シンカー:中央銀行は小休止状態に入っていたが、新型コロナウィルスの感染拡大による経済への影響に対する警戒感を強めているようだ。中国外の中央銀行は当面はウィルス拡大の動きに対して様子見姿勢を維持する考えを示している。ウィルスの先行きが分からない中、政策担当者はハードデータに頼り、政策を進めることになるだろう。欧米経済では製造業の経済指標は改善の兆しを見せている。ウィルス拡大は経済活動の需要サイドより供給サイドにより大きな影響を与える可能性が考えれる。供給網の滞りなどで供給の減退に対して堅調な家計や企業のファンダメンタルズによる需要の減退が小さければ、インフレ圧力を強める可能性がある。マーケットがそのような動きを意識し始めると、インフレ抑制のための金融政策の引き締め期待が生まれる可能性がある。インフレが若干加速した局面で過度に金融政策を引き締めると、景気悪化を中央銀行が自ら招くリスクもある。中央銀行関係者はコロナウィルスに対するの適切な政策対応は何かと悩みながら、あくまで経済データから景気の方向感を判断することになるだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

金融政策見通しの変要

昨年秋から3回の利下げに踏み切った後、FRBも現状の政策水準が適切との判断を維持している。しかし、今後、景気拡大サイクルがピークアウトし、米国が速度調整的な浅いリセッションに入る可能性が高まると、FRBは利下げに踏み切ることになるだろう。初回利下げが、6月のFOMCで実施され、その後に更に計75bpの利下げが続き、年末までに計100bpの利下げが実施されるだろう。FFレート誘導目標は年末までに0.5-0.75%に達すると見込んでいる。

ECBは1月の政策会合で金融政策戦略の見直しを開始し、今年末まで続くとみられる。直近の緩和策に関して、政策理事会の内部で過去に例をみないほど意見の不一致があったことから、政策面で何らかの追加アクションが近々とられる可能性は、非常に低いとみている。また、米国FFレートがさらに下方シフトしていることに照らしてもなお、ECBが景気刺激策を追加するハードルは非常に高いだろう。だがFRBの見通しが実現することを条件に、ECBは2020年の秋に追加緩和策を1回打ち出すと、見込んでいる。具体的には、月次資産買入れ額を現状200億ユーロから倍増、中銀預金金利の10bp追加引下げ(マイナス0.6%になる)を考えている。

日銀はグローバルな景気持ち直しのシナリオを維持しながら、金融緩和効果の自律的な拡大が、2%の物価目標の達成へのモメンタムを強くするまで、フォワードガイダンスの下、日銀は辛抱強く金融政策の緩和バイアスを維持しようとしている。フォワードガイダンスでは、事実上、2020年夏の東京オリンピック後の一時的な景気下押し圧力の不確実性が後退するまで、緩和バイアスが維持されることを示唆しているとみられる。2021年度には、設備投資サイクルの一段の上昇などで企業貯蓄率が正常なマイナスに転じ、総需要を追加的に破壊する力が一掃され、政府のデフレ脱却宣言とともに、日銀はまず長期金利の誘導目標を引き上げていくと考える。海外経済の持ち直しと更なる経済対策の可能性を含む政府の意志がより明確になり、2021年度には、設備投資サイクルの一段の上昇などで企業貯蓄率が正常なマイナスに転じ、総需要を追加的に破壊する力が一掃され、政府のデフレ脱却宣言とともに、日銀はまず長期金利の誘導目標を引き上げていくだろう。

PBoCは延長した春節(旧正月)休場明けの3日に、中国経済を支える目的で、短期政策金利を引下げると共に公開市場操作も実施した。武漢発の新型コロナウイルス禍によるネガティブな影響を裏付ける証拠が増える中、2020年前半には2回(10bpずつ)の政策金利引下げと、1回の預金準備率引下げ(50bp)があると見込んでいる。

イングランド銀行(BoE)は、2月の金融政策委員会を前に利下げを強く示唆していたが政策金利を据置いた。政策委員会前に複数の政策委員から緩和が必要になるような景気の弱さが続くと、利下げなど緩和策を支持するという警告が重なった後に、情勢がそれほど大きく変わったとは考えられず、BoEは誤解を生じさせたことに責任があるだろう。今後、景気が弱い中では利下げが必要という見方を変えていない。2020年8月と11月の金融政策決定会合で各々25bp利下げが実施されるという、従来予測に戻す。

米国(Fed)

●FFレート(1月末時点:1.50%-1.75%):

