シンカー:喫緊の問題は、新型コロナウィルス問題が終息に向かう中で、景気が底を這って回復のないL字型を回避できるかだ。日銀が注目してきたのは信用サイクルが強い状態を維持できるのかだ。グローバルに在庫・生産サイクルが多少悪化しても、日本経済は拡張を続けることができるように、強い信用サイクルに支えられた内需を中心に頑強になってきていた。信用サイクルをうまく示すのは日銀短観の中小企業金融機関貸出態度DIである。信用サイクルは雇用拡大の牽引役であるサービス業の事業拡大を左右するため、失業率に先行する指標である。信用サイクルが堅調であれば、雇用・所得環境は底割れず、新型コロナウィルス問題が終息に向かうなかで需要は復元し、景気には回復力が生まれる。政府・日銀は、企業向けの流動性対策を大幅に拡充し、信用サイクルの防衛に全力を尽くす方針だ。政策の下支えで、4?6月期の日銀短観中小企業貸出態度DIは+18から+19に改善した。合格点である。政府・日銀の政策などに支えられて、何とか堅調な信用サイクルは維持でき、景気はL字型を回避し、新型コロンウィリス問題の緩和とともに回復が進行すると考える。日銀も景気先行き判断を、「経済活動が再開していくもとで、ペントアップ需要の顕在化に加え、緩和的な金融環境や政府の経済対策の効果にも支えられて、本年後半から徐々に改善していくとみられる」としている。景気の回復が、緩慢なU字型から迅速なV字型に進展するためには、需要の牽引役が必要になる。注目は設備投資サイクルが再び強さを取り戻すのかだろう。設備投資画が売上高計画を大きくアウトパフォームし、実質設備投資の実質GDP比率が示す信用サイクルは堅調さを維持していることが確認されている。企業は新型コロナウィルスの影響は一過性と判断し、金融機関の資金融資に対する警戒感も大きくないため、長期的な視野の投資拡大は止めるわけにはいかず、まだ設備投資サイクルは上向きを維持できると考える。政府の経済政策などの支援もあり、コロナショック下でのIT技術の活用の経験がイノベーションを促進するだろ。そうなれば、新型コロナウィする問題が終息に向かえば、堅調な信用サイクルが生み出す景気回復の力を、強い設備投資サイクルが生み出す需要の牽引力で、景気回復は緩慢なU字型から迅速なV字型に進展していくだろう。
7月15日の日銀金融政策決定会合では、「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」、目標からの短期的なオーバーシュートの許容とマネタリーベースの拡大方針を含む「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続し、日銀当座預金の政策金利残高の金利を?0.1%、長期金利の誘導目標を0%程度とする現行の緩和政策のフレームワークの現状維持を決定した。上限を設けない長期国債と年間12兆円程度のETFなどを含む資産買入れの方針も維持された。そして、「当面、新型コロナウィルス感染症の影響を注視し、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる」と、引き続き緩和的政策スタンスが継続する。展望レポートにおける景況判断は、「経済活動は徐々に再開しているが、内外で新型コロナウィルス感染症の影響が引き続きみられるもとで、きわめて厳しい状態にある」と引き続き強い警戒感を示された。すでに大きく引き下げられてきた2020年度の成長率と物価の予想は引き下げとなった。
政府の経済対対策による企業支援に合わせ、日銀は金融機関への強力な流動性供給策を実施し、景気の底割れを回避するため全力を尽くす意志を示している。6月の決定会合で日銀は、4月に増やしたCP・社債等の買入れと5月に導入を決定した「中小企業等の資金繰り支援のための新たな資金供給手段」などを含め、企業等の資金繰り支援の特別プログラムが75兆円程度から110円超に拡大することを示した。「当面は、金融・財政の連携の下で決定された一連の大規模な政策対応の効果と、金融システムの機能を注視する必要がある」との政策委員の意見がみられ、しばらくは現行の政策を維持していくことになるだろう。
