相続税で頭を悩ませる世帯が増えた今「孫への生前贈与」が節税策として注目されています。相続を長期的な視点で見たとき、孫への生前贈与は費用対効果が高いからです。ただし気を付けなくてはならないこともあります。今回は、孫への贈与で活用したい5つの非課税制度と活用に伴う注意点について見ていきましょう。

目次

  1. 孫への贈与が節税になる3つの理由
  2. 孫に贈与するなら検討したい5つの非課税制度
  3. 孫への生前贈与で気にしておきたい8つの注意点

孫への贈与が節税になる3つの理由

金融
(画像=photoschmidt/stock.adobe.com)

孫への贈与が節税策として有効なのには3つの理由があります。

贈与が孫の将来に直接役立つ

孫の多くは10代から30代、40代といった現役世代です。この世代は教育や結婚・子育て、マイホームの購入などさまざまなイベントがあります。これらのイベントを上手にクリアしていくことが彼らの人生を豊かにすることにつながるわけですが、どのイベントにもお金がかかります。つまり、十分な資金がなければ孫は自ら望む豊かな人生を歩めません。一方で、経済成長が順調とは言い難い今、現役世代の収入は伸び悩んでいます。このようなことから、昨今の孫世代は独力で夢を叶えていくのが難しいのです。

そんな中、孫たちの人生を祖父母からの生前贈与で応援したら、彼らは進学や留学、結婚や出産を実現できます。質の高い教育で収入を増やしたり高度な技術が求められる職業に就けたりするかもしれません。子供をたくさん生んで広いマイホームで余裕をもって暮らせるようになるかもしれません。さらに、孫たちが豊かになれば、日本の経済活性化や少子化の解決につながる可能性も出てくるのです。

世代を飛ばした分だけ全体の相続税が軽くなる

相続対策というと目先の相続にばかり意識が行きがちですが、現実には相続は立て続けに発生します。財産の持ち主が亡くなると、しばらくして配偶者が、もうしばらくしてその子どもに相続が発生します。つまり、実際の相続は目先の一回限りではないのです。

そして、相続のたびに、相続税が発生します。相続税の節税策は配偶者や同居親族、事業を引き継ぐ子供など「被相続人と同居していた人や事業を引き継ぐ人への配慮」となるものが中心です。しかし、二度目、三度目の相続ではそういった節税策が対応できない状況となるため、せっかく節税しても一度きりで終わってしまい、二度目、三度目の相続で多額の税金を納めることになってしまいます。かといって、相続人でない孫に遺贈すると、孫は本来の相続税を2割増しで納める破目になるのです。

だからこそ、世代を飛ばして孫に生前贈与するのが有効です。何度も相続税を納付することで財産が目減りすることを防げますし、孫も2割増しで余計な相続税を納めなくて済むのです。

孫は相続開始前3年間の生前贈与加算の対象にならない

生前贈与によくある誤った認識が「生きている間にとにかく贈与しておけば相続税はかからない」というものです。実は、生前贈与をしても相続税がかかることがあります。それは、財産の持ち主が亡くなる日(相続開始日)以前の3年間に生前贈与がされたときです。

相続や遺贈により財産を受け取った人が、相続開始日以前の3年間に亡くなった人から生前贈与を受けていたら、その生前贈与分は相続財産に加算されることになります。生前贈与時に納めた贈与税額があれば、その人の相続税額から贈与税額が差し引かれますが、だからといって損がゼロとは言い切れません。相続開始前3年間の贈与がそれぞれ贈与税のかからない110万円以下であったとしても、相続財産に加算しなくてはならないからです。つまり、せっかく非課税で生前贈与をしても財産の持ち主の死亡直前ならムダな節税策になってしまうわけです。

「結果やるだけムダだった生前贈与」という事態は、受贈者側が財産の持ち主の妻や子どもなど、いわゆる「推定相続人」であるときに生じます。見方を変えると「将来相続人になりそうにない人」に生前贈与すればムダにならないのです。そして孫はその親である子供が財産の持ち主より前に亡くなっているのでない限り、相続人になりません。加えて、財産の持ち主が遺言書で「孫に〇〇を遺贈する」と書かない限り、生前贈与加算の対象になりません。

つまり、財産の持ち主が死期を悟って慌てて生前贈与をしたとしても、その贈与先が孫ならば、生前贈与は節税策として有効になるのです。

孫に贈与するなら検討したい5つの非課税制度

孫に生前贈与をするならば、ぜひ以下の制度の活用を検討したいところです。

ポイント1:暦年課税の非課税枠110万円を使って少しずつ贈与

一般的な贈与税の仕組みとして理解されているものは贈与税の中でも「暦年課税制度」といいます。暦年課税制度では、毎年1月1日から12月31日までに受けた贈与の額が110万円以下なら贈与税はかかりません。この仕組みを上手に使って、毎年少しずつ孫に贈与すれば、贈与税0円で資産移転をすることができます。

