シンカー:内閣府の中長期の経済財政に関する試算は、財政赤字が過大に推計される傾向があり、その恒常的なバイアスをどの程度考慮するのかだけで、基礎的財政収支の黒字化の推計達成年度はかなりずれてしまう。いつまでに黒字化できるのか、または政府の目標である2025年度までに黒字化するために何兆円の増税・支出削減を行う必要があるというような政策議論での使い方は適切ではない。より重要なのは、経済ファンダメンタルズの動きにそって、財政赤字が縮小傾向を維持できるのかというこだ。縮小傾向さえ維持できれば、いずれ黒字になることが見込まれ、時間軸が無限大の政府の予算制約の強い条件は満たされ、自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。内閣府の中長期の経済財政に関する試算では、3%台の名目成長率を前提とする楽観的な成長実現ケースでは、財政収支は黒字へ改善していくことになっていて、政府の予算制約の強い条件を満たす。一方、1%台の名目成長率を前提とする悲観的なベースラインケースでは、財政収支は2028年度までは改善するが、2029年度には悪化に転じてしまう。成長実現ケースとベースラインケースの大きな違いは、潜在成長率の動きである。成長実現ケースは、潜在成長率が生産性の向上などを背景に上昇する。一方、ベースラインケースは低下し、少子高齢化の影響が強く現れる。言い換えれば、予算制約の強い条件を満たせるのかは、潜在成長率が上昇していくことができるのかにかかっているといえる。そうであれば、政策判断は二つに分かれる。潜在成長率の上昇の必要条件である投資を拡大させるために、財政を緊縮して健全化し、将来の金利上昇への懸念をなくすことがまずは重要なのか。または、まずはデフレを完全脱却し、潤沢な需要のある良好な経済状態をつくることが重要なのか。景気が良好な状況でなければ、どのような立派な成長戦略を政府が提示しても、企業は投資を強く拡大しようとしないだろうから、現実的には後者の政策判断が正しいと考える。
内閣府の中長期の経済財政に関する試算の年初の改訂では、その年度が既に最終四半期に入っているため、補正予算の議論も既に進行していて、その年度の財政収支はある程度は正確に推計できると考えられる。
しかし、実績との差(翌年初までに分かる実績-内閣府推計、GDP比率)は、2013年度2.0ppt、2014年度+2.3ppt、2015年度1.8ppt、2016年度1.7ppt、2017年度2.1ppt、2018年度1.4pptであり、この間の平均は+1.87pptと、恒常的に財政赤字が過大推計されていた。
更に、毎年夏に改訂され、その時点では既に前年度は終わっており、その決算も税収の状況を含めまとまりつつあるため、年初の推計が修正され、前年度の一般政府の財政赤字はかなりの精度で推計できると考えられる。
しかし、実績との差(翌年初までに分かる実績-内閣府推計、GDP比率)は、2013年度+1.1ppt、2014年度+1.6ppt、2015年度+1.4ppt、2016年度+1.3ppt、2017年度+1.3ppt、2018年度+0.8pptであり、この間の平均は+1.25pptと、まだ恒常的に財政赤字が過大推計されていた。
本予算と補正予算などで支出されることが決まっていたものが、実際には何らかの理由で恒常的に使われない構造的な財政システムの問題があるようだ。
本予算で余った資金に加えて上積みの支出が補正予算で行われ財政健全化が進行していないと信じられているが、決算上では逆に過小支出になっていたことがわかる。
この+1.87pptの内の1.25pptは予算と決算の支出の恒常的な差、そして残りの0.62pptが財政赤字が大きくなる内閣府の中長期の経済財政に関する試算の経済ファンダメンタルズ上の構造的な推計バイアスであると考えられる。
内閣府の中長期の経済財政に関する試算は、財政赤字が過大に推計される傾向があり、その恒常的なバイアスをどの程度考慮するのかだけで、基礎的財政収支の黒字化の推計達成年度はかなりずれてしまう。
