目薬だけじゃない~新発想でヒット連発
東京・渋谷の「東急プラザ渋谷」にあるロート製薬の目のリフレッシュに特化した「ロートクオリティエイジングサロン」。20分2970円で、訪れた男性客は「クリアになります。視界が明るくなるので感じ方が全然違う」と言う。
ロート製薬といえば目薬。100年以上目の研究をしてきたノウハウを生かし、リラックスさせる手法を独自に開発。新たなビジネスとして一昨年、オープンした。
ロート製薬の歴史は明治時代にさかのぼる。1899年、山田安民が調剤薬局として大阪に創業。最初の商品は「胃活」という胃腸薬。「パンシロン」の原型だ。
その後、目の伝染病トラホームが流行したのを機に、1909年、目薬の製造販売を開始。当初は棒を使って差していたが、1931年、直接目に差せる画期的な自動点眼器の開発に成功した。「全然変わった新しい発明」とうたった広告で大躍進を遂げ、現在でも目薬では国内シェア、トップを誇る。
1988年にはアメリカのメンソレータム社を買収。以来胃腸薬、目薬、メンソレータムの3本柱を軸に、堅実な経営を続けてきた。
そんな手堅い老舗企業が、4代目の山田邦雄会長(65)に代替わりしてから急成長。売り上げが3倍の1800億円以上になった。山田は社員から親しげに「くにおさん」と呼ばれている。ロートでは社員を肩書きではなく愛称で呼ぶことになっているが、これも山田が進めてきた老舗改革の1つだという。
山田は東大理学部を卒業後、ロートに入社し、1999年、43歳で社長に就任。創業家に生まれながら、従来の3本柱に頼らず新たな分野に進出した。
それが化粧水の「肌ラボ」。製薬メーカーならではの技術を生かし、保水力の高いヒアルロン酸をたっぷり使った。「肌を健康にするための化粧品」とうたって発売すると、大ヒット。化粧水分野で現在まで13年連続、販売数日本一となる。
高級美容液の「オバジ」も。肌本来の力を目覚めさせるというビタミンCを技術の限界ギリギリまで配合することに成功。多くの女性の支持を集めている。
こうしたスキンケア事業は、山田の社長就任時、売り上げの4割ほどだったが、今では6割以上を占めるまでになった。
老舗の改革から生まれた~女性の加齢臭対策商品
山田は2013年、カンブリア宮殿に登場。老舗の改革に取り組む覚悟を、「道を切り開くのは、普通のことをやっていたらダメだっていうのがありました」と語っていた。
その言葉通りのことを成し遂げた。それが女性の加齢臭対策の商品開発だ。
加齢臭は中年男性特有のものというイメージが強いが、気にしている女性は多い。それを受けて開発した商品が「デオコ」。中身は普通のボディーソープのようだが、これで洗うと桃のような甘い香りに包まれるという。
「デオコ」を開発したのはニオイのエキスパートたち。すでに彼女らは、ニオイ対策の別の商品を生み出していた。それが8年前に作った「デ・オウ」という男性の加齢臭をケアする商品だ。あるとき開発者のプロダクトマーケティング部・奥野久仁子は、「デ・オウ」の思いがけない使い方を聞いた。
「『実は夫の「デ・オウ」をこっそり使っているんです』という女性のお声が何件かあって、あ、女性も加齢臭があるのかというのが発見でした」
そこで開発を始めたところ、男性と女性ではニオイの性質が大きく異なることを突き止めた。「女性はニオイがきつくなるというよりは、ニオイが若い頃と変わる」(奥野)のだ。
男性の場合、「2-ノネナール」という成分が、年を取ると増えることで不快なニオイにつながる。一方の女性は「不快なニオイも増えるけれど、それよりもいい香りが減ることで、ニオイが変わるというところが大きな違いです」(奥野)。
女性はもともと桃やココナツのようないい香りの成分を持っていて、それが加齢臭の元となるニオイを抑えていた。ラクトンと呼ばれるこの成分が30代後半から減るため、加齢臭が表に出てくるというわけだ。そこで失われたラクトンを補う商品として、「デオコ」は生み出された。
「ニオイとか、自分のことを後ろめたくというか、気にしながら頑張るのではなく、自分がキラキラ輝いて仕事をしたり、好きなことをできるような女性を応援したいなという思いでスタートしました」(奥野)
ちなみに「デオコ」は「おじさんが女子高生の香りになるらしい」とSNSで話題となり、結構男性も買っているそうだ。
クラフトビール、林業…~社員の副業大歓迎!
