塊ロースに石焼カレー~3278円で130種類の大満足
郊外を中心に怒涛の拡大を見せる「焼肉きんぐ」。その仕組みは焼肉業界に革命を起こした。客は座ったまま、タッチパネルでどんどん注文できる。食べ放題の新しいスタイルだ。
驚かされるのがその品ぞろえ。一番人気の3278円の「きんぐコース」で選べるメニューは130種類以上にのぼる。
しかも、どれも個性的だ。「花咲上ロース」はダイナミックに切った上質なロース。きめが細かく、柔らかい肉質を塊で味わうことができる。イタリア産のプレミアムポーク「ドルチェポルコ」は口どけのいい甘みたっぷりの脂身が特徴だ。おろしポン酢でさっぱりといただくのもお勧めとか。
隠れファンが多いのが19種類のご飯ものや麺類。「とろ~りチーズの石焼キーマカレー」は、熱々の石焼で卵とトロトロのチーズを甘みのあるキーマカレーにあえて味わう一品。もちろんこれらも食べ放題だ。
子ども連れに支持される理由はデザートが多いから。しかも小学生は半額。幼児は無料なのだ。
客席に「よかったら僕が焼きましょうか」と言って登場し、ちょっとお節介に肉の焼き方を教えて回るのは「焼肉ポリス」。店内を巡回し、おいしい食事をサポートしてくれる。焼いてくれた「きんぐカルビ」は1頭から500グラムしかとれない希少なカルビだった。
1時間40分の食べ放題を経て、客が口をそろえて言うのは「楽しかった」。「焼肉きんぐ」は味だけではなく、楽しさを武器に成長してきたのだ。
現在、店舗数では1位の「牛角」を追い268店舗の第2位。だが、驚くべきはその急成長ぶり。この10年で売り上げは実に10倍近くも伸びている。
「焼肉きんぐ」を運営するのは物語コーポレーション。主力の「焼肉きんぐ」以外にも、ラーメンやお好み焼きなど15ブランドを展開、年商は600億円にのぼる。
創業者vs若き社長~激論・改善の店づくり
物語コーポレーションでは会議の前に日課がある。それが「明言のすすめ」。出席者全員で「大きな声で皆に聞こえるように皆に分かりやすく具体的に伝えることです」「『明言』するから議論が生まれるのです」と、唱和する。思ったことははっきり明言する。それは最も重要なルールだ。
この日の会議の議題は「焼肉きんぐ」のある店舗へ客を誘導するための案内看板について。近隣のライバル店に客が流れないよう、交差点にどんな看板を設置するべきか。思わず立ち上がって議論する男たち。野立て看板一つにいきなりヒートアップする。どんな細かいテーマでも議論を尽くし改善を続けるのが物語コーポレーション流なのだ。
「今日の会議は短いほうで良かったです。お昼が食べられる(笑)。とことんやろうと、いつも時間を制限しないでやります」(芝宮良之)
もっとも細かく改善活動にいそしんでいるのが、2020年9月、若くして社長に就任した加藤央之(35歳)だ。
この日の加藤はある店舗に入るなり、タッチパネルを食い入るように見つめ、写真に注文をつけた。細かい改善こそが生き残るために最も重要だと考えているのだ。
そしてもう一つ重要だと言うのが、加藤の趣味にもなっているさまざまな外食店巡り。この日は定期的にチェックしている「スシロー」で昼食。すると、新たな気づきがあったという。
「セルフレジで自分で会計するシステムなのに、あれだけシニア客がいるのはすごいと思います。『ちょっと面倒くさい』と思っても『それでも食べたい』という、『スシロー』さんを見ているとその重要性が分かります」
勉強熱心な加藤にとって、ライバルともいえる存在が物語コーポレーション創業者の小林佳雄(72歳)だ。
2人は連れ立って店舗の視察へ。運営している東京・港区の焼肉店「肉源」赤坂店はコロナ禍で客が減っているという。「肉源」はワインの品ぞろえを充実させた洋風の焼肉店。どう立て直すべきか、即席で会議が始まった。
ロゴを変えたくない小林と、反論する加藤。結局、創業者が否定した案を加藤が押し通した。それが若くしてトップを任されたゆえんだ。
加藤を社長に選んだ理由を小林に尋ねると、「一番挑んでくるから」と笑った。
チェーン店なのに個性丸出し~「店長はプレジデント」の秘密
「焼肉きんぐ」には、全国チェーンとは思えない仕組みがある。
香川県高松市の高松屋島店。もちろん食べ放題だが、店独自のサービスがあった。野菜スープを注文した客に「焼いたお肉をスープに入れて」と、カルビも持ってきてメニューにないアレンジレシピを薦めていた。店独自のサービスは厨房でも。食べ放題コースのデザートの食材を使った盛大なバースデーサプライズだ。
「焼肉きんぐ」では、店ごとに独自のサービスが自由にできるという。
「マニュアルがないので、『こうやったらお客さんが喜んでくれるのではないか』と、楽しみながらやっています」(大庭 拓也店長)
