シンカー:朝日新聞の報道で政府は財政法などを見直し、従来の国債の返済ルールなどの変更を検討していたことが報道された。60年で発行した国債を返済するという「60年償還ルール」や一般会計に国債の元本の返済分を計上する方法などを見直し、よりグローバル基準に近い形の国債管理政策へのシフトを検討していたようだ。10?12月期のGDP統計が市場予想より弱い結果になったことで、マーケットでは政府が追加的な財政支出を実施する可能性が意識され始めている。ただ、剰余金などだけで十分な経済対策を実施するほど資金は残っていないと考えられる。経済対策を実施する場合、長期国債や国庫短期証券の増発でファイナスする必要があるだろう。長期国債の増発は単純にイールドカーブのスティープ化圧力になる。また、国庫短期証券の発行が増加した場合、日銀が国債買入を長期国債から国庫短期証券へシフトすることで、ポリシーミックスを通してイールドカーブのスティープ化圧力を強めることもできる。グローバルに金融政策の限界が意識され、日銀も自らの政策に対する限界を意識している中、金融政策だけに頼った経済刺激策は限界を迎えていると考えられる。財政ルールを見直す局面にきている今、政府はより柔軟な財政運営と国債管理を合わせ、足許で弱まっている景気拡大モメンタムを強化できるかが注目だろう。
●アセット・アロケーションのシフトによるJGBスティープ化の可能性
マーケットでは財政拡大によるJGBカーブスティープ化の可能性が意識されているが、財政政策などに支えられ、堅調な内需環境が長期化し、アセット・アロケーションのシフトがカーブのスティープ化を加速させる可能性があるだろう。日経平均と日本国債の20年40年カーブは2017年後半ごろから2018年後半ころまで相関が高い状態が続いていたが、それ以降は乖離した状態が続いていることが分かる(図1)。株価の上昇に対して、日銀の減額余地が限られているという見方により、超長期の利回りが上昇しづらい状況が続いているようだ。一方で、株価は堅調な内需環境やグローバルな景気サイクルの長期化などで上昇圧力は続いてる。Fedが利下げなどに踏み切ったことで、緩和的な金融政は企業の投資コストを下げ、更なる収益拡大の可能性を高めている。日本経済も逼迫した労働市場が続ていることで、家計所得の拡大は続き、企業の設備投資の必要性は高まっている。今後、生産性向上など投資のリターンが高まりはじめ、家計も賃金上昇の継続で消費を増やし始めると、企業収益は更に拡大する期待が強まるだろう。財政政策が緩和的になっていることも、景気のダウンサイドリスクを弱め、景気拡大モメンタムを更に強める可能性がある。堅調な内需と緩和的な政策は日本株の更なる上昇圧力になるだろう。割安の日本株の上昇期待がさらに強まると、日本株のラリーに乗り遅れることを警戒した外国人投資家などが安全資産からリスク資産への資金移動を加速させ、日本株上昇・20年40年カーブのスティープ化という従来の相関を再び強める可能性があるだろう。
●コロナウィルスの長期化は財政拡大の可能性を高めるだろう
マーケットではコロナウィルスの感染拡大に対する警戒感が続いている。株式市場はウィルスの動向に反応する形で上下動が続いている。政策担当者も足許のコロナウィルスの感染拡大は経済に対して大きな影響は与えていないが、ウィルス感染の拡大が続いた場合、サプライチェーンなど経済活動に悪影響を与える可能性をリスクとしてとらえているようだ。国内でも、政府は防疫体制強化のために2019年度予算の予備費を使い103億円程度の対策を実施することを発表した。中国内では生産拠点が春節から休止していたが、一部企業では生産活動が再開されている。現状の供給側がより大きな影響を受け、需要側の影響が限られている限り、感染拡大が収束し始めたり、家計や企業のウィルスに対する警戒感が弱まると、ペントアップ需要が出始め、景気をサポートすることになるだろう。堅調な需要に対する供給不足から一時的なインフレ加速などが発生するリスクがあるだろう。一方で、ウィルスの感染拡大が長期化し、各国の保険衛生機関などが防疫体制を強化した場合、経済活動が更に抑制され、家計の所得環境や消費行動に影響を与え始めると、需要側も弱まってくるリスクがあるだろう。その場合、政策担当者は景気の減速を止めるためにも財政拡大などで政策対応を実施する必要性が高まってくると考えられる。
●日銀はイールドカーブスティープ化の術を十分持っているだろう
マーケットでは日銀の保有国債の償還額が増えているなか、マネタリーべースの拡大方針を維持しながら、更なる減額に踏み切るのは難しいと考えているようだ。マネタリーベースの拡大は長期国債の買入以外にもETF、REITなど質的緩和政策で実施している資産買入でも増やすことができる。また、長期国債の買い入れを減額して、代わりに国庫短期証券などの買い入れを増やすことでマネタリーベースを拡大することもできる。ネットの長期国債買入額(長期国債の買入?長期国債の償還)がマイナスになると、マネタリーベースが縮小するとは限らない。黒田総裁など日銀の政策担当者は現状のJGBイールドカーブが想定よりフラット化していることを指摘している。日銀はイールドカーブのスティープ化を促すためにも長期ゾーンを減額し、国庫短期証券の買入増額やETFやREITでリスク資産価格のサポートの力を強めながら、マネタリーベースの拡大を維持する可能性があるだろう。現状の資産買入の枠組みを修正することなく、国債買入を更に減額してマネタリーベースの拡大方針を維持すること八可能だ。今後、日銀はイールドカーブの過度なフラット化を抑制するためにも、柔軟に国債買入を調整し続けると考えられる。日銀は理論上に可能であれば柔軟に政策運営を変えていく可能性をマーケットは過小評価している可能性がある。
●Fedは市場が期待しているほど追加利下げに積極的ではない可能性
Fedは2019年10月に利下げを行って以来、様子見姿勢を続けていた。市場はFedが2021年までに利下げを行うとみているようだ。ただ、Fedは市場が思っているよりも追加利下げに積極でない可能性もあるだろう。パウエル議長などは足許の経済に対するリスクは高まっているが、直ちに政策対応が必要ではないとの認識も示している。ニューヨーク連銀は潜在成長率などを用いて構造的な金利水準であるr*(中立金利、自然利子率)を推計している。これによれば、中立金利は足元で上昇しており、米国の構造的な経済成長の強さが中立金利の上昇につながっていることが分かる。中立金利と実効FF金利とのスプレッドに注目すると、利下げなしで実効FF金利が横ばいを想定するとしても、中立金利の上昇により緩和効果は強まっていくと考えられる(図2)。Fedは自らの政策対応で緩和効果を強めるより、経済構造の改善による緩和効果の強化を期待していると考えられる。よって、Fedはこれ以上の利下げには積極的ではなく、現在の経済状況に深刻な悪化がなければ現状を据え置く可能性も意識する必要があるだろう。
図1)日経平均と日本国債20年40年カーブ
図2)米国中立金利とFF金利
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司