便利&オシャレに進化~思わず買いたくなる雑貨店
長引く「おうち時間」を豊かにしたいという人たちから注目を集める人気の雑貨店がある。日本各地の工芸メーカーが今の暮らしに合うよう工夫を凝らした品々をえりすぐった中川政七商店だ。
カラフルで現代風な器は福井伝統の「越前硬漆 椀」(3850円)。漆塗りは扱いが難しいと言われるが、これは食洗機でも洗えるように工夫してある。山形の鋳物職人が軍手を2枚重ねで使っているのを見て開発したのは「二重軍手の鍋つかみ」(3850円)だ。 客を引きつける秘密は、和の工芸のたたずまいと、今の暮らしにマッチした使い勝手の良さにあるという。
「陶のフライパン」(2200円)は三重県の万古焼(ばんこやき)メーカーが作ったもので、直火にかけられるので、調理したらそのまま食卓に出せて、洗い物も減らせる。
愛知県の常滑焼(とこなめやき)メーカーが作った塩を入れる「塩壷」(2860円)は、湿気を吸収してくれるため、湿気に弱い塩が固まらず、いつまでもサラサラのままだ。
津軽びいどろの「THE醤油差し」(3300円)は。普通だと最後の1滴がたれてしまいがちだが、吸い込まれるように瓶の中に戻っていく。それを実現させたのが注ぎ口の切れ込み。職人による、絶妙な角度の削り具合で、「最後の一滴がこぼれない」を実現させた。
中川政七商店が生まれたのは奈良。4月にオープンした奈良本店は、ほかの店舗と違って、全国の工芸メーカーと中川政七が一緒に作りあげた商品だけを並べている。どれも暮らしを豊かにするオリジナル商品だ。どの商品にも、便利さだけではない、工芸品としての美しさやこだわりがある。
300年続く老舗の主は会長の13代中川政七。江戸の中期から続く老舗だけに、敷地の一角には歴史が垣間見れる蔵がある。中は資料室になっていて、壁一面に並んだ桐の箱の中には、300年の歴史の証となる資料が年代ごとに保存されているという。
そのひとつ、昭和元年から終戦の年までの箱を見せてもらうと、1928年に東京で開かれた博覧会にまつわる賞状が出てきた。
「天皇皇后両陛下へ、ラミーのワイシャツ地を納めたということに対しての、通知書みたいなものですかね」(中川)
ラミーとは麻を織った生地のこと。もともと中川政七商店は麻布を扱う問屋だった。創業は1716年。江戸幕府8代将軍吉宗の時代に、武士の礼服・裃(かみしも)に使う麻布の最高級品・奈良晒(ならざらし)を扱う問屋として創業した。
しかし、明治以降の急激な西洋化によって奈良晒の需要は激減。経営は厳しくなっていったという。そんな苦境の老舗を変えたのが13代目の中川政七だ。
「中川政七商店という字のごとく、親父の代は中川商店的なことがいっぱいあったんです。仕事じゃないことまで社員の人がやっていたり」(中川)
旧態依然とした個人商店からの脱却を目指した中川は、小売り部門を拡大。2013年には中川政七ブランドで東京に進出し、累計380万枚を売る「花ふきん」などのヒット商品を続々と生み出した。
さらに「日本の工芸を元気にする」というビジョンを掲げ、苦境の工芸メーカーの再生支援にも乗り出す。こうした取り組みで売り上げは右肩上がり。コロナの影響で去年は少し落ち込んだものの、社長就任から規模を3倍以上に拡大させた。
創業300年の老舗の躍進~中川政七商店の新戦略
快進撃を支えてきたのは、老舗にあぐらをかかない「進化」にあるという。
工芸品をメインで扱う中川政七商店で、いま売り上げを伸ばしているのが「地元の味」だ。全国の工芸メーカーを回る中で見つけた地域の食文化。それを生かした商品の開発を2年前から強化している。
「産地に行った時に一番楽しいのは食なんです。その土地その土地の独特な食文化がある。僕らは物品を売るだけではなく、文化も売りたいので、食はその一つの要素として販売しています」(中川)
いま人気なのが器と一緒に楽しむ「産地のカレー」シリーズだ。たとえば瀬戸焼の産地の愛知県なら「瀬戸の手羽先八丁味噌カレー」(432円)。名古屋名物の手羽先に、隠し味に八丁味噌を使った濃厚な味わいだ。一方、佐賀の有田焼の器で楽しんでもらうために作ったのは「有田の煮ごみカレー」(432円)。「煮ごみ」は、鶏肉と根菜を煮込んだ郷土料理。それに、トマトの酸味を利かせてヘルシーなカレーになった。