ただし後述するようにいくつか注意点があります。贈与の仕方によっては、「本来1,100万円の贈与であるものを10年間に分けて送っただけ」などと税務当局に認識され、1,100万円の贈与に課税されてしまいかねません。

ポイント2:教育資金の贈与税の非課税措置

孫がまだ学校に通う生徒・学生ならば、教育資金の贈与税の非課税措置を使って孫の授業料や留学費用を一部援助することができます。教育資金の贈与税の非課税措置とは、親や祖父母から子や孫への教育資金の贈与で、次のようなルールを守ったものについては最大1,500万円まで贈与税がかからないというものです。

  • 受贈者が30歳未満である
  • 信託銀行などを通して教育資金を贈与する
  • 贈与があった年の前年において、受贈者である孫の所得税の合計所得金額が1,000万円以下である

塾や習い事など、学校教育以外にかかる教育費で贈与できる枠は500万円なので贈与の仕方に注意が必要ですが、多額の教育資金が必要な留学や大学院進学を考えている孫がいるならば活用の余地がありそうです。なお、本制度は2021年3月31日が非課税での贈与の期限となります。

ポイント3:結婚・子育て資金の贈与税の非課税措置

孫が既に学校を卒業し、これから結婚や出産を迎えるならば、結婚・子育て資金の贈与税の非課税措置の活用を検討してもよいでしょう。結婚・子育て資金の贈与税の非課税措置は、次のようなルールを守れば最大1,000万円まで(結婚については300万円が上限)贈与税がかからないというものです。

  • 受贈者が20歳以上50歳未満である
  • 信託銀行などを通して教育資金を贈与する
  • 贈与があった年の前年において、受贈者である孫所得税の合計所得金額が1,000万円以下である

この制度を使えば、孫は結婚式や新居の用意、不妊治療やベビーシッターを少ない負担で少なく準備することができます。なお、本制度は2021年3月31日が非課税での贈与の期限となります。

ポイント4:住宅取得等資金の贈与税の非課税措置

住宅取得等資金の贈与税の非課税措置は、親や祖父母から資金をもらって住宅を新築・購入・リフォームすると、最大3,000万円までが贈与税が非課税になるという制度です。この制度を活用して孫に資金を贈与するならば、次のルールを守らなくてはいけません。

  • 贈与を受ける孫が20歳以上である
  • 贈与を受けた年において、受贈者である孫の所得税の合計所得金額が2,000万円以下である
  • 2009年から2014年までの間にこの制度の非課税の適用を受けていない
  • 親族から住宅を購入していない
  • 贈与を受けたら翌年3月15日までにもらった資金全額を使って自宅の新築・購入・リフォームをし、実際に住むか入居は確実であることを立証できるようにする
  • 家の床面積が50㎡以上240m以下で、床面積の半分以上が孫の居住用である
  • 自宅が耐震基準や耐火基準を満たしている

要件は細かい上、厳しいので注意が必要ですが、昨今、本制度を活用してマイホームを購入する人が増えています。なお、本制度は2021年12月31日が贈与を受ける期限となります。

ポイント5:相続時精算課税を使った収益物件の生前贈与

賃貸用不動産など収益物件を相続時精算課税制度で生前贈与をすれば、収益物件から生じる賃貸料収入も含めて財産を非課税で孫に引き渡すことができます。相続時精算課税制度とは、60歳以上の親や祖父母から、20歳以上の子や孫に対して贈与しても、累計で2,500万円までは贈与税が非課税になるという制度です。非課税の枠が非常に大きいので、地域や実勢価格によっては、収益物件の贈与で活用することができます。

ただし、相続時精算課税は活用に慎重さが求められます。後述しますが、相続開始時に贈与した資産をいったん相続財産に持ち戻して精算すること、相続時に値上がりすることが確実な財産でないと節税になりにくいなど、いくつか注意点があります。また、本制度を活用するならば、相続時精算課税選択届出書を最初に適用を受けたい贈与についての申告書と共に税務署に提出しなくてはなりません。

孫への生前贈与で気にしておきたい8つの注意点

ただし、孫へ生前贈与をすれば万事解決なわけではありません。節税以外にも気を配らないと、思わぬところで足をすくわれることになります。ここで、孫へ生前贈与する際に注意しておきたいポイントをお伝えします。

注意1:老後資金は確保する

「相続税の節税に」と生前贈与をし過ぎてしまうと、ご自身の老後資金が枯渇する可能性が出てきます。そして、いったん贈与してしまった財産は「生活が苦しいからやっぱり返して」とは言いにくく、すでに孫の教育費や遊興費に使われていたら取り戻すことはできません。ご自身の老後資金を確保した上で贈与するようにしましょう。

