おひとり様大歓迎~女性に人気のファストフード店
スープの専門店「スープストックトーキョー」は、「女性一人でも入りやすい」と人気のちょっとオシャレなチェーン店。最近はコロナによる「おひとり様需要」でさらに人気を増していると言う。
基本スタイルはご飯とスープのセットメニュー。スープが1種類の「レギュラーカップセット」は814円。好きなスープをミニカップで二つ選べる「スープストックセット」は1012円。サイドメニューだったスープをメインに据えたファストフード店だ。
夏の人気商品ベストスリーは、第3位が冷製の「ヴィシソワーズ」。ジャガイモを丁寧にこした逸品。当初は夏季限定だったが、その人気から通年メニューに昇格した。第2位は牛肉や野菜がゴロゴロ入った具だくさんな「東京ボルシチ」。本場ロシアとは違い、ビーツや赤カブを使わず、あめ色になるまで炒めた玉ネギがベース。隠し味に醤油を入れ、日本人好みの味に仕上げた。そして第1位が看板メニューの「オマール海老のビスク」だ。
「スープストックトーキョー」は都内を中心に全国65店舗を展開。年間832万杯ものスープを販売している。店舗を訪れる客の8割は女性だ。
女性を虜にする秘密、その1は「高級レストラン並みの食材」。
例えば一番人気の「オマール海老のビスク」の味の命は食材のオマール海老にある。産地は「赤毛のアン」の舞台として知られるカナダ東海岸のプリンスエドワード島。オマール海老の水揚げ量は世界でも有数で、昔ながらのカゴ漁で巨大な海老を揚げる。
オマール海老は日本では1尾3000円、大きなものは1万円を超える高級食材だが、「スープストック」はこの海老にこだわってスープを作り続けている。
カナダで揚がったオマール海老はまず静岡県に運ばれる。ここに「スープストック」のベースを作る協力工場のひとつ、キスコフーズ清水工場がある。カナダから届いたダンボールの中には冷凍されたオマール海老の頭が入っていた。「みそがたくさん詰まっているのでうま味が出る」と言う。
細かく砕いたオマール海老に、ニンジンや玉ネギといった野菜を加え、じっくり煮込んでうま味を引き出していく。そこに隠し味として加えるのが高級ブランデー「VSOP」を惜しげもなく投入する。ファストフードのスープにこれだけの食材をぜいたくに使うのだ。
製造を委託されたキスコフーズの長澤宣裕さんもそのやり方に驚きを隠せない。
「素材に対するこだわりが一番大きい。保存料などに頼らず、手間暇をかけて作る部分に感心しています」
工場で作られたベースは冷凍されて各店舗に運ばれる。あとは温め、生クリームなどで味を整えるだけ。店内のオペレーションをできるだけ簡略化し、客の注文からわずか1分で提供している。
女性を虜にする秘密、その2は「いつ来ても飽きさせない」。
「スープストック」のメニューは8種類。ただし1週間おきに変わり、翌週には別のメニューになる。さらに月におよそ1回のペースで新作まで登場。こうして作ってきたスープは300種類以上にのぼる。
新しい味を生み出している東京・中目黒のスマイルズ本社の中のテストキッチン。この日はバイヤーの松尾琴美が、北海道から旬を迎えたホワイトアスパラを取り寄せていた。
「高級レストランに卸すぐらいのキロ3500~4000円する超高級食材です」(松尾)
実は色や形がふぞろいな規格外の商品なのだが、味はまったく変わらない。スープにするので味さえよければ問題なし。こうした食材でリーズナブルな価格を実現している。
「アスパラだけだと味に厚みが出ない。利尻昆布は香りにクセが少ないので、それでだしをとってスープを完成させるイメージです」(商品部・須山裕之)
用意していたのは利尻昆布やシイタケといった和風だしのもと。これでうま味を作り、さらにピンクペッパーを加えた。「スープストック」ではだしも必ず天然食材のものを使う。これも女性に支持されている理由の一つだ。
別の鍋では、細かく刻んだホワイトアスパラにジャガイモも合わせて炒めていく。そこへ先ほどとっただしを加えてひと煮立ち。仕上げはハンドミキサーで。きめ細やかで風味の豊かなアスパラスープが完成した。