いつまでに黒字化できるのか、または政府の目標である2025年度までに黒字化するために何兆円の増税・支出削減を行う必要があるというような政策議論での使い方は適切ではない。
より重要なのは、経済ファンダメンタルズの動きにそって、財政赤字が縮小傾向を維持できるのかというこだ。
縮小傾向さえ維持できれば、いずれ黒字になることが見込まれ、時間軸が無限大の政府の予算制約の強い条件(実際の制約はもっと弱く、財政拡大余地は大きい)は満たされ、自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。
内閣府の中長期の経済財政に関する試算では、3%台の名目成長率を前提とする楽観的な成長実現ケースでは、財政収支は2018年度の?2.2%から2029年度の+1.5%の黒字へ改善していくことになっていて、政府の予算制約の強い条件を満たす。
一方、1%台の名目成長率を前提とする悲観的なベースラインケースでは、財政収支は2028年度までは?0.6%へ改善するが、2029年度には?0.7%の悪化に転じてしまう。
2029年度の国際経常収支はまだ+3.1%の大幅な黒字であり、予算制約の弱い条件は十分に満たされているが、財政収支が持続に改善するという強い条件が満たされなくなる可能性がある。
成長実現ケースとベースラインケースの大きな違いは、潜在成長率の動きである。
成長実現ケースは、潜在成長率が2018年度の+1.0%から2029年度の+1.8%へ、生産性の向上などを背景に上昇する。
一方、ベースラインケースは、2029年度には+0.8%へ低下し、少子高齢化の影響が強く現れる。
言い換えれば、予算制約の強い条件を満たせるのかは、潜在成長率が上昇していくことができるのかにかかっているといえる。
少子高齢化が進行するなかで、潜在成長率を上昇させるためには、資本装備(有形無形を問わず)を潤沢にするとともに、その投資の過程で継続的なイノベーションを生む必要がある。
投資の拡大は必要条件だろう。
そうであれば、政策判断は二つに分かれる。
潜在成長率の上昇の必要条件である投資を拡大させるために、財政を緊縮して健全化し、将来の金利上昇への懸念をなくすことがまずは重要なのか。
または、潜在成長率の上昇の必要条件である投資を拡大させるために、まずはデフレを完全脱却し、潤沢な需要のある良好な経済状態をつくることが重要なのか。
景気が良好な状況でなければ、どのような立派な成長戦略を政府が提示しても、企業は投資を強く拡大しようとしないだろうから、現実的には後者の政策判断が正しいと考える。
しかも、2029年度の転換点までには、まだ10年程度の時間があり、最低限、その前半の5年間は、景気刺激的な財政拡大で、潤沢な需要のある良好な経済状態をつくり、投資の過程での継続的なイノベーションが生まれる素地をつくることが重要であろう。
現在の日本経済は、企業さえも貯蓄超過部門で、ネットの負債が消滅してしまっており、政府が独占的なネットの資金の借り手の状態であり、その猶予は十分あるだろう。
この5年間は、AI、IoT、ロボティクス、ビッグデータ、5G、それに付随するサービスなどの新たな技術と産業の黎明期にあり、財政再建を遅らせてでも、投資の拡大により生産性を向上させることのできる機会は大きいと考えられる。
表1)年初の内閣府の中長期の経済財政に関する試算での財政赤字と、翌1月の改訂で織り込んだ実績、その差が示す推計誤差
表2)夏の内閣府の中長期の経済財政に関する試算での財政赤字、翌1月の改訂で織り込んだ実績、その差が示す予算と決算の差
表3)内閣府の中長期の経済財政に関する試算の構造的な推計バイアス(推計誤差?予算と決算の差)
表4)内閣府の中長期の経済財政に関する試算 部門別収支予測(成長実現ケース)
表5)内閣府の中長期の経済財政に関する試算 部門別収支予測(ベースラインケース)
表6)日米欧のネット金融資産比較
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司