注意2:遺留分に配慮する

孫への生前贈与を行う際、老後資金以外にもう一つ気を付けたいことがあります。それは「遺留分」です。遺留分を侵害してまで孫へ生前贈与をしてしまうと、相続が発生した後、孫が困ることになります。

遺留分とは、相続人が最低限の遺産を確保するための制度をいいます。兄弟姉妹以外の相続人は、自分の相続順位に応じた割合で相続財産を受け取る権利があるのです。遺留分の割合は次のようになっています。

  • 相続人が配偶者のみ…配偶者1/2
  • 相続人が配偶者と子ども…配偶者1/4、子ども1/4
  • 相続人が配偶者と父母…配偶者2/6、子ども1/6
  • 相続人が子どものみ…子ども1/2
  • 相続人が父母のみ…父母1/3

相続人になるべき人の遺留分までをも孫に相続してしまうと、財産の持ち主が亡くなった後、ほかの相続人が孫に遺留分侵害額請求を行う可能性が生じます。孫への生前贈与に節税以外の特別な事情があり、かつ周囲の理解が十分に得られているのであれば別ですが、そうでないのであれば孫とほかの親族の仲が悪くなるおそれがあります。

孫への生前贈与を行う場合には、遺留分を意識するようにしましょう。

注意3:孫本人の「もらう」意思を確認する

贈与は財産をあげるだけでは成立しません。贈与者の「あげます」、受贈者の「もらいます」という意思表示が相互にあって初めて契約として成立する法律行為です。そのため、受贈者側がきちんと受け取る意思があり、なおかつ受け取ったあとは本人の管理下に置かれることが大事なのです。

よくあるのが「子供や孫の名義の口座に勝手にお金を送った」というものです。これだと本人が贈与を受ける意思を示しておらず、かつ、財産が自分のものになっていることを認識していない状態です。そのため、相続後の税務調査で発覚した場合、税務当局からは名義だけが子どもや孫になっているだけで実質的には贈与者側の資産といういわゆる「名義預金」だとみなされます。名義預金として認定されると、相続財産の申告漏れになり、相続税の申告のやり直しと追加の納税をしなくてはなりません。そうなると節税したつもりがムダに終わるだけでなく、相続税以外に過少申告加算税というペナルティを払うことになります。

贈与をするならば、きちんと孫の「もらう」意思を確認しましょう。「贈与契約書を作成する」「預金通帳や印鑑など財産の管理に必要なものも孫に渡す」などをして、客観的に贈与の事実があったことを証明できるようにしておくのが最善です。

注意4:贈与税の申告書提出が必要な非課税制度に注意

贈与税が非課税になるといっても、何もしなくてよい制度ばかりではありません。次の2つの制度を使うなら、贈与税の申告書を受贈者の住所地の税務署に提出しなくてはなりません。

  • 住宅取得等資金の贈与税の非課税措置の適用を受ける
  • 相続時精算課税制度の適用を受けた贈与をした

なお、贈与税の申告書の提出期限は贈与があった年の翌年3月15日(土日祝日と重なるならばその次の平日)です。申告書の提出がないと非課税の適用が受けられないので注意しましょう。

注意5:教育と結婚・子育ては使い残すと課税対象

教育資金も結婚・子育て資金も贈与税の非課税措置の枠がかなり大きいので是非使いたいと誰もが思うものです。ただメリットが大きい分、目的に沿わないと課税対象となります。特に、使い残した残額については次のような注意が必要です。

【教育資金の贈与税の非課税措置】

  • 受贈者が30歳あるいは40歳になるまでに使い切れずに残った受贈金額は贈与税の課税対象になる
  • 領収書等の提出がないままに払い戻した口座のお金は贈与税の課税対象となる
  • 贈与者が亡くなる前3年間に贈与された教育資金の残額は相続税の課税対象になる

【結婚・子育て資金の贈与税の非課税】

  • 受贈者が50歳になるまでに使い切れずに残った受贈金額は贈与税の課税対象になる
  • 領収書等の提出がないままに払い戻した口座のお金は贈与税の課税対象となる
  • 贈与者が亡くなったならば、口座に残っている贈与残額は相続税の課税対象になる

この他、細かい要件があるので、必ず課税になるわけではありません。ただ、「もらったお金を期限までに使い切れるかどうか」は少し意識しておくとよさそうです。

注意6:非課税措置を使わない方がよいことも

教育や結婚・子育ての非課税制度は、税務署とのやりとりを信託銀行がやってくれるため、受贈者側は贈与税の申告をしなくてすみます。だからといって孫世帯のプラスになるとは限りません。非課税措置を使わず暦年課税制度を使った方がありがたがられることもあります。