このように新しい食材で新しい味を生み出し、客を飽きさせないようにしているのだ。
はじまりは13ページの企画書~スープ専門店が生まれるまで
「スープストックトーキョー」を展開するスマイルズ社長・遠山正道(59)は、「基本的にあまのじゃく。私はコーンスープが好きなのに、ただのコーンスープいまだに作ってないんです。あまりにもメジャーだとできない」と言う。
「スープストックトーキョー」自体もかなりあまのじゃくなストーリーで誕生した。
遠山は大学卒業後、三菱商事に入社。スープ専門店のアイデアは35歳の時に考えた。
「ファストフードは『早い』という意味なのに、『安かろう、悪かろう』の代名詞になっていた。私は20円安くなるより、200円高くてもいいからちゃんとしたおいしいものを食べたいと思った。(世間に)あらがっているという感じはあります」(遠山)
そこで遠山は新しいファストフード店の企画書を会社に提案する。13ページ、びっしりと文字で埋まった大作。3カ月がかりで書いたという中身は「アークヒルズ店の昼時は凄まじい。11時半から13時半まで、ほとんど列は切れない。皆、買って外の噴水などに座って食べている……」などと、企画が実現した未来に何が起きているかを描写していた。
「店がどんな名前で、メニュー、値段、スタッフはどんな格好をしているか……全部決まっていないと1枚の絵は描けない。シーンの連続なんです」(遠山)
その中には「JALの機内サービスのスープとして開発したブランドが、スープストック・オン・ザ・シップ。搭乗後すぐに『コーヒーかスープ、いかがですか?』と言う例のやつだ」という一文もあった。
この企画書で三菱商事の経営陣にプレゼンすると、「面白い」と評価され、出店が実現。企画書通り繁盛させて店舗を増やし、2008年にはJALの機内食にも採用された。まさに企画書の内容を作り上げていったのだ。
2008年には三菱商事から独立。今や年商93億円のチェーンに成長した。
赤字店続出で危機に~救世主はカレーだった
東京・武蔵野市の「アトレ吉祥寺」。「スープストック」の商品はデパ地下でも売られている。店名は「家で食べるスープストックトーキョー」。パッキングされた家庭用の冷凍スープが並んでいる。
作り方は5分間、湯煎するだけ。それで店と同じ味が楽しめるとあって「我が家でも」と買っていくファンが後を絶たない。オンラインショップでも販売しており、巣ごもり需要もあって売り上げの4割にまで成長。今や事業の柱となっている。
さらに店舗には多くの女性ファンを持つメニューがカレーライス。週替わりの8種類のメニューには必ずカレーもラインナップ。カレーは売り上げの2割を支えている。
そのカレーが「スープストック」最大のピンチを救っていた。
1999年、東京・お台場にオープンした大型商業施設「ヴィーナスフォート」。同時にその一角で「スープストックトーキョー」の1号店がオープンすると、大盛況となった。
「本当にすごかった。『スープストック』というより、『ヴィーナスフォート』がすごかったのですが、朝から晩まで15メートルほどの行列でした」(遠山)
順風満帆な滑り出しかと思われたが、その後、最大の危機が訪れる。創業から6年目の2004年7月。東京は39.5度を観測するなど記録的猛暑に見舞われた。熱いスープは敬遠され、チェーン店のほとんどが赤字に転落した。
実はヴィーナスフォート店には、夏休みは全国から客が押し寄せ、エアコンも効いていたため、売り上げが落ちず、対策を怠っていたのだ。
「初めてお金で恐怖を感じました。底なし沼のように延々と赤字が続いたらどうなるのかという恐怖感を感じましたね」(遠山)
どこかに突破口はないか。わらにもすがる思いでデータを見直すと、1軒だけ売り上げを伸ばしている店舗があった。当時からスープと同じカップで出すカレーはあったのだが、その店舗では、それをご飯にかけて、本社に内緒でカレーライスとして販売していた。
