シンカー:日本経済がどうしてこれまで苦しんできたのか?良い状態へ戻ることができるのか?日本経済の見方をやさしく解説する。
これまで日本では、将来の経済成長が期待できず、物価下落が続くとみられたため、企業にとっては投資よりもリストラなどによるコスト削減が重要になってしまっていました。賃金が減少し、家計も苦しくなってしまいました。普通の経済では、企業は事業を展開するために資金を調達します。企業が資金を借り入れることは、貯蓄率ではマイナスです。しかし日本では、企業が家計と同じように支出を抑えて貯蓄に励み、借金を返済し続け、貯蓄率はプラスになってしまっています。
貯蓄は美徳のように聞こえますが、普通はしない部門が貯蓄をして何も使わないのであれば、支出が減ってしまいます。支出が減ることで、国内の需要に下押し圧力がかかってしまいます。その結果、1990年前後のバブル崩壊後、日本経済は国内の需要の弱さとデフレに苦しんできました。将来の経済成長が強くなり、物価も上昇する期待が大きくなっているのであれば、企業は投資を増やすはずです。そうなれば、国内の需要の弱さとデフレから脱却するチャンスが生まれます。
とうとう昨年、バブル崩壊後の最も大きい変化がありました。これまで、民間の投資はGDP(経済規模)に対して16%を上回ることができず、投資活動が弱い状態が続いてきました。昨年、バブル崩壊後では初めて16%を持続的に上回る投資の活性化が確認できました。企業は人手が足らなくなってしまい、設備の力を使わなければならなくなっています。AI、IoT、ロボティクス、ビッグデータ、5Gを含む新たなテクノロジーの発展も貢献しているようです。都市再開発や研究開発の予算を増やして、新たな商品やサービスを生み出して、事業を大きくしようとする動きもあります。
このまましばらく投資が大きくなる動きが続けば、来年には企業の貯蓄率は異常なプラスから正常なマイナスに戻るとみられます。そうなれば、これまで悩まされてきた需要を下押す圧力がなくなり、日本は国内の需要の弱さとデフレから脱却できることになります。賃金も増加していくことになります。政府からもデフレ完全脱却宣言が出ることになるでしょう。そして、日銀は政策目標としている持続的な物価上昇(インフレ)が達成されれば、これまでの大規模な金融緩和政策を縮小し始めることができるようになります。
デフレ完全脱却は日本の株式マーケットにも大きなインパクトがあるでしょう。企業が将来の成長を期待して投資を増やしていることは、株主の将来のリターンが大きくなることを目指すようになったことを意味します。言い換えれば、日本の企業とマーケットのRoE(株主資本利益率)の目線が上がったことになります。グローバルに比較して、その目線が低いことが、日本の株式マーケットが弱い大きな理由となっていました。
企業の投資が増え、RoEの目線が上がり、デフレからの完全脱却が見えてくれば、日本の株式マーケットは好調になるはずです。海外投資家の日本の株式マーケットへの投資も大きく増えるでしょう。企業とマーケットの活動が強くなれば、資金の流通スピードが上昇し、資金を融通することで利益を上げる金融機関の経営も好転していくでしょう。
一方、新型コロナウィルスの問題が長引いたり、企業が将来の高い成長を目指さない消極的な経営を続けてしまえば、設備投資のサイクルは腰折れてしまうことになります。そうなれば、企業のリストラなどの後ろ向きの行動が再発し、企業貯蓄率が再上昇するとともに需要を破壊する力が強くなってしまいます。日本経済は景気後退となり、再びデフレの闇に飲み込まれてしまうことでしょう。
図)設備投資サイクルと企業貯蓄率
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司