フランスの権威あるガストロノミーガイド「ミシュラン」が新たな目的地としてモスクワを対象にすることを発表した(参考)。近年モスクワのレストランが「再生(ルネサンス)」を果たしたからだというのが理由だ。モスクワ市長はこの発表を受けて歓迎の意を表した。

なぜモスクワのレストランが復活したのだろうか。発端は意外なものだった。

(図表:ボルシチ)

ボルシチ
(出典:Wikipedia

去る2014 年にロシアがウクライナからクリミアを併合したことを受け欧米がロシアに制裁を課したが、この制裁によって多くのEU食材がロシアに入らなくなった。その結果モスクワのレストランでは地元の食材に頼る傾向が強まった。

西側から輸入した肉やチーズ、魚に頼っていたレストランは閉店を余儀なくされ、ロシア地方からの食材調達に努めていたレストランは競争力を増すことになったのだ。モスクワのシェフたちは地元の食材を強調することによって存在を際立たせているというのがミシュランの評価である。

他方で最近「ボルシチ」がロシアとウクライナの地政学的対立の中心となっている。

ウクライナ人が「母乳の次に我々が口にするのがボルシチだ」と言う程ウクライナにとってボルシチは譲れない国民食なのである(参考)。今年(2021 年)両国はそれぞれこの料理をユネスコに申請する予定だ。

「食」を巡る国家間の対立は世界中で起こっている。

シンガポールが「ホーカー文化」(安価な屋台街)をUNESCOに申請しようとしたとき特にペナンを中心に同じく「ホーカー文化」を持つマレーシアから激しい反発が起こった(参考)。最終的にUNESCOは先月(2020年12月)シンガポールの「ホーカー文化」を無形文化遺産に登録したことを発表した(参考)。

昨年(2020年)ナゴルノ・カラバフの紛争が再燃したアルメニアとアゼルバイジャンだが、それ以前から葡萄の葉で包んだミートボール料理「トルマ(“tolma")」を巡ってもう1つのコーカサス紛争が起こっていた。

(図表:トルマ(“tolma"))

トルマ
(出典:Wikipedia

去る2012年にアゼルバイジャンのイルハム・アリエフ(Ilham Aliyev)大統領が「アゼルバイジャンの国民食である」と公言して以来「トルマ(“tolma")」は両国の間で論争の的となった。

アゼルバイジャンの国家安全保障省は国家料理センターを設立し、特にアルメニア人がアゼルバイジャン料理と思われる料理を盗用しようとする動きに対抗するための支援まで開始した。これを受けてアルメニアでは激怒の声が上がり、国の国民食を「占領者」から救うために様々な取り組みが始まった。その中に年に一度のトルマ祭の開催があり、この料理をアルメニアの代表的な料理だとアピールしている(参考)。

今次パンデミックにより世界の流通やサプライチェーンが変わりつつある。それに伴い各国の「食」の文化も変わることになりそうだ。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

グローバル・インテリジェンス・ユニット Senior Analyst
二宮美樹 記す