「東京ではない独特の食べ物が地方におけるごちそうだと思うので、このご当地のカレーとお皿みたいなことを提案しています」(中川)
各地の工芸メーカーの優れた商品を発掘するだけでなく、メーカーとタッグを組んでオリジナル商品を作ることにも力を入れている。開発メンバーのひとり、デザイナーの榎本雄はこれまでに多くのヒット商品を産み出してきた。今、開発しているのはスリッパだ。
「スリッパはその存在が意識されない段階に入っている。そこをもう一度、こういう履き心地があるんだとか、豊さを感じられるような物を作りたいと思います」(榎本)
目指すのは「足裏が喜ぶ、最高に心地良いスリッパ」。そんなスリッパを実現してくれるメーカーはそう多くない。榎本が探し出したのが大阪・和泉市の「堀田カーペット」だ。
同社の「ウィルトン織機」という希少な織り機でつくる品質が高い製品は、一流ホテルなどを顧客にもっている。榎本が目をつけたのは、このメーカーがこだわって作り続けてきた毛足が短く、密度の高いカーペットづくりの技術だという。
「カーペットは毛足が長いものが良い物だと考えているお客様が多いんですが、僕らが思っている良いカーペットっていうのは、密度があるカーペットです」(堀田将矢社長)
この技術にほれ込んだ榎本は、スリッパでその感触を感じてもらいたいと、手を組むことを決めた。4月半ば、中川政七商店の本社で今年の秋に向けた新商品の検討会が開かれた。榎本は「足裏が喜ぶ、最高に心地良いスリッパ」をプレゼン。早速履いてもらうと好評で、この秋、売り出されることが決まった。
伝統の技術を使って、快適な暮らしという新たな価値を生み出す。これが、工芸が生き残る道だと中川は言う。
「アナログにはアナログなりの進化の仕方があって、そこが進化していけば、結果的に暮らしやすい世の中になる気がします」(中川)
産地崩壊の危機を救え~地方工芸メーカーの復活
日本の工芸を元気にするため、中川が東京・品川区で「大日本市」というイベントを開いた。
出品されていたのは、例えば仏具の「お鈴(おりん)」をアレンジした楽器や、重さが20グラムの、透けるように薄い世界一軽いポーチなど。中川の呼びかけで、全国各地の伝統技術を使った新商品が集められた。
「職人は『黙して語らず』みたいなところがありますが、良さが伝わって初めて売り上げにもなるし、価値にもなるので、物を作る努力と同じくらい、伝える努力はしなきゃいけないと思うんです」(中川)
職人のこだわりをもっと小売店のバイヤーに伝えるべき。そうすることで、商品の良さが理解され、お客にも伝えることができると中川は考えている。「大日本市」を訪れていた雑貨店のバイヤーも「実際に職人と話すと楽しいし、商品に愛情も深まります。買ってくれる方に職人の思いを伝えられるのが一番楽しい。」と言っている。
さまざまな取り組みで多くの工芸メーカーを支援してきた中川は、今や業界で一目置かれる存在になっている。
長崎県・波佐見町(はさみちょう)。有田の隣町で焼き物が盛んなこの町にも、中川の支援で倒産の危機から復活した会社がある。
焼き物問屋「マルヒロ」3代目社長の馬場匡平さんは中川について「天と地の差くらい変わりましたね。僕からするとスーパーヒーロー、お師匠さんです」と語る。
中川は馬場さんに、経営を一から教え込み、自立するためのオリジナル商品づくりを二人三脚で進めていった。2010年にはHASAMIブランドのマグカップを世に出し、大ヒット。倒産寸前だった「マルヒロ」は復活を果たした。
しかしその後、中川は厳しい現実を知ることになる。馬場さんから「うちはいいけど、下請けの中にはよそからの仕事が減っているところもあって廃業するかもしれない」という話を聞いたのだ。中川の支援で「マルヒロ」の業績は上向いたが、町全体で見ると焼き物の仕事は減り続けている。特に下請けでは事態は深刻だという。
