新型コロナに負けない~客を取り戻した非効率経営
外食大手が雪崩を打つように閉店を発表している。居酒屋チェーンのワタミグループは65店舗。「いきなり!ステーキ」のペッパーフードサービスは114店舗。牛丼の吉野家グループも最大150店舗を閉じると発表した。コロナによる大量閉店の嵐だ。
まさに外食産業・冬の時代の中にあって、他の外食とは様子の違うチェーン店がある。讃岐うどんの「丸亀製麺」だ。緊急事態宣言が出された4月は売り上げが半減したが、8月には前年比90%まで回復した。コロナの影響による閉店はゼロだ。
客が戻ってきた理由の一つは感染対策。客が帰ったテーブルはすぐに消毒。大型の換気扇もフル回転し、店内の空気は5分で入れ替わる。だから客は安心してやって来るのだ。
売り上げ回復の一環として、5月から、これまでやっていなかったうどんのテイクアウトも開始した。夏場には「氷うどん」のようなメニューも投入。凍らせただしをかけて食べるスタイルで、持ち帰る間に溶けてシャーベット状になりシャリシャリした食感が味わえる。天ぷらなどが付いてお得な「打ち立てセット」は55万個を売る大ヒットに。テイクアウトが売り上げ回復に大きく貢献した。
いろいろな取り組みが効果を上げているが、「丸亀製麺」に戻ってきた客の声で最も多かったのは、やはり「うどんがおいしい」だった。熱烈なリピーターを生むおいしさの秘密は、客から丸見えの店内調理にある。
そもそもうどんは店内に製麺機を置き、粉から手作り。作り置きせず、提供する直前に製麺。まさに出来たてを出している。そのうどんに乗せる人気の天ぷらも店内調理。かき揚げになるタマネギは店で切り、適量ずつ揚げている。だからいつも熱々、サクサクなのだ。
国内850店舗という巨大チェーンになりながらこの非効率な店内調理を貫き、味を守り続けている。
さらにこのタイミングでウイークポイントの改善にも取り組んだ。そのテコ入れを担当するのがマーケティング部の宮林里美は「お客様の7~8割がお昼のご利用で、夜の利用がすごく少ないんです」と言う。
ウイークポイントは夜。夕食をうどんで済まそうという客はどうしても少ない。そこで「夜も丸亀」とうたい、夜でも食べたくなるメニューを試験的に始めたのだ。
構想から半年、選ばれた食材は神戸牛。1人前290グラムという大盤振る舞い。注文が入ってから作り出すその中身は神戸牛たっぷりのすき焼きに、甘辛く煮た神戸牛のぶっかけうどん。口の中をさっぱりさせるおろし和えやご飯もついた「神戸牛づくし膳」(1780円)だ。試験販売は大好評で、この秋から全国に広げていく。
1軒の焼き鳥屋から年商1500億円へ~進化するメニュー&店舗
「丸亀製麺」を運営するトリドールの本社は、渋谷の一等地にそびえるオフィスビルの中にある。都心が一望の19階。そのオフィスはまるでカフェだ。去年の9月に引っ越してきたばかりだと言う。
社内には七夕をイメージした飾り付けがあり、よく見ると社員の書いた短冊がぶら下がっていた。「私が書いた短冊には、『世界で通用する外食企業になります』と。世界の外食の中でガリバー企業になりたいと思っています」と言うのは、日本一のうどんチェーンを作った社長・粟田貴也(58)だ。
渋谷の一等地に豪華オフィスをつくった理由を、粟田は「外食企業はつらいというイメージが先行しがち。そのイメージを刷新して多くの業界から有能な方々に集まっていただきたい」と説明する。外食産業のイメージを変えたいという思いを込め、見られることも意識して作ったと言うのだ。
そのロビーの一角には、1985年に初めて開いた自分の店「トリドール三番館」の看板も。1軒の小さな焼き鳥屋から少しずつ店を増やしていき、紆余曲折の末、「丸亀製麺」を開業したのは2000年。手軽に食べられる本格讃岐うどんは大ヒットし会社も急成長。その後、11の国と地域にも進出。さらにさまざまな業態にも手を広げ、今や年商1500億円を叩き出す一大外食チェーンとなった。
「創業した時はお客様が全く来なかった。どうしたらお客様に来ていただけるかを考え続けてきた35年かなと思います」(粟田)
客に来てもらうために、各ブランドの新商品を開発するためのテストキッチンを作った。
