この記事は2022年1月6日に「テレ東プラス」で公開された「驚きのアイデアで客を掴む外食!反転攻勢スペシャル:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。
目次
1. 挽きたて&焼きたて:究極のハンバーグ専門店
東京・渋谷の裏通りにある注目の店「挽肉と米」。店が見当たらず、営業中という看板を頼りに薄暗い階段を上っていくと、入店待ちの大行列ができていた。席はキッチンを囲んだ楕円形のカウンターしかない。
最大の売りは、丸々としたハンバーグを客の目の前で焼き上げていくスタイル。客は究極の焼きたてを食べられる。メニューはハンバーグとご飯、味噌汁のセット(1,500円)1種類。ハンバーグは1人3つまで食べられ、卵がついていてハンバーグにからめて食べる。
ハンバーグは選りすぐりの国産牛を毎朝、店内で挽肉にする挽きたて。新鮮そのもののパテを炭火で丁寧に焼き上げる。最初は高温で。そのあと、低温の炭火の遠赤外線で絶妙の焼き加減に仕上げていく。ご飯も炊きたてで、おかわり自由だ。
「挽肉と米」は現在、渋谷と吉祥寺の2店舗で営業。開業は2020年6月、コロナ禍の真っ只中だった。そんな逆境の中、右肩上がりに客を増やし続けたのが俺カンパニー社長・山本昇平(40)。外食一筋17年の山本は、店に立ち続けることにこだわりがあるという。
「お客さまに対してちゃんとできているか、みんながどういう雰囲気で仕事をしているか、気になります。そこがちゃんとできていないと、今はよくても、これからずっといい状態が続くかどうか、わからないですから」(山本)
山本はハンバーグに執念を燃やしてきたことで、外食業界では知られている。山本がつくり上げた「山本のハンバーグ」は、都内を中心に15店舗を構える人気店だ。
人気の定番メニューは「山本のハンバーグ」(1,860円)。黒毛和牛を贅沢に使ったパテと、ゴルゴンゾーラチーズなどチーズをたっぷり入れ込んだまろやかな味わいの逸品だ。
「山本のハンバーグ」の名物が、食前に提供される月替わりの「ひとくち自家製野菜ジュース」。ハンバーグを健康的に味わってもらいたいという山本流のサービスだ。
この日は、スタッフと長野・小布施町にあるりんご農園の収穫の手伝いに。そのりんごは山本の店の野菜ジュースに使ってきたものだ。見た目よりもおいしさにこだわって作るスタイルに山本は共感してきたという。
「お店で並んでいると赤い方がおいしそうに見える。でも、あれは葉を落としてりんごの実に日を当てて赤くするんです。実際は葉が光合成して実を育てる。葉がいっぱい付いていたほうが実はおいしくなるんです。見た目のために葉を落とすのですが、ここは一切そういうことをしていない。だからおいしいんです」(山本)
毎年、生産者の思いを共有するために収穫を手伝いに来ているという。
コロナの真っ只中に開業 ~採算度外視のイベントも
大手外食とは一線を画する丁寧な店作りで支持を広げてきた山本が、コロナの感染拡大が始まる直前に準備していたのが「挽肉と米」だった。
斬新な店作りの裏には2人の仲間の存在があった。海外にも展開するラーメンチェーン「一風堂」の「力の源ホールディングス」元社長・清宮としゆきと、数々の広告賞を受賞してきたクリエイティブディレクターで「POOL」代表の小西利行だ。
「究極の引き算の業態。1品しかなくて値段も1種類しかない『潔さ』が今となっては面白かった。だいたい外食業界は足し算、掛け算をしたがるのですが」(清宮)
「最初に話を聞いた時、山本さんの目がキラキラしすぎていて、すごくワクワクした感じでいうので、『いいね』といっていったん冷静になって全部を構築し始めました」(小西) 3人で株式会社「挽肉と米」を設立。「究極の作りたてを出したい」という思いを実現すべく、店舗開発が始まった。
店舗で女性客が見ていたのは調味料の説明書。ハンバーグをさまざまな味わいで楽しめるように、「挽肉と米」では「青唐辛子のオイル漬け」や「鬼おろし&自家製ポン酢」など9種類の「お肉のお供」を用意している。山本はこうした調味料1つにもさまざまな工夫を凝らし、客を楽しませる努力を続けてきた。