特に数百万円程度の贈与ならば、非課税制度を使う方が損かもしれません。なぜかというと「少額贈与だと贈与税もそれほど高くないから」そして「非課税制度は孫世帯の負担と手間が大変だから」です。

非課税制度を使うと、教育や結婚・子育てに必要な費用を一度、孫自身や孫の親が自腹を切って払わなくてはなりません。また、支払ったときの領収書を持って平日昼間に信託銀行に行き、精算をしないと贈与を受けられません。

親に祖父母と同程度に経済的な余裕があれば高額の教育費の立替も問題ないかもしれませんが、もとから貯蓄が少なく、平日昼間は共働きで、教育も結婚・子育ての資金が祖父母頼みになっている世帯ならば、非課税制度の活用はかえって重荷になります。さらに、使い切れずに口座に残ったお金は贈与税の課税対象になります。

ここで暦年課税制度の贈与税の税率を一部見ながら例を挙げて考えてみましょう。親や祖父母からの贈与についての贈与税の計算は次のようになっています。

  • 310万円以下の贈与:(贈与額-110万円)×10%
  • 510万円以下の贈与:(贈与額-110万円)×15%-10万円
  • 710万円以下の贈与:(贈与額-110万円)×20%-30万円
  • 1,110万円以下の贈与:(贈与額-110万円)×30%-90万円
  • 1,610万円以下の贈与:(贈与額-110万円)×40%-190万円

たとえば、祖父母が500万円を孫に教育資金として贈与したとしましょう。孫が納めるべき贈与税は約48万円で受け取った金額の約1割となります。税金の分だけ一見損するように感じますが、贈与税を支払っても手元には450万円前後残ります。全額使い切れなくても、もう課税されることはありません。贈与されたお金は親か孫の普通預金口座に入って後、教育や結婚・子育ての費用にあてられます。立替払いの負担も精算の手間もかかりません。

さらに、孫が祖父母の扶養親族になっているなら、教育費は生活費の一部であるため元から贈与税はかかりません。節税だけに着目するのではなく、全体のバランスを見て活用の是非を判断するようにしましょう。

注意7:相続税の節税策が使えなくなる恐れも

収益物件や事業用物件、居住用物件については生前贈与しない方がよいこともあります。なぜかというと、贈与をしてしまうと小規模宅地等の特例を使えないからです。

小規模宅地等の特例とは、自宅や事業用物件、賃貸物件の土地を亡くなった人の親族が相続すると、土地の評価額が50%もしくは80%減額されるという制度です。面積制限があるので相続する土地のすべてが対象になるわけではありません。ただ、この小規模宅地等の特例は相続財産にのみ適用される制度であり、贈与にはこのような特例制度はありません。

また、不動産の贈与時に負担する不動産取得税や登録免許税は、相続よりも高くなっています。諸々のコストを比較した上で相続か贈与かを検討するとよいでしょう。

注意8:相続時精算課税制度は慎重な検討を

非課税枠が2,500万円と一見利点の大きい相続時精算課税制度ですが、活用する人がほとんどいないのが現実です。なぜかというと、次のような欠点があるからです。

  • 既に相続時精算課税制度を選んだ間柄では二度と暦年課税制度を使えない
  • 相続時精算課税制度を一度選んだら110万円以下の贈与でも申告書の提出が必要
  • 期限内に贈与税の申告書を提出しないと税率20%で贈与税がかかる
  • 相続開始時に値上がりしている資産に使わないと節税にならない

何より、相続時精算課税制度そのものには節税効果はありません。相続時精算課税制度を用いて生前贈与をした財産は、財産を与えた側が亡くなると贈与時の価額で相続財産に加算され、相続税の計算対象となるからです。「精算」は「贈与時に納付した贈与税があるならば相続開始時の相続税から差し引いて精算する」ということを意味します。本制度を使って節税になるのは「贈与した財産が相続開始時に値上がりしていたとき」だけです。

また「相続時精算課税制度の対象となる贈与は絶対に忘れてはならない」というのが暦年課税制度と大きく違うところです。本制度の適用を受ける贈与は1円であっても相続財産に加算しなくてはならないからです。もし忘れると税務署から指摘され、後日相続税の申告をやり直すことになります。

「非課税枠2,500万円」という言葉が独り歩きするため「非常にお得」と思われがちな一方、細かい手続きが多々あり、一つでも忘れると痛手が大きい側面があります。活用を検討するなら、事前に専門家に相談しましょう。

非課税というメリットには必ず条件や手間、デメリットが伴います。全体のバランスを見る、受贈者である孫の考えを聞くなどして、ご自身の世帯にはどの節税策が適切かを考えるようにしましょう。