この日は「丸亀製麺」の来年の夏に向けた新メニューの試食。出てきたのはかき氷の機械。今年の夏、テイクアウトでヒットした「氷うどん」の改良版を、来年夏の店内メニューにしようと動き出したのだ。だしを固めた氷を削って乗せているので、最初からシャリシャリ食感が味わえる。
作ろうとしているのは、よそでは食べられない差別化された商品。これを武器に客を呼び込もうとしている。この日、もう一品出てきたのは、タイ料理のスープ、トムヤムクンをベースにした冷たいうどん。スパイシーな酸味の辛いスープに丸亀オリジナルの白だしを加え、味を整えたという。
こうした試作を発売の1年前から始め、時には10回を超える改良を繰り返している。
「商品開発は来店動機に直結する部分があるので、非常に大事な材料です」(粟田)
さらに店舗も進化させた。8月末、川崎市にオープンした「丸亀製麺」川崎子母口は、店に入っていくと、客の通路の真横にうどんの調理場がある。
「より近い距離でお客様がうどん作りを体験できる店に作っています」(粟田)
手が届く場所でうどんを伸ばし、目の前でゆで上げる。釜の熱気を感じる距離だ。味だけでなく、うどん作りの臨場感も楽しんでもらいたい。これを「丸亀体験」と名付け、打ち出したのだ。
「外食はともすると崩壊するかもしれない。そういう時代を生き延びていくためには、これまで大切にしてきたことをさらに磨きをかけていく必要があります」(粟田)
「いつもの味と違う」~客離れを招いた本当の理由
「丸亀製麺」には、かつて大失敗し、その危機を乗り越えた貴重な経験があった。
売り上げと店舗数日本一。その看板をひっさげて、粟田は2013年、カンブリア宮殿に登場している。その際、成功の秘訣を「自分の持論ですが、店は『効率』よりも『集客』。チェーン店でも1店1店の集客をしっかりやる」と語っている。外食で重視すべきは売り上げよりも客数。「何よりも来てくれる客を増やすことが大事」というのだ。
快進撃を続けていた2014年、粟田はもっと客を呼び込もうと、新たな戦略をスタートさせる。それが山盛りの牛肉を別皿に添えた期間限定のフェアメニュー。このメニューが空前のヒットとなり、売り上げを平均で15%も増やしたのだ。
これに味をしめた粟田はその後もフェアメニューを続々と投入。一度は食べてみたくなるこうしたメニューは、出せば出すだけ当たり、売り上げを牽引した。しかしその水面下で、思わぬ問題がじわりと広がっていた。
「将来ボディーブローのように効いてくるんじゃないか、一大危機ではないのかと考え出したんです」(粟田)
フェアメニューで売り上げを伸ばす一方で、粟田が大事だと語っていた客数に陰りが。2017年夏以降は伸び悩む時期が続き、2018年には大幅に減少。客離れが起こった。
その変化に敏感に気付いたのが、丸亀のうどんの品質を守る麺匠・藤本智美だった。藤本は7年前も地域の店の「味の番人」としてカンブリアにも登場。全国の店舗を回り、地道に味の底上げをしていた。
だが、年間100店舗という出店ペースになると「急速な店舗展開で従業員の教育が追いつかなくなりまして、店舗ごとに味が違う、麺の太さが違うというご意見もたくさん頂きました」(藤本)。創業以来、最も大切にしてきたうどんの味に、作り手や店によるバラツキが出てしまったのだ。
さらに、売り上げを伸ばすためのフェアメニューも客離れの原因になった。多い時には10種類以上が同時に投入され、うどん作りの現場に混乱を引き起こした。
出来たてを提供するために、「丸亀製麺」の厨房では細かく役割分担が決められている。麺をゆでる工程やトッピングを調理する工程などは、担当者がその作業に専念する仕組みになっていた。しかし、手間のかかるフェアメニューへの対応で、本来のオペレーションができなくなってしまうこともあった。
「麺をゆでている時にトッピング調理の手伝いに呼ばれ、麺を放置することになって、タイマーが鳴っても気付かずゆで過ぎてしまうこともありました」(袖ヶ浦店・堅石清香店長)
時には、フェアメニューの調理が間に合わなくなり、その後ろに麺を渡されて待ち続ける客の列ができることも。うどんを最適の状態で出せなくなってしまったのだ。当時を知る客からは、「コシがなくなっていた」という証言も聞かれた。
