百貨店業界は、長らく業績低迷に苦しんでいる。2000年代前半から業界再編が行われているものの、現在でも閉店が止まらない。これは、消費需要の変化やデジタル化の加速に対応できていないためだ。百貨店が再び新時代を作るための課題と、それを解決するための戦略を解説していこう。
日本の百貨店の歴史 スタートは呉服店
日本の百貨店は、1904年に呉服店「越後屋」から屋号を改めた「株式会社三越呉服店」の初代専務に就任した日比翁助が、「デパートメントストア宣言」を発したことが始まりだと言われている。それまで地場の呉服店としての営業にとどまっていた同社が、取扱品目の拡大や催し物の開催、建築や店内内装の工夫などによって、従来の呉服店のコンセプトを大きく刷新し、全国に店舗を拡大していった。
その後、他の呉服店各社も「三越呉服店」の取り組みに習い、百貨店は庶民に新たなライフスタイルを提案する場として発展していくこととなる。デパートの大衆化が進んだ1932年には日本百貨店協会が設立され、1937年には百貨店法が制定されるなど、現在の百貨店の営業形態が徐々に確立されていった。百貨店が現在置かれている状況を解説する前に、各社の沿革を見てみよう。
伊勢丹 | |
1886年 | 神田旅籠町に伊勢屋丹治呉服店を創業 |
1930年 | 株式会社伊勢丹設立、1933年9月新宿に本店開業 |
三越 | |
1673年 | 三井高利が江戸本町一丁目に呉服店「越後屋」を開業 |
1904年 | 「株式会社三越呉服店」設立。初代専務に日比翁助が就任、 「デパートメントストア宣言」を発し、日本初の百貨店となる |
1914年 | 本店ルネッサンス式5階建新館落成、 ライオン像や日本初のエスカレーターを設置 |
1930年 | 銀座店を開店し、以降全国主要都市に次々と店舗を展開 |
大丸 | |
1717年 | 下村彦右衛門正啓、京都伏見に呉服店「大文字屋」を開業 |
1907年 | 「株式合資会社大丸呉服店」を設立 |
1925年 | 定款の営業目的を 「百貨陳列販売業(デパートメントストアの営業)ほか」に改める |
1928年 | 商号を株式会社大丸に改め、以降関西を中心に店舗を展開 |
松坂屋 | |
1611年 | 織田信長に仕えた伊藤蘭丸祐広の子、 伊藤源左衛門祐道が名古屋本町に呉服小間物問屋を開業。 |
1910年 | 「株式会社いとう呉服店」を設立。 名古屋市栄町角に名古屋地方初のデパートメントストアとして 名古屋店を新築開店 |
1918年 | デパート業界初の制服を制定 (縞の木綿にモスリンの帯という和服スタイル) |
1925年 | 商号を株式会社松坂屋に改める |
高島屋 | |
1831年 | 高島屋創業(京都烏丸松原上ル)、 初代飯田新七が京都で古着木綿商を始める |
1900年 | 東京店開店 |
1912年 | 商業施設初の鉄筋コンクリート3階建の京都店新築 |
1919年 | 株式会社高島屋呉服店を設立 |
1930年 | 株式会社高島屋へ商号変更 |
百貨店売上高ランキングTOP5!2000年代前半から始まった業界再編
1990年頃までは、各社が独自のコンセプトや商品企画を打ち出し、活況を帯びていた百貨店業界。しかし、国内景気の停滞などを背景に、2000年代後半から業界再編が加速していった。現在は、大手5社に集約されている。各社の概要を売上高ランキング形式で紹介してこう。
1位 株式会社三越伊勢丹ホールディングス――他社より紳士服売上高構成が大きい
国内百貨店の最大手。2008年4月に、「三越」と「伊勢丹」が経営統合して発足した「株式会社三越伊勢丹ホールディングス」。
「伊勢丹新宿メンズ店」を構え、他の百貨店と比較し紳士服の売上高構成が大きいことが特徴。2008年以降から不採算店舗の整理や事業再編を行い、都心旗艦店の大規模な改装を進めている。近年はエステ事業や旅行代理店の買収など、事業の多角化に向けた投資にも積極的で、デジタルトランスフォーメーションの推進を中期計画に掲げるなど、国内百貨店のリーディングカンパニーとして改革を進めている。
2020年3月期第3四半期の累計売上高は約8,752億円(前年同期比▲2.9%)、営業利益は約210億円(同▲17.1%)。
2位 エイチ・ツー・オーリテイリング――売上高構成で大きいのは食料品
ともに大阪に拠点を置く電鉄系百貨店の「阪急百貨店」と「阪神百貨店」が、2007年10月に経営統合した「エイチ・ツー・オーリテイリング株式会社」。「阪神百貨店」が大阪では有名な大規模デパ地下売り場を擁することから、食料品の売上高構成が高いことが特徴。
「三越伊勢丹」と同様に旗艦店舗の改修を進め、2012年には「阪急うめだ本店」の建替工事が完了。2016年には阪神梅田本店の新棟もオープンした。百貨店事業のほか、食品スーパーの「イズミヤ」なども中核事業に位置し、店舗改革などで業績の底上げを図っている。
2020年3月期第3四半期の累計売上高は約6,940億円(前年同期比▲0.9%)、営業利益は約119億円(同▲26.9%)。
売上高ランキング3位 高島屋――不動産開発事業が収益の柱
2008年に「エイチ・ツー・オーリテイリング」との資本業務提携交渉が進められていたが中止となり、現在は業務提携に留まっている「高島屋」。傘下にショッピングセンターの開発を手がける不動産会社を持ち、不動産開発事業にも注力している。
