シンカー:マーケットでは新型コロナウィルスに対する数十兆円の経済対策を実施しても、政府は前倒債の資金を活用すれば追加国債発行に踏み切る必要はないとの見方があった。前倒し債がすぐに使用できる状態にないと考えられることや、将来的なバッファーを失うことにつながるため、ついに大幅な追加国債発行に踏み切った。ただ、マーケットが注目しているカレンダーベース市中発行分は18.2兆円と追加発行総額の7割程度しか増えていない。補正予算などの支出を会計年度をまたいで翌年度の6月までに国債の追加的な市中発行で資金調達を行うことができる出納整理期間があるため、追加発行分がすべて今年度のカレンダーベース市中発行額に反映させないことができる。この方法では、見かけ上は追加的な国債発行が抑えられたように見えるが、実際には政府はいずれ市中からの資金調達額を増加する必要がある。今回の経済対策の財源を含むと2020年度の国債発行計画の年度間調整分は16.6兆円と、東日本大震災による巨額の復興財源が必要であった2011年度(14.7兆円)を上回る水準に達している。また、新型コロナウィルスの影響で経済活動が大幅に縮小すると政府の税収減分も追加国債発行で補う必要があるだろう。政府は既に決定した追加発行に加え、10兆円超の追加国債発行に踏み切る必要があると考えられる。マーケットは、市中で消化される国債の今後の総量を過小評価し、そして債券市場へのインパクトも過小評価しているリスクがある。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

政府は7日に追加的な財政措置29.2兆円程度(GDP比5.5%程度)の新たな経済対策を閣議決定した(前回の経済対策との重複分などを含めれば39.5兆円程度)。

マーケットでは新型コロナウィルスに対する数十兆円の経済対策を実施しても、政府は前倒債の資金を活用すれば追加国債発行に踏み切る必要はないとの見方があった。

2019年度の補正予算でも、2020年度の当初予算でも、財政を拡大し必要な資金調達額が増加しているにもかかわらず、カレンダーベース市中発行額はほとんど変化しなかったのが理由のようだ。

前倒債を発行する理由は、毎年度の国債発行を平準化するためや、急な財政需要の増減に対して国債市場へ大きな影響をもたらすことなく対応するためとされている。

前倒債発行で調達された資金は主に翌年度以降に使用する目的であるため、償還で資金が必要になるまで剰余金として日銀の政府預金に原則的に預けられる。

日銀の政府預金には同程度の額があり、必要であればそれを取り崩し、施策を実施するための財源にするというのがマーケットの一般的な考え方だろう。

しかし、日銀のバランスシートを見ると、政府預金は前倒し発行分の残高を大幅に下回っている。

前倒債発行で調達した資金は予定がすでに確定している償還資金として使われるため、政府はその財源が必要になるまで、特別会計間や財政投融資にその資金を貸し付けているようだ。

貸し付ける理由は、剰余金として政府預金にただ積んでおくことで金利を得ることができない機会損失を回避することができるとともに、財政投融資などの円滑な資金調達の支援になることである。

言い換えれば、前倒債は財投債と事実上同じような役割になっていると考えることもできる。

よって、既に貸し付けられているため、政府預金には前倒し発行分の残高が存在せず、前倒債の資金は他の財源が必要になったから直ちに使える環境にはないと考えられる。

政府預金に残っているのは、足元で必要な償還資金や貸付けられる前の待機資金で大きくはないとみられる。

資金を大量に使うためには、財政投融資などへの貸付を流動化しなければならず、財投計画が縮小されないのならば、財投債名目での新規国債を結局のところ発行しなければならない。

政府は今回の経済対策の財源として新規国債を16.7兆円、財投債を9.4兆円の追加発行に踏み切った。

前倒債がすぐに使用できる状態にないと考えられることや、将来的なバッファーを失うことにつながるため、ついに大幅な追加国債発行に踏み切ったのだろう。

ただ、マーケットが注目しているカレンダーベース市中発行分は18.2兆円と追加発行総額の7割程度しか増えていない。

これは、今年度のカレンダーベース市中発行額を変更せず、補正予算の財源を調達できる方法があるからだ。

補正予算など支出を会計年度をまたいで翌年度の6月までに国債の追加的な市中発行で資金調達を行うことができる出納整理期間があるため、追加発行分がすべて今年度のカレンダーベース市中発行額に反映させないことができる。

この方法では、見かけ上は追加的な国債発行が抑えられたように見えるが、実際には政府はいずれ市中からの資金調達額を増加する必要がある。

実際に、年度間調整の前年差と翌年度のカレンダーベース市中発行額の前年差(年度間調整の変化が1年先行)には強い相関関係がある。

年度間調整分を増やしたものは、翌年度のカレンダーベース市中発行額を増やすことで対応しているようだ。

カレンダーベース市中発行額は、政府の資金需要の一部しか表しておらず、裏にかくれて、政府の資金需要は高いとみられる。

今回の経済対策の財源を含むと2020年度の国債発行計画の年度間調整分は16.6兆円と、東日本大震災による巨額の復興財源が必要であった2011年度(14.7兆円)を上回る水準に達している。

言い換えれば、いずれカレンダーベース市中発行額を増やさなければならない可能性は、東日本大震災後に復興債発行に踏み切る前より高まっていると考えられる。

また、新型コロナウィルスの影響で経済活動が大幅に縮小すると政府の税収も大幅に減少するだろう。

今回の補正予算では税収減を補う追加国債発行は含まれていない。

一方で、景気が弱まっている局面で税収減に見合った大幅な歳出削減に踏み切るのは難しいだろう。

年度間調整の更なる増加や国債の発行根拠の振り替えなどの財政のテクニックを駆使すれば、税収減分を直ちにカレンダーベース市中発行額の増額で対応する必要はないかもしれないが、いずれは追加国債発行で補う必要があるだろう。

政府は既に決定した追加発行に加え、10兆円超の追加国債発行に踏み切る必要があると考えられる。

マーケットは、市中で消化される国債の今後の総量を過小評価し、そして債券市場へのインパクトも過小評価しているリスクがある。

新型コロナウィルスに対する過度な警戒感も弱まり、マーケットが追加発行の必要性の事実をより意識すると、金利低下圧力は大幅に弱まり、イールドカーブがスティーブ化する可能性がさらに高まるだろう。

表)国債発行根拠法別発行額(兆円)

国債発行根拠法別発行額(兆円)
(画像=財務省、SG)

表)国債カレンダーベース発行額(兆円)

国債カレンダーベース発行額(兆円)
(画像=財務省、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司