「結局フェアメニューを乱発しただけで、お客様は増えていなかった。これはまずいと思いました」(粟田)
悩んだ末に粟田が出した結論は「本来の丸亀製麺の強みは『うどんのおいしさ』。そこに立ち返ってしっかりやることで、お客様に戻ってきていただきたい」だった。原点回帰を打ち出し、改革に乗り出したのだ。
粟田はまず、混乱を招いていたフェアメニューの品数を2、3種類にまで絞り込む。さらに、うどんの品質を維持するための新しい制度を設けた。
千葉・船橋市の「丸亀製麺」習志野台。この日、開店前の店舗で「麺職人」の講習が行われるという。これまで麺匠・藤本一人に頼っていた技術指導を見直し、「麺職人」という制度を設け、新しい指導者を育てることにしたのだ。
しかし、覚えるべきことは驚くほどある。例えば、切り上がった麺を麺棒ですくう時、麺を寄せると塊になり、その重みで太さが変わる。結果、均一にゆで上がらず、うどんのコシにバラツキが出てしまうのだ。
重要なのは、なぜダメなのか理由を考えさせることだという。
「その『なぜ』を全部吸収していかないと、次の麺職人を育てる時に、作業の意味が伝わらない」(藤本)
こうした講習会を経て、厳しい試験をパスした者が指導者・麺職人に。制度導入4年でその数は420人になった。
原点回帰の取り組みで客数は増加に転じ、丸亀は復活した。
外食で初の1兆円企業へ~知られざる新戦略とは
創業から35年で年商1500億円企業を作った粟田。次の目標は1万店舗、売り上げ1兆円だという。 「外食は未だ国内には1兆円企業がない。でもアメリカなど外食大国を見ていると1兆円プレーヤーがグローバルに活躍している」(粟田)
壮大な目標に向かい、粟田は「丸亀製麺」以外の業態、新ブランドにも力を注いでいる。
その一つ、川崎市の「コナズ珈琲」新百合ケ丘では、開店前に女性客の行列ができていた。コンセプトはハワイのカフェ。ハワイで過ごす休日のイメージで、ハワイ産のコナコーヒーが楽しめる。店内のハワイが溢れる雰囲気が受けて、開業6年で今や38店舗まで拡大した。一番人気の名物メニューは、15センチのホイップクリームがそびえる「ストロベリー&バナナパンケーキ」(1628円)だ。
ハワイに行った気になるリゾート気分満喫のカフェを始め、それぞれこだわりを持つ
国内外23の飲食ブランドを展開。コロナの中でも1万店舗、1兆円に向かって突き進む。
「全てが実っていくわけではない。でも、挑戦しないと何も実らないのも現実です。社員が100やってくれたら、そのうちの10でも20でも、お客様に喜んでいただける業態ができれば、さらに大きく成長できると思います」(粟田)
一方で粟田は今、車体に「丸亀製麺」と書かれたトラックを走らせている。この日は横浜市「国際親善総合病院」の駐車場にその姿が。中をのぞくと調理場になっている。キッチンカーだ。製麺機まで積み込み、打ちたて、ゆでたてを作ることができる。こんな車を仕立てて、無料でうどんを振る舞いに来ているのだ。
その相手は医療従事者。大変な状況で働く人たちをねぎらおうという活動だ。緊急事態宣言の期間中に始め、これまでに3000食以上を提供してきた。
~村上龍の編集後記~
粟田さんは「成長の虫に取り憑かれている」と明言する割には、印象はとても穏やかで、むしろ大人しい感じがする。いい意味での二面性がある。大胆さと謙虚さ、ロマンチシズムとリアリズム。だし店舗展開では、一貫している。大衆性、普遍性、チェーン店でありながら暖かく手間ひまがかかっている食堂のイメージ。
店舗数1万店、売り上げ1兆円を目指すらしいが、創業は個店だった。『トリドール三番館』。奥さんに「こんな店を3軒持てたら人生良かったと振り返って言えるね」と言う謙虚さを決して忘れることがない。
<出演者略歴>
粟田貴也(あわた・たかや)1961年、兵庫県生まれ。神戸市外国語大学中退後、1985年、トリドール三番館開業。2000年、丸亀製麺1号店開店。2019年、本社を渋谷に移転。
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