遠山はカレーライスをメニューに加えるかどうか、社内会議にかけた。意見は賛成派と反対派で真っ二つに。遠山自身、「どちらかというとカレー皿派ではなかった。あくまでスープ屋さんであることが大事な要素だった」という考えだったが、「成功した現場の声に従おう」と、決断する。
その年の8月、カレーライスがメニューに加わると、これが当たった。この出来事が遠山の転機となった。
「私は売り上げよりも、お客様とのコミュニケーション、共感ということを言っていたのですが、教育管理や売り上げ至上主義など、できていなかったことがそこで全部露呈した」(遠山)
以後は売り上げの数字も重視。また、夏のカレー戦略にも磨きをかけている。
テストキッチンではこれまでにないカレーの開発が進められていた。中心となるのは元スマイルズの社員で今はフードプランナーとなった桑折敦子さん。夏用にとっておきのアイデアを試すと言う。
それが冷たいカレー。カレーには動物性の脂が入っているので、普通は冷やすと脂が固まる。そこで肉を使わず、脂から食材まで全て植物性にしてみたのだ。
「動物性のうま味は強いので、ココナッツミルクやカシューナッツなど、植物性だけどコクがあるものを代用するという感じです」(桑折さん)
コクがあって食感はサラサラ。この「夏野菜の冷たいレモンカレー」は放送の3日前から販売が始まった。
スープだけじゃない~銀座で人気の「のり弁」
スマイルズはスープ専門店だけでなく、現在、12の事業を手がけており、そのどれもがはっきりとした特徴を持っている。
例えば東京と神奈川に5店舗を展開する「100本のスプーン」のコンセプトは「大人も子どもも満足するファミレス」。若いお父さんが頼んでいた「リトルビッグプレート」(2180円)は、子どもと一緒に食べても大満足の本格派のお子様ランチだ。
全国に7店舗を構える「ジラフ」は京都の西陣織を使ったネクタイの専門店。オーダーメイドでネクタイを作ることもできる。
そして東京・銀座の「銀座シックス」で人だかりを生んでいるのは「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」。のり弁の専門店だ。
「海苔弁 海」(1080円)の中には大きなサケやちくわの磯辺揚げ、卵焼きなどがぎっしり。調理はすべて店内の厨房で行われる。これが手づくりの温もりを感じさせ、他のお弁当との差別化にもなっている。
最もこだわっているのはのり。九州・有明のりの中でも特においしいと言われる希少な一番摘みをぜいたくに使用。自家製の醤油ダレをはけで一つ一つ塗っていくと、箸でも簡単に切れるようになる。しかものりは2段重ねだ。
2017年に1号店がオープンしたこの「電車に乗ってでも買いに行きたくなる」のり弁屋は社員の発案。社内事業として4年前にスタートし、今年4月に独立した。
社員から社長になった我妻義一は「役員会では『それはビジネスになるのか』と、厳しく突っ込まれました。遠山は『楽しいことはどんどんやりなさい』と、背中を押してくれた部分はあります」と語っている。
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
スマイルズには、3つの事業がある。自分事業、コンサル・プロデュース事業、出資・インキュベート事業と分けてある。どの事業も共通しているのは、やるほうも、客として想定されているほうも、どんどん「個」に近づいているということだ。「群れ」として、客を考えない。個は、自由だが、寂しい。そこで遠山さんは、「ロマンチシズム」を利用する。ロマンチシズムは、共感がベースとなる。たとえばスープストックのスープは、その共感の軸となる。
<出演者略歴>
遠山正道(とおやま・まさみち)1962年、東京生まれ。1985年、慶應義塾大学卒業後、三菱商事入社。1999年、日本ケンタッキーフライドチキン出向後、「スープストックトーキョー」第1号店を開店。2000年、三菱商事初の社内ベンチャー企業「株式会社スマイルズ」を設立し、代表取締役社長に。2008年、三菱商事退社。
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