喫緊の問題は、新型コロナウィルス問題が終息に向かう中で、景気が底を這って回復のないL字型を回避できるかだ。日銀が注目してきたのは信用サイクルが強い状態を維持できるのかだ。グローバルに在庫・生産サイクルが多少悪化しても、日本経済は拡張を続けることができるように、強い信用サイクルに支えられた内需を中心に頑強になってきていた。信用サイクルをうまく示すのは日銀短観の中小企業金融機関貸出態度DIである。信用サイクルは雇用拡大の牽引役であるサービス業の事業拡大を左右するため、失業率に先行する指標である。信用サイクルが堅調であれば、雇用・所得環境は底割れず、新型コロナウィルス問題が終息に向かうなかで需要は復元し、景気には回復力が生まれる。中小企業貸出態度DIは、昨年7?9月期の+20から、消費税率引き上げなどの影響で10?12月期に+19、そして新型コロナウィルス問題などの影響で1?3月期に+18と若干の弱まりが確認された。政府・日銀は、企業向けの流動性対策を大幅に拡充し、信用サイクルの防衛に全力を尽くす方針だ。政策の下支えで、4?6月期の中小企業貸出態度DIは+19に改善した。合格点である。政府・日銀の政策などに支えられて、何とか堅調な信用サイクルは維持でき、景気はL字型を回避し、新型コロンウィリス問題の緩和とともに回復が進行すると考える。日銀も景気先行き判断を、「経済活動が再開していくもとで、ペントアップ需要の顕在化に加え、緩和的な金融環境や政府の経済対策の効果にも支えられて、本年後半から徐々に改善していくとみられる」とし、本年後半からの景気回復をメインシナリオとしていることが確認された。2021年度と2022年度の日銀の成長率と物価の予想は若干の引き上げとなった。
景気の回復が、緩慢なU字型から迅速なV字型に進展するためには、需要の牽引役が必要になる。注目は設備投資サイクルが再び強さを取り戻すのかだろう。経済ファンダメンタルズの改善と民間投資を喚起する成長戦略が徐々に効果を発揮し、設備投資サイクルもようやく天井を打ち破ってきた。実質設備投資の実質GDP比率は既に+16%の天井を打ち破り、バブル崩壊後の最高水準までようやく上昇した。この天井をなかなか打ち破れなかったことが、過剰貯蓄として総需要を破壊する力となっている異常なプラスの企業貯蓄率の低下を妨げる要因となっていた。短期の業況感に左右されない、人口動態にともなう労働需給逼迫を含む生産性と収益率の向上の必要性、AI・IoT・ロボティクス・5Gを含む技術と産業の革新、遅れていた中小企業のIT投資、老朽化の進んだ構造物の建て替え、都市再生、研究開発が大きな後押しとなっているとみられる。米中貿易紛争や消費税率引き上げ、そして頻発する自然災害などの不確実性が大きくなってきた中で、新型コロナウィルスの問題も大きくなり、現在は企業の投資意欲が一時的に衰えてしまって懸念があった。しかし、2020年度の全規模全産業設備投資計画は前年比?0.4%から?0.8%へ若干下方修正された。
名目GDPに相当する2020年度の全規模全産業全産業売上高計画は+0.1%から-3.9%へ大きく下方修正された。設備投資画が売上高計画を大きくアウトパフォームし、実質設備投資の実質GDP比率が示す信用サイクルは堅調さを維持していることになる。設備投資サイクルと相関関係が確認できる設備投資計画から売上高計画を引いたスプレッドは堅調に推移している。企業は新型コロナウィルスの影響は一過性と判断し、金融機関の資金融資に対する警戒感も大きくないため、長期的な視野の投資拡大は止めるわけにはいかず、まだ設備投資サイクルは上向きを維持できると考える。政府の経済政策などの支援もあり、コロナショック下でのIT技術の活用の経験がイノベーションを促進するだろ。そうなれば、新型コロナウィする問題が終息に向かえば、堅調な信用サイクルが生み出す景気回復の力を、強い設備投資サイクルが生み出す需要の牽引力で、景気回復は緩慢なU字型から迅速なV字型に進展していくだろう。