「『こんな味、面白いね』とか『こんなことしたら楽しいね』という新しい発見も、お客さまの楽しさになったらいいかなと」(山本)
山本が客のためにあるイベントを準備していた。訪ねたのは埼玉県八潮市の食肉卸「エスフーズ」の巨大冷蔵施設。目当ては熟成させた神戸牛だ。「挽肉と米」向けに熟成神戸牛のハンバーグを作るという。
「採算度外視のメニューです。僕らも楽しんで、お客さまも楽しんでもらえたらいい、という思いです」(山本)
神戸牛の美味しい部位を挽肉にする。通常ならあり得ないアイデアだ。
「ハンバーグは普通、安価にするためにネックのような部位を使います。高い部位を使うことはないのでびっくり。僕も食べに行きたいです」(「エスフーズ」糸岡通さん)
11月29日、1日限定の神戸牛ハンバーグのイベントが開かれた。店内は普段にも増して大盛況。店でしか味わえない感動で喜ばせたい。山本の思いは客に届いていたようだ。
「山本のハンバーグ」のファンは口をそろえて「アットホームな店」とか「ほっとする味」だという。大手にはないアットホームな店やメニュー作りが常連客をしっかりつかんでいる。そのポリシーは自分の目が届く範囲でしか出店しないことだという。
1981年、香川県生まれの山本。小さいころ、最も楽しみにしたメニューが母親の作るハンバーグだった。大学を卒業後、ラーメン店などを展開する外食企業「ムジャキフーズ」に入社。1年の修行を経て自分の店を出す計画を練り始めた。
そんなある日、ふと「大人になるとハンバーグをご馳走だと思わない。子どものころのようにワクワクしない」と思った。そして、大手とは違うアットホームでワクワクするようなハンバーグ店を作ってみようと考えつく。
「大人にとってもご馳走ととらえていただけるようなハンバーグを出していきたいという思いがありました」(山本)
2. ロイヤルホストも参戦 ~熾烈なチキンバーガー戦争
コロナ禍の外食業界で今、熾烈なチキンバーガー戦争が繰り広げられている。
東京・渋谷区の「DooWop(ドゥワップ)代官山店」。アメリカンな雰囲気の店内では客がハンバーガーにかぶりついていた。セルフレジで注文するのはさまざまな味のチキンバーガーだ。特徴は、スパイスに一晩漬け込んだ大判のもも肉を、バラエティ豊かなソースで味わうこと。たとえば油淋鶏ソースにマヨネーズを合わせたのは「チャイニーズチック」(360円)。ジューシーなチキンと絶妙にあう味が6種類もそろっている。
この店をプロデュースしているのは焼肉「牛角」の創業者・西山知義だ。
一方、居酒屋大手「ワタミ」が展開するのは「bb.qオリーブチキンカフェ」。最大の特徴は、スペイン産のオリーブオイルを配合した油で鶏のささみを揚げていること。濃厚なゴルゴンゾーラ入りのチーズソースたっぷりの「ゴルゴンゾーラチキンバーガー」は490円。オリーブオイルの軽い食感がリピーターを呼んでいる。
そんなチキンバーガー戦争をあの外食レジェンドが偵察にやって来た。「すかいらーく」創業者の横川竟(84)だ。2008年にCEOを退任。そのあと、76歳でゼロから会社を立ち上げ、郊外型カフェ「高倉町珈琲」を創業した。レジェンドながら、今も外食の現場で勝負の真っ只中にいる。
横川が視察に訪れたのは、ファミレスの老舗「ロイヤルホスト」が運営する「ラッキーロッキーチキン吉祥寺店」。ここのチキンバーガーの特徴は、ふんわり焼き上げた特製のバンズと12種類のスパイスを入れたバターミルクにつけこみカリカリに揚げたチキンだ。
「非常にいいパンを使っています。チキンも厚みがあって、衣もいい。キャベツの切り方が細すぎるのは気になりますが、ボリュームはすごくある」(横川)
横川には好評のようだ。
4店舗目となる渋谷区・代々木八幡店のオープンに、ロイヤルホールディングス社長・黒須康宏がやって来た。黒須は、グループとしてコロナ禍でも売り上げが落ちにくいファストフードが欲しかったのだという。
「テイクアウト・デリバリーに強くて、少しイートインがあって、総合的に楽しんでいただける業態を必要としていた。この『ラッキーロッキーチキン』を育てていきたいと思っています」(黒須)
絶品&快適のロイヤルホスト ~コロナで大改革の舞台裏