2018~2023年度の成長戦略として、既存マーケットの深耕と新しいマーケットの開拓を掲げる。不動産やショッピングセンターを軸としたまちづくりコンセプトを推進するほか、EC対応を含めたWebサービスにも注力。小売業界のデジタル化の流れを取り込むなど、積極的な投資を続けている。
顧客戦略では「NTTドコモ」や「Ponta」などとのアライアンスを強化。そのほか現在収益の柱となっている不動産業や金融業でさらなる拡大を図り、2023年度までにそれぞれ90億円、100億円の営業利益を目指す。
2020年2月期第3四半期の累計売上高は約6,770億円(前年同期比2.6%増)、営業利益は約203億円(同4.5%増)。
売上高4位 大丸松坂屋――販管費を20%に抑える効率性が強み
2007年に関西に地盤を持つ大丸と、東海方面を拠点とする松坂屋との経営統合により発足した「J.フロント リテイリング 株式会社(大丸松坂屋)」。2012年に「パルコ」を買収。2017年には「GINZA SIX」を開業するなど、店舗ラインナップを拡大し、幅広い客層の取り込みを狙っている。
2015年には大手ネットショップ「ベルメゾン」を有する「千趣会」と資本業務提携を行い、持分法適用関連会社化した(2018年に解消を発表)。同社は販管費率を20%程度に抑える業務効率が強みであり、売場面積を増床しながら、従来を大幅に下回る人員での店舗運営を実現している。
他にも、取扱いブランド品の拡大や食品売り場への投資、インバウンド需要向けの対応強化などにより、業績を伸ばしている。
2020年2月期第3四半期の累計売上高は約3,620億円(前年同期比8.4%増)、営業利益は約370億円(同9.4%増)。
売上高5位 そごう・西武――セブン&アイ ホールディング傘下の強みを生かした展開
2000年に民事再生法が適用された「そごう」と「西武百貨店」が統合し、「ミレニアムリテイリング」が発足。2005年に「セブン&アイ・ホールディングス」の傘下となり、同社の百貨店事業セグメントとして位置づけられている。
「セブン&アイ・ホールディングス」との連携を活かしたマーケティングや商品ブランド展開に取り組んだものの、業績不振から回復できず2010年度以降は減益が続いている。不採算店舗の閉鎖などにより経営効率化を図るとともに、地方店改革も推進予定。
「セブン&アイ・ホールディングス」の百貨店事業セグメント、2020年2月期第3四半期の累計売上高は約4,206億円 (前年同期比1.4%減)、営業損失は約19億円(同マイナス約15億円)。
百貨店業界の現状 長期的な不振の原因は?
2000年以降の業界再編以降も、百貨店業界全体の業績は悪化の一途をたどり、売上や店舗数は減少を続けている。「日本百貨店協会」によれば、2007年から2018年にかけて全国の百貨店の店舗数は59店も減少。各社とも不採算店舗の整理や人員削減による経営効率化を進めている状況だ。
直近の主な閉鎖店舗を見てみよう。
年度 | 閉鎖店舗 |
2016年 | 西武百貨店旭川店(北海道) |
そごう柏店(千葉県) | |
2017年 | 三越多摩センター店(東京都) |
三越千葉店(千葉県) | |
2018年 | 伊勢丹松戸店(千葉県) |
三越木更津店(千葉県) | |
西武小田原店(神奈川県) | |
西武船橋店(千葉県) | |
2019年 | 大丸山科店(京都府) |
伊勢丹府中店(東京都) | |
伊勢丹相模原店(神奈川県) | |
2020年以降 | 新潟三越(3月予定) |
高島屋 港南台店(8月予定) | |
西部岡崎店 | |
西部大津店 | |
そごう徳島店 | |
そごう西神店 | |
そごう川口店(2021年2月に閉鎖予定) |
長引く百貨店業界の低迷には、以下の3つの背景があると考えられる。
背景1 専門チェーンの台頭による顧客購買選択肢の多様化
第一に挙げられるのは、専門チェーンの台頭による競争の激化である。これまでの百貨店は、衣料品を中心として、服飾雑貨、食料品、ジュエリー、リビング、ベビー用品、ギフトサロン、アート、レストランに至るまで、多彩な商品・サービスをすべて1つの店舗にまとめて、顧客の消費を囲い込むビジネスモデルだった。
しかし現在では、衣料品においては「ユニクロ」などのSPAが台頭し、専門アパレルブランドが人気を博している。リビングでは、「ニトリ」などの良質かつ低価格のブランドが浸透している。商品セグメント毎に絞って独自のブランドコンセプトを打ち出す専門店が勢力を増していることで、顧客の選択肢が増えているのだ。
背景2 ブランド高級品の購入チャネル増加による富裕層離れ
ブランド高級品の販売チャネルが、百貨店だけではなくなったことも大きい。主要百貨店の多くは、商品セグメントに限らず高級ブランドを取り揃えることで外商顧客として富裕層を囲い込み、高い客単価によって利益を出してきた。しかし、かつては百貨店でしか購入できなかった高級品も、現在はネットで買える時代になった。このシフトにより、主な外商顧客である60~70代の子ども世代が外商顧客にならないという事象が起きているという。
背景3 デジタル化の波に追いついていない
加速するデジタル化の波に、百貨店業界各社が乗り遅れていることも大きい。百貨店の主力商品である衣料品については、各ブランドが独自のEC販売に乗り出している。また「ZOZO」などのECマーケットプレイスに顧客が集まる中、百貨店業界では「小売店舗販売の型」から抜け出し切れていない。
百貨店が抱える課題を解決する3つの戦略 再度、新時代を作れるのか?