愛知県豊橋市の花田店でも、店独自の取り組みを仕掛けていた。それが「食べ残し“0”チャレンジ」。食べ残し・飲み残しがなかった客には、ドリンク無料券をサービスするという。店員が集まっての検証会議では、客が注文する肉の量や席の回転数など、さまざまなデータを検証していた。
「プレジデントとして扱っていただいて、店ごとに、売り上げの施策ややりたいことをやらせてもらえるので、やりがいはバッチリあります」(戸澤祐太店長)
物語コーポレーションでは店長を「プレジデント」と呼び、大きな権限を与えている。愛知県豊橋市にある本社の壁に飾られているのは、全国の店舗を任される店長たちの写真。それは「自分で決めていい」と店を任されている証だった。
そこには、「I shall make a decision」の文字も。「意思決定は私自身が行います」――小林が最もこだわる言葉だ。
「みんな『私は自分の意思で絶対に意思決定をします』と宣言してくれている。自分はそれで失敗してきたから」(小林)
2010年に取材した物語コーポレーションの会社説明会。志望する業種も定まらない中、なんとなく参加した学生も多かったが、彼らがなぜか、小林の話を聞くと考えを一変させる。2時間に及ぶ熱弁を聞いた学生たちからは「来て良かった」「受けようと思う」という声が続出した。 小林が学生たちに話すのは、会社の説明でなく、自らの就活の物語だった。慶應大学の学生だった小林は、親を喜ばせようと有名企業を手当たり次第に受けたが、結果は全落ち。結局、母の勧めで母が営む和食店に入り、30歳で社長を任されたが、うまくいかなかった。
小林は自分の問題点に気付く。それは、自分で意思決定してこなかったということ。小林が学生たちに訴えたのは、自分の人生は、自分の意思決定でしか前へ進まないというメッセージだった。
自分で意思決定できるリーダーを育てたい、そんな小林の思いが、壁一面に掲げられたプレジデントの写真に込められているのだ。
取材から11年、その後を調査~あの店員が大出世
11年前、カンブリア宮殿では物語コーポレーションのお好み焼きチェーン「お好み焼本舗」で働く女性を取材した。当時26歳の蓼沼広実。若い社員の奮闘ぶりとして取材したのだが、その蓼沼はこの7月から、念願だった人財開発部へ配属、新人教育や採用活動に関わるという。蓼沼の学生時代の夢は教師になること。新たな仕事に期待が膨らんでいた。
「本当に自分がやりたかったこと。学校の先生ではないですが、この会社の中でできている感じはする。やっていて良かったと思います」
やはり11年前に取材し、「丸源ラーメン」で汗をかいていた当時28歳の宮井崇行も出世を遂げていた。
長崎県諫早市でオープンを控えていた「焼肉きんぐ」諫早貝津町店。店のスタッフたちを前に店長から紹介されたのが宮井だった。宮井は2020年、西日本の全店舗を任される焼肉事業部西日本ブロック長に就任した。プレジデントとしての店長時代の経験が自分を育ててくれたという。
「プレジデントになったことから、自分の価値観や判断基準が変わった自覚があります。とても大きな経験で、いろいろなものが背負えて、背負えたことで得たものが大きかった。何より挑戦する環境を与えてくれたことに感謝しています」
離職率が高い外食業界で、確実に成長する物語コーポレーションの社員たち。その中で、最大の成長を遂げたのが社長の加藤だろう。22歳で入社。物おじしない性格で頭角を表し、去年9月、コロナ禍の真っただ中に創業者の小林から社長のバトンを渡された。
この日、加藤が臨んだのはリモートによる就職説明会。そこで熱弁を振るった内容は自分の就職活動の物語だった。そして、「なりたい自分に向けて、本物の意思決定を自分がしないと、絶対後悔するよ」と、メッセージを送る。
創業者が紡いだ物語は、若き後継者に確実に受け継がれていた。
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
小林さんが「うちには3万人の従業員がいる」と言うと、すかさず加藤さんが「2万人です」と訂正した。小林さんは「違うだろう、3万だろ」と2度抵抗したがダメだった。普通、72歳の創業者が大事な数字を間違うと、35歳の社長はこっそりと耳打ちするか、メモを渡すかする。だが、この会社はごく当然のこととして、目の前で、平気で訂正する。日本企業では極めて異質だ。常に謙虚でいたいと思うが、遠慮はしない、加藤さんの言葉だ。素晴らしい。
<出演者略歴>
小林佳雄(こばやし・よしお)1949年愛知県生まれ。1973年、慶應大学を卒業するが就職試験に全敗。1975年、母が営む「株式会社げんじ」入社。1997年、物語コーポレーションに社名変更。
加藤央之(かとう・ひさゆき)1986年、愛知県生まれ。2009年、神奈川大学卒業後、物語コーポレーション入社。お好み焼事業部事業部長などを経て、2020年、社長就任。
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