黒須はロイヤルホストのグループですでに40年。学生時代のアルバイトからという現場のたたき上げだ。2016年、ホールディングスの社長となった4年目をコロナが襲う。緊急事態宣言の大打撃で赤字に転落。約90店の閉店と希望退職の募集に追い込まれた。
黒須が今、徹底的な改革を行うのがグループの屋台骨「ロイヤルホスト」だ。
最近、にぎわいが増えたという神奈川・鎌倉の鎌倉山店では、椅子の背もたれを30cm以上高くして個室感を演出。2人がけの机の幅を10cmも広くし、さらに机の数も減らし、ゆったりと間隔を広げた。実はコロナ対策を逆手にとった「居心地改革」だ。
「感染予防策が食事を台無しにしたら本末転倒です。感染防止をしっかりしながら食事の価値をどう上げていくか。そこに我々が注力するポイントがあると思います」(黒須)
改革は厨房にも。さまざまな最新機器を導入し、効率化できる部分は徹底的にロボット化を進め、シェフが調理に専念できる体制を作り上げた。
今、「ロイヤルホスト」がこだわる店内調理のシェフたちが腕をふるうのは、「ロイヤルホスト」のおなじみの味を食べやすい大きさで一堂に集めた「洋食小皿」(2,728円/店舗によって異なる)。外食の楽しさを改めて伝えたい、という思いが詰まった逸品だ。
攻める「ロイヤルホスト」の舞台はデパ地下にも。「小田急百貨店」新宿店で客を集めるのは、お店の味が手軽に楽しめるフローズンミール「ロイヤルデリ」だ。
「黒毛和牛と黒豚のハンバーグてりやきソース」(980円)や「和牛のラグーボロネーゼ~パッパルデッレ~」(880円)など、店の味を再現した商品から、旅行気分を味わえる世界の珍しい料理まで、50種類以上の味わいが楽しめる。
ロイヤルが誇る福岡市のセントラルキッチンを覗くと、大釜で煮詰めていたのは7種類のハーブだった。じっくりと煮出した特製の香味オイルから作るのは、爽やかな辛さがやみつきになる「ロイヤルデリ」の「マハラジャチキンカレー」(530円)だ。
「焼いて、砕いて、それをさらに煮込んで一日では作れない」(商品開発課長・倉持敏一)という、手間暇かけて作られるまろやかで香ばしいオマールエビのソースは、「ロイヤルデリ」の「シーフードドリア」(680円)に使われる。
「ロイヤルデリ」は、コロナでの中食需要の高まりをつかみ、この1年で3倍以上に売上を伸ばしている。
「まだまだ外食そのものは楽観視していないし、危機感をしっかりもって、中食や内食に対するアプローチを積極的にやっていきたいと思います」(黒須)
3. 郊外カフェが急拡大 ~仁義なき戦いの裏側
群馬・高崎市で横川の「高倉町珈琲」が初出店を控えていた。
「うちの店の中でも傑作。一度は入ってみたくなる」と満足げに語り、早速、店内へ。この店はコロナで離れた客を取り戻すため、若い客を意識し、これまでの店とまったく違う新たな内装を試した。
窓側には他では見ないような豪勢なソファ。ところが横川は「背の高い人はもたれると鬱陶しくなる、ここが心配」という。さらに横川は店内に色味が少ないことが気になった。客にいかに喜んでもらうか。横川のシビアな指摘が続いた。
12月7日にオープンを迎えた高崎店。横川が気にしていた「色気のなさ」は赤い鉢植えを置いて改善。ソファ席でくつろぐ客の背中には新たにガラスの仕切りが。多くの客が看板メニューの「リコッタパンケーキ」を楽しんでいた。
そんな横川の「高倉町珈琲」を熾烈な競争が襲っていた。
「日本はファミレス含めて1,500店が閉店予定なんです。閉店したうちの2、3割は焼肉とカフェになると思います。現に近くにライバルが出店してきました」(横川)
「高倉町珈琲」の目と鼻の先にオープンしたのは「むさしの森珈琲」。「高倉町珈琲」同様、くつろげる空間をウリにした郊外型カフェなのだが、この店でもリコッタチーズのパンケーキが人気メニューだという。
そして「むさしの森珈琲」を急ピッチで増やしているのが、横川が去ったあとの「すかいらーく」だ。ファミレスの「ジョナサン」などの店舗を「むさしの森珈琲」へ次々に業態転換。「すかいらーく」は今、稼げる郊外型カフェ戦略を強力に推し進めているのだ。
レジェンドが絶賛する店 ~なぜ四角バーガーなのか
外食レジェンドの横川が今、最も注目している店が渋谷区・代々木駅前にある「JB' s TOKYO」。おいしそうなパテをのせたのは四角い食パンだ。