「廃業せざるを得ない状況の工房がたくさん出てくる。そうなってくると今度は次の担い手もいなくなって、悪循環が出てきてます」(波佐見焼振興会・山下雅樹さん)
波佐見町だけではない。日本の工芸は衰退に歯止めがかからず、生産額は減少、担い手も減り続けているのだ。
「産地の一番星さえ輝けば、工芸は元気になるという理屈でやってきましたが、実際はそれ以上に工芸の衰退のスピードが速い。なるほど、こういうことが起こるのか、これは波佐見だけじゃなく全国で起こるんだろうな、と」(中川)
「産業観光」とは?~絶品ご当地グルメ戦略
そんな現実を知った中川は、これまでとは違うアプローチで工芸の産地を再生する新たな策を打ち出す。
それが「産業観光」。工芸をきっかけに、産地を丸ごと観光資源にして人を呼び込む戦略だ。その取り組みはすでに波佐見町で動き出していた。
音頭を取るのは「マルヒロ」の馬場さん。手始めに町にある古民家を買い取り、ここを若い作家にアトリエとして貸し出すという。
「ものをつくっている友人も多いので、ここを展示スペースにしてもらって、作品を見てもらい、2階でご飯を食べることもできれば……」(馬場さん)
さらに1200坪もの土地を買いあげて公園も建設中だ。真ん中の芝生のスペースでは波佐見焼の元請け・下請けそろってのイベントを開催。さらに、波佐見焼の直売店やカフェを作って地元の食材を楽しんでもらおうと考えている。
「未来の工芸がどうあるべきかというと、作っている人と使う人を近づけることだと思うので、その一つの答えが産業観光だと思います」(中川)
中川は地元・奈良でも手を打っている。この日やって来たのは桜井市で360年以上続く老舗の「今西酒造」。昔ながらの手法で手間暇かけて作るここの酒は、14代目・今西将之さんの代になって評価が一段と高まっている。
この造り酒屋とタッグを組んだ奈良を盛り上げる新戦略が動き出していた。
桜井市の三輪地区には日本最古の神社・大神(おおみわ)神社がある。近くには商売発祥の地の守護神・恵比寿神社が。その他にも日本最古の道や相撲発祥の地など、魅力的な観光スポットが目白押しだ。
だが、宿や食事処が少ないため、観光客の足をとどめることが難しいという。そこで今西さんは大鳥居の脇の土地を購入。ここに小さな酒蔵や販売所を作って観光客を集める計画を進めているのだ。
「ワクワクしてきました。これからどうなるか」(今西さん)
産地を盛り上げる取り組みは始まったばかりだ。
14代目は親族以外で~知られざる決断
3年前、中川は大きな決断を下した。それはトップの交代。10年間務めてきた中川政七商店の社長を退くことを決めたのだ。
「僕はちゃんとした会社になりたいと思っていました。ちゃんとした会社になった結果として、中川じゃない人間が社長になるという状況ができるのではないかと思った」(中川)
中川が14代目として選んだのが、大手印刷会社から転職してきた当時入社8年目の千石あや。中川家とは無関係だという。
「最初の打診されたときは本当に心の底から驚いて、本当に無理ですって」(千石)
彼女を社長に選んだ理由を、中川はスタジオで「バランス感覚が非常に良く、コミュニケーション能力と人望があるから」と答えている。
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
たまプラーザのテラスに入っているというニュースを聞いて、店内の様子がイメージできた。センスが良くて、若干高級な商品が、気持ちよく並んでいる。中川さんに「日本の工芸品が持つ土着性みたいものが薄まらないですか」と聞いた。それはちゃんと考えているそうで、心配なさそうだった。京都の工芸品は洗練の極地だが、清水焼にしろ西陣織にしろ、もともとは土着性があった。「奈良晒」は西陣よりは新しいが、土着と、洗練の、ハイブリッドだ。
<出演者略歴>
中川政七(なかがわ・まさしち)1974年、奈良県生まれ。2000年、京都大学卒業後、富士通入社。2002年、中川政七商店入社。2008年、社長就任。2018年、会長就任。
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