低迷にあえぐ百貨店業界は、顧客を取り戻すことができるのだろうか。ここからは3つの戦略的方向性を提示し、百貨店再生の鍵を紐解いてみたい。
戦略1 特定の顧客ターゲットへ注力する――インバウンドへの注力
1つ目は、特定の顧客ターゲットに注力することである。中でも、最短で効果の見込める施策は、インバウンド需要の取り込みだろう。観光庁によれば、2019年の訪日外国人旅行消費額は4.8兆円で、7年連続で過去最高を更新している。直近では新型コロナウイルスで見通しが不透明だが、日本政府は今後もインバウンド需要の取り込みに積極的に投資する姿勢を示しており、海外の富裕層の需要を取り込むことは、百貨店各社においても大きな収益機会となる。
百貨店大手の数社は、免税品の売上実績を公表している。「三越伊勢丹HD」の2019年3月期の免税品売上高は約607億円で前年比108.5%増、全売上高に占める割合は9.6%(同0.9%増)。「J.フロント リテイリング」の2019年2月期の免税品売上高は588億円で前期比22.9%増、売上に占める割合は8.9%と、免税品の取り扱いが増加していることがわかる。
戦略2 事業多角化を推進する――顧客データを活かした不動産・金融事業の強化
2つ目は、衣料品や食料品の小売販売といった従来の百貨店業界の形態にとらわれない事業の多角化である。各社とも、すでに不動産開発事業やクレジットカードなどの金融関連事業をセグメントとして持っている。しかし、大手各社の不動産事業売上高が全売上高に占める割合は、いずれも3%程度。最も大きい「高島屋」でも、約5%である。
小売店舗販売という事業は、景気や消費動向の影響を受けやすく、在庫リスクや店舗固定費がかさむという潜在的リスクもある。百貨店の有する豊富な顧客データを活用し、比較的高利益率が見込める不動産事業や金融事業を強化することで、物品販売収益に依存しない事業ポートフォリオを構築し強化することは、現状を打破するきっかけとなるはずだ。
戦略3 店舗ならではの体験型消費の強化――デジタルシフトに投資する
「体験型消費」や「デジタルシフト」といった、消費者の消費需要形態の構造的変化に対応することも重要である。
経済産業省の「電子商取引に関する報告書」によれば、衣類(インナーウエア・アウターウエア)、服装雑貨(靴、鞄、宝飾品、アクセサリー)、子供服(ベビー服含む)、スポーツ用品といった製品群で構成される「衣類・服飾雑貨等」の2018年のBtoC-ECの市場規模は、約1兆7,728億円。対前年比で7.7%増加、EC化率も13%に達している。
EC化の促進だけでなく、百貨店の根幹である「店舗営業」とデジタルシフトを組み合わせた独自の消費体験を顧客に提供する施策も欠かせない。顧客が店舗で購入した商品を自宅で受け取る物流システムや、オンラインと店舗販売をシームレスにつなぐO2Oシステムの構築などがこれに当たる。また、テクノロジーを活用したユニークな購買体験を提供することができれば、他社のECや専門ブランド店に対する差別化となる。
百貨店の強みである「顧客データ」を活かせるかが鍵
百貨店の強みである「全国的な店舗網」と「膨大な顧客データ」は、デジタルシフトにおいて大きな優位性を持つことはいうまでもない。構造的な低迷を脱するための斬新な施策を、各社がいかにいち早く打ち出せるか。120年もの歴史で培ってきた百貨店業界の底力が、改めて試されようとしている。
文・森琢麻(M&Aコンサルタント)/MONEY TIMES
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