資金の借り手である企業と政府の貯蓄率の合計であるネットの資金需要は、総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力、家計に所得が回る力、即ちリフレサイクルが拡大する力となる。このネットの資金需要を中央銀行が量的金融緩和などで資金供給をしてマネタイズすると、金利上昇が抑制され、マネーが拡大する力が強くなり、景気を拡大したり、物価を押し上げたりする力にもなると考えられる。企業の貯蓄率はまだ異常なプラス(総需要の破壊する力)である中で、財政政策の拡大は不十分で、ネットの資金需要が消滅してしまっており、リフレサイクルが弱いことが、デフレ完全脱却への動きを妨げていた。ネットの資金需要が消滅していると、日銀が供給した流動性が市中に流れていくことが困難となり、ただ金融機関や日銀当座預金に滞留し、量的金融緩和の効果も限定的になってしまう。
新型コロナウィルス問題で企業活動が弱くなり、企業貯蓄率は一時的に上昇しているとみられる。一方、政府は数度の補正予算で財政拡大に転じており、それをオフセットする以上の力で、ネットの資金需要は復活するとみられる。日銀は無制限の国債買入れを表明してポリシーミックスの形をマーケットにより意識させるようにしている。ネットの資金需要を日銀がマネタイズする形となり、金融緩和の効果が飛躍的に大きくなるだろう。新型コロナウィルス問題が終息に向かう中で、政府・日銀の積極的な経済対策にも支えられて信用サイクルは堅調さを維持し、需要が持ち直すことで、企業活動も回復し、設備投資サイクルが上向くとみられる。ネットの資金需要のもう一つの要素である企業貯蓄率は低下し、正常なマイナス(総需要を破壊する力がなくなり、デフレ脱却)に向けた動きとなり、ネットの資金需要の拡大でリフレサイクルは更に強くなるだろう。
デフレ完全脱却のためには、企業の期待成長率と期待インフレ率が上振れなければならない。これまでの16%を上限とする実質設備投資の実質GDP比率のレンジが上方シフトすることで、両者が上振れたことが事後的に確認できるようになる。レンジが上方シフトすれば、企業貯蓄率は異常であったプラスから正常なマイナスに戻り、総需要を破壊する力が払拭され、デフレ完全脱却が可能となろう。日銀短観は信用サイクルが強いままであったことが確認できた。景気は回復のないL字型は回避できることになる。更に、設備投資計画は強く、新型コロナウィルス問題が終息に向かう中、設備投資がけん引する形で景気回復はU字からV字に促進される可能性も示された。政府は、景気回復を強くするために、年末までにはGDP対比1.5%程度の新たな経済対策を実施するだろう。日銀も現行の政策下のポリシーミックスとして国債の買い入れ額を増やして行くとみられる。今後も流動性供給策が緩和策の主軸で、金融機関に更なるダメージを与えて信用サイクルを毀損させるリスクを逆に高めてしまうリスクがあるため、マイナス金利政策の深堀りを日銀が選択することはないだろう。
消費者物価指数は前年同月比で一時的にマイナスとなったが、政府・日銀は2%の物価上昇率目標を維持し、財政・金融政策の緩和姿勢を粘り強く維持することで、V字回復を利用して物価上昇モーメンタムを取り戻そうとするだろう。ネットの資金需要が復活し、経済とマネーが膨らむ力であるリフレサイクルは強くなるため、実現の可能性が高いと考える。2022年の政府のデフレ完全脱却宣言のタイミングで、長期金利の誘導目標を、景気・マーケットの拡大を阻害しない速度で引き上げ始めるだろう。短期の政策金利をプラスに戻し緩和から脱却するのは、物価目標達成後の2023年頃となろう。
表)日銀政策委員の経済・物価見通し
図:日銀短観金融機関貸出態度DI(信用サイクル)と失業率
図:設備投資サイクルと企業貯蓄率
図:設備投資サイクルと短観設備投資計画・売上高計画スプレッド
図:ネットの国内資金需要(リフレサイクル)
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司