予想:FFレートの引き下げは6月からと見込んでいる。

FRBは足許の景気悪化リスクは後退したとの見方を強めている。また、昨年秋から3回の利下げに踏み切った後、FRBも現状の政策水準が適切との判断を維持している。ただ、パウエル議長は現状のインフレ水準に満足していないと発言したり、新型コロナウィルスの感染拡大で景気後退懸念が強まったことから、一部では利下げ期待が強まっている。今後、景気拡大サイクルがピークアウトし、米国が速度調整的な浅いリセッションに入る可能性が高まると、FRBは利下げに踏み切ることになるだろう。初回利下げが、6月のFOMCで実施され、その後に更に計75bpの利下げが続き、年末までに計100bpの利下げが実施されるだろう。FFレート誘導目標は年末までに0.5-0.75%に達すると見込んでいる。また1回の利下げ幅が50bpになっても弊社は驚かないだろう。FRB高官もこのレベルのFFレートでも、前回サイクルの最低水準(かつ史上最低水準)をまだ50bp上回っている。だが実質金利は、再び大幅なマイナス圏(マイナス1.5%)に戻る。これは大幅な金融緩和になるだろう。FRBのパウエル議長はすでに、FFレート誘導目標を1.5-1.75%に引下げた時点で「緩和的な政策スタンス」と表現していた。

●バランスシート縮小(1月末時点:約4.1993兆ドル)

予想:中央銀行のバランスシートは中期的には、名目GDPに沿って拡大する

短期米国債の新規購入はQEではなく、FRBバランスシート拡大の目的は、FOMCで適切と決めたFFレート誘導目標を実現することだけで、(FOMCで)「請求された」以上に金融状況を緩和することではない。しかし、FRBバランスシート政策の他の面では、答えはより不明確となる。FRBが、現在のレポ取引を通じた一時的な資金供給を米国債や地方債の永続的な購入で置き換えれば、それはQEにより近づくことになる。

最も重要なことに、中央銀行のバランスシートは中期的には、名目GDPに沿って拡大するとみられる。こうした推移は、世界金融危機以前の何十年にもわたり標準的であり、FRBが、概ねGDP成長率並みの伸び率で自身のバランスシートが将来拡大することを望んでいるのは、ほぼ確実だ。ただ過去との大きな相違点は、現在はバランスシートが遥かに大きくなっていることだ。現在の既に拡大しているバランスシートの状況を考慮すると、FRBによる米国債購入は今後数年間、合計で2500-3000億ドルに達する可能性がある。この場合、米国連邦政府が必要とする資金調達額の4分の1から3分の1をカバーする。

ユーロ圏(ECB)

●金融緩和策・政策金利(1月末時点:預金ファシリティ金利:-0.50%、リファイナンス金利:+0.00%、限界貸出金利:+0.25%)

予想:正常化の開始までに、ユーロ圏ではマイナス金利(中銀預金金利)がほぼ10年続くことになるだろう

ECBの政策変更の小休止が長期化すると見込んでいる。ただ、米国経済の減速とFRBの見通しが実現することを条件に、ECBは2020年の秋に追加緩和策を1回打ち出すと、見込んでいる。具体的には、月次資産買入れ額の倍増、中銀預金金利の10bp追加引下げ(マイナス0.6%になる)と資産買プログラム(APP)の買入額を月400億ユーロへ増額するとを考えている。また、CACを伴わない債券の購入上限を50%に引上げる可能性があるだろう。ECBは世界経済の減速懸念やユーロ高がインフレ目標達成に与える影響が追加緩和の理由と説明するだろう。そうした動きはユーロ圏経済を刺激する要因になるとみられる。ただ、追加緩和策は暫定的なものになると予想している。2021年には資産買入れは年前半に月200億ユーロに減額、中銀預金金利は年央までにマイナス0.5%に引上げられるだろう。2023年に正常化プロセスが始まり、利上げとQE終了が実施されるとみている。短く言うと、正常化はゆっくり進む、また緩和にさらに一歩進んだ後に正常化が始まるとみられる。正常化の開始までに、ユーロ圏ではマイナス金利(中銀預金金利)がほぼ10年続くことになるだろう。

●ECBの政策見直し

予想:金融政策見直しは少なくとも今年後半までは、市場の注目をさほど集めないとみている

ECBは1月の政策会合で金融政策戦略の見直しを開始した。今年末まで続くとみられる。見直し対象は広範囲で、主に物価安定の数式上の定義、政策ツールキット、経済・金融分析、コミュニケーションの実行が含まれる。金融安定、雇用、環境面の持続可能性も見直し対象になる。そして、ユーロシステム(ECBとユーロ加盟国の中央銀行)全体で、あらゆる関係者とともに見直しに取組む。ラガルド総裁は、今後のインフレ目標はどのような形か望ましいか、またはマイナス金利に対する見方に関しては依然として口が堅く、ドラギ総裁の下で合意した政策にこだわる姿勢をみせた。金融政策見直しは少なくとも今年後半までは、市場の注目をさほど集めないとみている。

日本(日銀)

●誘導目標(1月末時点:長期金利(10年JGB)利回りを0.0%を中心に±0.2pp内で誘導)

予想:フォワードガイダンスの無期限化で辛抱強く現行の緩和政策を実行し、2021年まで政策は変更されないだろう

日銀は、日本経済が内需を中心にアベノミクス前と比較して海外景気の減速に対して著しく頑強になってきていると判断している。11月の景気基調判断は、「海外経済の減速や自然災害などの影響から輸出・生産や企業マインド面に弱めの動きがみられるものの、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、基調としては緩やかに拡大している」とされた。需要超過の領域に入りながら景気が引き続き上向いていることを示す「拡大」という景気判断は維持されるだろう。そして、先行きは「海外経済の減速の影響が続くものの、国内需要への波及は限定的となり、基調としては緩やかな拡大を続ける」と判断している。そして、「国内需要は、消費税率引き上げなどの影響を受けつつも、きわめて緩和的な金融環境や積極的な政府支出などを背景に、企業・家計の両部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、増加基調をたどると考えられる」と判断している。

