を言いながらもしぶしぶ帰っていきました。

そうやって1回2ドルで石を投げ続けましたが、約束を破られたこともあり、いじめっ子たちはいまいち気が入らなくなっていました。

さらにその次の週、お父さんはいじめっ子たちを呼び集めて一方的にこう言いました。

「気が変わった。今度は1ドルで我慢してくれ。」

いじめっ子たちのうち何人かは怒ってしまい、もう石を投げに来なくなりました。

そして、さらに次の週にはお父さんは残ったいじめっ子たちにこう言いました。

「お金はもう払えない。」

すると残ったいじめっ子たちも皆怒ってしまい、「もう二度と石を投げてやるもんか」と言って石を投げに来なくなりました。

このお話では、いじめっ子は「男の子をいじめる」ということを目的に石を投げに来ていましたが、お金の話をされると「お金をもらうこと」に意識が向き、石を投げる目的も「お金をもらうため」に変わっています。

そして、変化した後の目的(お金をもらうこと)を達成するために石を投げるようになり、その目的が達成できなくなるとわかった時点で、「石を投げてやるもんか」という正反対の気持ちに変わり、石を投げることをやめています。

このような気持ちや行動の変化が生じたのは、そこにお金が介在するようになったためです。

このように、お金は人の気持ちも行動も知らず知らずのうちに変えてしまう力を持っています。

これは相続においても同じことが言えます。

当初は関係者全員が「円満な相続を行う」という目的で話し合いを始めた場合でも、いざ誰が何を相続するかという具体的な内容に話が及ぶと、それぞれが相続する財産の金額が明らかになってきます。

財産の金額という数字に目が行くようになると、お金の魔力が少しずつ働き始めます。

意識が「円満な相続」という大局的な視点から、「自分が相続する財産の金額」という部分的な視点へ向きを変える瞬間を迎えます。

この瞬間を迎えた後、「円満な相続」という大局的な視点と「自分が相続する財産の金額」という部分的な視点のどちらに意識のウェイトを置くかが今後の相続に関する話し合いの大きな分岐点となります。

自らの『こころ』をよく観察し、その瞬間の到来を注意深く見つめてください。

相続が気になるすべての方へ もめないための相続心理学
藤田 耕司(ふじた・こうじ)
公認会計士・税理士、心理カウンセラー(経営心理学)
FSGマネジメント株式会社 代表取締役、FSG税理士法人 代表社員
早稲田大学商学部卒業後、有限責任監査法人トーマツを経て、現職に至る。19歳の頃から心理学や脳の特性など、人間科学に関する勉強を始め、大学卒業後は公認会計士、税理士として数多くの経営者と関わる中で、現場で実践し経営を改善できる人間科学の必要性を痛感する。以来、人間科学を経営に応用し、心や感情の流れに重点を置いた経営コンサルティングを中心に、相続・事業承継業務、経営者コーチング・カウンセリング、会計コンサルティング、税務申告業務を行い、心・感情と会計・数字の両面からクライアントを支援する。また、全国で人間科学と経営・相続に関する講演・研修活動も行う。

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