選りすぐりの挽肉を手ごねでパテにし、薄くジューシーに代表の佐藤卓が自ら焼き上げていく。こだわるのは素朴な手作りだ。
「作り置きは意地でもしない。ポテトも含めて絶対に一食ごとに作ります」(佐藤)
ピクルスからマヨネーズまで自家製にこだわるが、価格は390円からとお買い得だ。
「1,500~2,000円のグルメバーバーガーの味をチェーン店に近い価格でお出しする。お店は小さいですが、すごく画期的なことだと自信をもっています」(佐藤)
四角い食パンこそが、そのお値打ち感を生み出しているという。わずか3坪という厨房を見せてもらうと、パン作りを小麦粉からすべてここで行っていた。
「狭い中で機材を詰め込んでいて、パンを焼くオーブンとしては1番小さいサイズです。(丸いバンズと違って)食パンは直方体の型に入れて焼くので、効率を上げるために選択しました」(佐藤)
コロナ禍を通し、さまざまな工夫に取り組んだおかげで、お値打ちでおいしいバーガーが提供できるようになったという。
「コロナで『飲食店は仕事をするな』といわれるという、想像もしないような経験があったので、商売としての効率性を考えるいい機会にはなったんです」(佐藤)
4. 大行列ができる絶品卵の店 ~あの居酒屋が驚きの一手
横浜郊外のショッピングモール「モザイクモール港北」に、ひときわ目立つ行列ができていた。鳥と卵の専門店「鳥玉」だ。
人気は甘いだしが絶品の「平飼い新鮮卵の親子丼」(759円)。濃厚な卵がご飯に絡みつく。そしてサクサクに揚げたジューシーなチキンに大きな卵がゴロッと入った自家製タルタルソースの「黄金タルタルチキン南蛮」(979円)も看板メニューだ。
おいしさの秘密はこだわりの卵にある。神奈川・相模原の生産農家「井上養鶏場」を訪ねると、風通しのいいきれいな鶏舎で、鳥が元気に動き回れる平飼いで極力ストレスをかけないように育てていた。「鳥玉」はここから朝どれの新鮮卵を直送してもらっている。
「健康なニワトリでないといい卵もできない。卵黄も卵白もしっかりしていて味もしっかりしています」(井上茂樹)
「鳥玉」は沖縄の人気ブランドを東京にもって来た店なのだが、運営しているのは「串カツ田中」だ。「串カツ田中」を急拡大させた貫啓二社長は「今度は非アルコール業態で、大きなマーケットに挑戦したいという気持ちでやっています」という。
コロナ禍による居酒屋業態の苦境で赤字に転落した「串カツ田中」は、新たな活路を昼間のショッピングモールに求めたのだ。
その貫が「これを撮ってもらえると嬉しい」と言うのは、家飲み用に開発したという「おうちで串カツ卓上フライヤー」だった。絶体絶命の苦境にも一切ひるまず、攻め続けていた。
「協力金が終わって、変異株が来て、外国人が入国できない。たぶん本当の勝負はこれから。私だけでなく外食業界全体が、ここからが大変だと覚悟を決めて挑んでいると思います」(貫)
5. ~ 村上龍の編集後記 ~
コロナは外食産業をなぎ倒した。例外はケンタッキーとかマクドナルドとか、持ち帰りができるところで、あとは恐竜全盛時に地球を襲った隕石のごとく、大規模な店、チェーン店を根こそぎ破壊した。せっかくのメニュー開発も、店内の改装も、サービスの改善もほとんど役に立たなかった。ただ、その中で、生き延びた小さな哺乳類のような店がある。メニューは少ない、もしくは1つだけ、店は大きくなく、数も少ない。だが、彼らは可能性を秘めている。とりあえず「生き延びた」のだ。
<出演者略歴>
横川 竟(よこかわ きわむ) :1937年、長野県生まれ。1964年、兄弟でことぶき食品設立。1970年、すかいらーく国立店開業。2006年、すかいらーくCEO就任。2008年、同解任。2014年、高倉町珈琲開業。
黒須 康宏(くろす やすひろ) :1958年、静岡県生まれ。名城大学商学部在学中からアルバイトとしてロイヤルホストで働き、卒業後に入社。2016年、ロイヤルホールディングス代表取締役社長兼COO就任。
山本 昇平(やまもと しょうへい) :1981年、香川県生まれ。東京電機大学卒業後、ムジャキフーズ入社。1年後、「俺のハンバーグ山本」(現「山本のハンバーグ」)を開店。2020年、「挽肉と米」開業。