実際には海外経済の持ち直しがいずれ進み、消費税率引き上げの影響も雇用・所得環境の一段の改善により限定的で、日銀が追加金融緩和に追い込まれることはないと予想する。グローバルな景気持ち直しのシナリオを維持しながら、金融緩和効果の自律的な拡大が、2%の物価目標の達成へのモメンタムを強くするまで、フォワードガイダンスの下、日銀は辛抱強く金融政策の緩和バイアスを維持しようとしている。フォワードガイダンスでは、事実上、2020年夏の東京オリンピック後の一時的な景気下押し圧力の不確実性が後退するまで、緩和バイアスが維持されることを示唆しているとみられる。日銀は、FEDの利下げ局面が終わって再利上げ見通しが生まれる始めるとみられる局面まで、辛抱強く緩和バイアスを維持することを示し、ビハインド・ザ・カーブになることで、円高圧力がいずれは円安圧力に転じる期待をマーケットに織り込ませようとしているのだろう。海外経済の持ち直しと更なる経済対策の可能性を含む政府の意志がより明確になり、2021年度には、設備投資サイクルの一段の上昇などで企業貯蓄率が正常なマイナスに転じ、総需要を追加的に破壊する力が一掃され、政府のデフレ脱却宣言とともに、日銀はまず長期金利の誘導目標を引き上げていくと考える。リスクシナリオとして日銀の景況判断が、国内需要の下振れのリスクが大きくなっていると変更された場合、フォワードガイダンスに示唆される追加金融緩和が実施される可能性があるだろう。

●マイナス金利政策(1月末時点:当座預金のマイナス金利適用残高(約25兆円)に-0.1%のマイナス金利を適用)

予想:2%の物価上昇を達成する2022年に解除

日銀は長期金利の誘導目標を徐々に引上げ、長期国債の買入額は減少していく。日銀は2%の物価目標達成が確認でき、短期金利の引き上げに踏み切るのは、かなり先の2022年となろう。

中国(PBOC)

●政策金利(1月末時点:1年物MLF金利:3.15%、預金準備率(RRR):13.00%、7日間リバースレポレート目標:2.5378%)

予想:2020年前半には2回(10bpずつ)の政策金利引下げと、1回の預金準備率引下げ(50bp)があると見込んでいる

PBoCは延長した春節(旧正月)休場明けの3日に、中国経済を支える目的で、短期政策金利を引下げると共に公開市場操作も実施した。さらに30種類の金融政策を発表した。目的は、十分な流動性の供給と、ヘルスケア関連企業や、影響が出ている地域・業種の企業への信用供与を支えることだ。こうした策は特に、現在難局を迎えている中小企業を支援するだろう。武漢発の新型コロナウイルス禍によるネガティブな影響を裏付ける証拠が増える中、2020年前半には2回(10bpずつ)の政策金利引下げと、1回の預金準備率引下げ(50bp)があると見込んでいる。また、政府が3月のNPC(全国人民代表大会)で、財政赤字目標のGDP比3%超への引上げを発表すると見込むんでいる。基本シナリオで、2020年Q1遅くに新型コロナウイルスが制御され、Q2には経済活動が回復して、企業も受注を満たすべく生産能力を増強すると考えている。しかし、不確実性があることも明らかであり、Q2早くまでに状況が改善しなければ、景気回復見込みも危うくなり、緩和策のさらなる追加も否定できなくなる。

英国(BOE)

●政策金利(1月末時点:0.75%)

予想:2020年8月と11月の金融政策決定会合で各々25bp利下げが実施されるという、従来予測に戻す

イングランド銀行(BoE)は、2月の金融政策委員会を前に利下げを強く示唆していたが政策金利を据置いた。一部のサーベイが力強く改善していたことで市場の見方もほぼ五分五分になっていたため、この結果を落着いて受取ることもできるが、驚きは政策を変更しないと決定した票決内容が7対2と直近2回の会合と変わらなかったことだ。政策委員会前にカーニー総裁をはじめ、複数の政策委員から緩和が必要になるような景気の弱さが続くと、利下げなど緩和策を支持するという警告が重なった後に、情勢がそれほど大きく変わったとは考えられず、BoEは誤解を生じさせたことに責任があるだろう。成長見通しを下方修正した中で政策を変更しなかったことを、潜在供給力の成長率見通しも引下げたことを挙げて、暗黙のうちに正当化していたが、そのような評価を保証する新しい要因はほとんど出ていないため、説得力は強くないとみている。今後、景気が弱い中では利下げが必要という見方を変えていない。2020年8月と11月の金融政策決定会合で各々25bp利下げが実施されるという、従来予測に戻す。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司