ワクチン接種率の差によるドル高円安のレンジブレークは困難
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ワクチン接種率の差によるドル高円安のレンジブレークは困難

みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト / 上野 泰也
週刊金融財政事情 2021年5月18日号

 4月29日のニューヨーク市場で、ユーロは対円で5日続伸し、一時132.35円をつける場面があった。2018年10月以来のユーロ高円安水準である。

 金融政策の面では、欧州中央銀行(ECB)と日本銀行とで、直近の動きに大きな変化はない。政策金利の面では共にマイナス金利を現行水準で事実上塩漬けにしたまま、動きが取れない。量的緩和の面では、ECBが3月の理事会で資産買い入れを4~6月期にかけて加速することを決めて、米国発の長期金利上昇に対抗する姿勢を見せた。他方、日銀はそうした動きを見せておらず、この面ではむしろユーロ安の要因が提供されているといえなくもない。だが、市場は対ドルも含めて、4月下旬にユーロを買い進めた。

 ユーロ高の背景にあるのは、新型コロナウイルスワクチンで出遅れて苦境に立った欧州委員会が、挽回に動いたことである。フォン・デア・ライエン欧州委員長は4月23日、7月にも欧州連合(EU)内の成人7割にワクチン接種が可能だと述べ、「夏の終わりまで」としていた目標の前倒しを表明。5月8日には18億回分のワクチン追加調達契約を締結した。今後、欧州でワクチン接種が軌道に乗れば、接種の出遅れを材料に対ドルでユーロを売った市場参加者は、遅かれ早かれ買い戻しを迫られる。これに対し、日本のワクチン調達は大きく出遅れたままなので、円は対ユーロで売られやすくなる──という理屈である。

 為替市場は米欧日の長期金利動向(金利差の拡大・縮小)や、米国の株価動向が大きく影響するリスクオン・オフの傾きにも引き続き左右されるので、ワクチン接種率だけが相場の行方を決定付けるわけではない。しかし、接種率が順調に上昇してウイルス感染を制御できる度合いが増した英国のポンドが買われるなど、ワクチンの問題が当面の為替相場に影響していることは注視すべきだろう。

 そうしたなか、米国のワクチン接種率の上昇には、陰りが見え始めている(図表)。当たり前のことだが、接種に積極的な人々の動きが一巡すると、接種に消極的な人々が残される。そうした人々には共和党支持者が多いとみられ、米国民が集団免疫を獲得するまで接種率が順調に上昇するとは、筆者はみていない。地域的な偏りや、しばらくすると抗体が消滅する可能性、変異株への効力も含め、この問題にはまだ紆余曲折があるだろう。

 ドル円相場に関しては、1ドル=100~110円前後のボックス圏という筆者の見方に変わりはない。金融政策や市場金利の面でドルと円は差別化がしにくい。ワクチン接種率の差によるドル高円安方向の大幅なレンジブレークも困難だろう。

きんざいOnline
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(提供:きんざいOnlineより)