奈良県奈良市の中心部にあるクラフトビールの店「ゴールデンラビットビール」。ここでは毎月のように新しい味のビールを出している。コロナ禍でも常連さんをガッチリつかみ、踏ん張っている。ビールはすべてオーナーの市橋健が1人で作っている。
「面白いです。毎度として同じ結果にならないので、いつも違うモノを造っていますから。次はこうやってみよう、次はこうやってみようという挑戦の連続です」
彼は実はロート製薬の現役社員。普段は大阪本社で勤務しているが、仕事を終えた金曜の夜から土日の3日間を、ロートとは関係ないビールという副業にあてている。
「元々お酒が好きだったのと、奈良にクラフトビールがなかったので」(市橋)
行政からの補助金や借入金を工面して2016年に開業。国際的なクラフトビールの審査会で受賞するなど評価も高く、3年目からはしっかり黒字を続けている。
ロートは2016年、ほかの大企業に先駆けて社員の副業を解禁した。それもしぶしぶ認めるのではなく、積極的に推し進めている。
「会社の一員としてやっていると、あまり外の世界の厳しさとかに触れないと思います。外に飛び出すといろいろな意味で厳しいので、行動を起こしチャレンジする中から本当の学びが得られてくると思うし、考えもしっかりしてくれるんじゃないかな、と」(山田)
副業で学んだことがロートの本業に生かされることもあると、山田は考えている。
市橋は以前、工場で勤務していたが、副業のビール造りを始めてから自身の成長を実感しているという。
「醸造学の勉強もそうですが、副業することで、それ以外の経営全般を学ぶ。会計も学ぶし、マーケティングも学ぶし、下手な座学を受けるよりも実践で磨き上げたほうが絶対に強いので。そういう意味では大きな自分の成長にはつながっていると思います」(市橋)
市橋の成長ぶりには、工場勤務時代の上司も、「カッコよくなったと思います。工場の中からそういう人が出るというのは、その当時にはなかなかなかった。外に出たらいろいろな課題があると思うんです。課題に対する精神力というのは大きく成長されたのではないかなと思います」と驚いている。
副業の種類は様々だ。営業マンのリーダー格、首都圏営業部・佐藤巧行は「北海道の十勝のほうで林業の副業をしています」と言う。衰退する林業を救おうと、2018年、北海道の仲間と会社を起こした。1本6000円程度でしか売れない山の木を家具などに加工することで、4,5倍の付加価値をつけて売っている。
「副業してから、ネットワークの広がりが大きくて、全く新しい業界の人とかとコミュニケーションをもって、いろいろなお仕事ができるのは、本業にも副業にもメリットがあるなと思っています」(佐藤)
他にも大学講師や美容ライターなど、副業経験のある社員が81人もいる。
山田は「社員は会社の所有物じゃないんだし、50年間1つの企業で働く必要は全くない。もう、どんどん卒業してもらって」と言う。その真意をスタジオで次のように語った。
「卒業して活躍してもらったら、それは社会の役に立つことになります。たた、会社との関係は辞めたところで終わるわけではないと思う。ビール造りにしても、ロートとつながってくることもある。むしろ社員が卒業していろいろなところへ散らばって、会社の外にネットワークができる、もっと言えばファンクラブみたいなものを作ってもらうと、会社にとってもメリットになると思います」
創業120年起業~老舗がベンチャーを生む
ロート製薬を創業した山田家は、4代にわたる当主がそれぞれ革新的な仕事をしてきた。
創業者の安民は、「パンシロン」の原型となる「胃活」でロートの基礎を築いた。2代目・輝郎は容器のまま差せる目薬を開発。おなじみのテレビCMも世に出す。3代目・安邦はメンソレータム社を買収。さらに医療用だった妊娠検査薬を誰でも使える市販薬にした。
4代目の邦雄はスキンケア事業を伸ばし、売り上げを3倍に成長させたが、革新的な家系に生まれながら、ある種のコンプレックスを感じているという。
「自分で1から起業して大きな会社を作った方の人生を聞くと、『すごいな』と思います。僕らの場合は先祖が作ってくれたものを何とかリレーをする。バトンを受け継いで次にどうやって渡すかと、初めから中継者的な位置付けです。0から1を生むすごさや、逆境をはねのける力は自分にはないという気持ちがあります。だからこそ、何か自分で少しでも生み出したいという気持ちがあるのかもしれません」
そうした思いもあってか、山田は社内に若きベンチャーを育てる取り組みも始めた。
家族で料理をしながら健康になってもらうのが狙いの「親子のオンライン料理教室」。入社7年目の山北夏子がこの春起こした「食育」の事業だ。
ロートでは去年、「明日ニハ」という社内で起業家を育てるプロジェクトが始まった。起業のアイデアを持つ社員を、会社がサポートする取り組みだ。
「大企業に勤めてしまうと、上司とかに許可を取って判断しなければいけないので、自分で決められない人になると思います。一方で経営すると自分で決めなければいけない。すごくいい機会をいただいていると思います。でも、めちゃめちゃ怖いです」(山北)
起業をきっかけに社員に自立心が芽生える。もちろんロートの「新しいビジネスの種」につながれば万々歳、というわけだ。
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
山田さんは、「全社員が会社を持つくらいになると面白い」と笑顔になった。基本に企業としての自信が見える。自社を客観的に眺めている。「うちは小さくはないけど、海外のメガファーマは、何十倍の資金力」。そういったポジションで、最高にパフォーマンスを発揮する組織とはどういうものか。全員が「何のために仕事をしているのか」を考え抜く組織だろう。副業もそのために認めた。副業が目的だったのではない。手段だったのだ。
<出演者略歴>
山田邦雄(やまだ・くにお)1956年、大阪府生まれ。東京大学理学部卒業後、1980年、ロート製薬入社。1992年、専務取締役就任。1999年、社長就任。2009年、会長就任。
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