青森八戸市民が熱狂~全国で待望される喫茶店
青森・八戸市。新規オープンを控えたコメダ珈琲八戸城下店の前には長い行列ができていた。朝7時に店が開くと、店内はすぐにいっぱいになった。
デニッシュパンにソフトクリームを乗せたコメダの名物「シロノワール」(650円)はもちろん、コメダならではの驚きのメニューも。ピザトーストと卵ペーストを塗ったパンが焼き上がってから重ねる迫力の「たっぷりたまごのピザトースト」(720円)や、牛カルビに甘辛ソースをからめて挟んだボリューム満点のバーガー「コメ牛肉だく」(980円)など、他にはないメニューで、コメダは各地で大歓迎を受けている。
コメダ珈琲店は名古屋で生まれた喫茶チェーン。カンブリア宮殿には8年前に一度登場したが、当時から中京地区で絶大な人気を誇っていた。
本店にいたのは超のつく常連客ばかり。毎日来たくなる一番の理由は「居心地がいいから」。1人で来て仕事に没頭する人がいれば、ドリンクとモーニングだけで何時間もおしゃべりする人もいる。常連になると、「いつもの」と言うだけでその品が出てくる。常連客を喜ばす接客と居心地のいい空間。これが多くの人を引きつけるコメダの魅力だ。
コメダが産声をあげたのは1968年。創業者・加藤太郎が作った1軒の喫茶店から始まった。その後、全国に広がり47都道府県を制覇。現在877店舗となった。
そのチェーン店は実に97%がフランチャイズ。それぞれの地域にオーナーがいて、自分の店を営む、いわば個人店の集合体なのだ。
東京・渋谷の渋谷道玄坂上店。都会にある店には1人客が多く、高齢者や家族連れなどは見当たらない。全ての席にコンセントを設置。Wi-Fiも100Mbpsと回線の速度が速い。IT企業を経営しているという利用客は「普通のカフェは20~30だから、3倍から5倍。電話会議もできる」という環境だから、ついつい来てしまうという。
「Wi-Fiのアンテナを2台置いていて1台増設しました」(杉山和繁オーナー)
オーナーの裁量で客層に合わせて店を変える。こんなやり方で客を呼び込んでいるのだ。
一方、熊本・菊池市の熊本菊池店では駐車場に行列ができていた。
「『コメダde朝市』という菊池店独自で取り組んでいるイベントです」(亀崎修一店長)
地元客のために2年前から月に1回、朝市を開催。評判になっているという。
夜になって行われていたのは、やはり店が仕掛けた「英会話講座」。デザートセット、プラス500円で誰でも気軽に参加できる。他にも「レザークラフト講座」など、さまざまな講座がある。菊池店は地域のコミュニティーとなる作戦で客数を20%も増やしていた。
同じ看板なのに全く違う~独自だらけのフランチャイズ
コメダホールディングス社長、臼井興胤(62)は社長に就任して7年になるが、週に1日は早出して店舗に立ち、客の様子を観察している。数字には表れない「現場の今」を自分で感じ、経営に生かしている。
売上高312億円、社員411人。7年前にヘッドハンティングされてコメダにやってきた臼井だが、入ってみて感じたコメダの強さがあると言う。
「『自分のコメダ珈琲店は自分の力で守る』というフランチャイズ店のスタンスがすごいなと思いました。社長はいなくていいと思った(笑)」
個々の店舗の強さがコメダの強さ。その力が発揮されているというのが、成田秀夫オーナーが営む岡崎若松店。力を入れているのがパンやお菓子の物販コーナー。この売り上げが愛知県内220店の中でトップなのだ。
妻の静香さんが、少しでも夫の店を盛り立てようとポップをパソコンで手作り。目につくように色味を工夫したり、のぼりにしたりと、手間をかけている。やりたいようにやれる風土の中で、オーナーたちは頭を使い、努力しているのだ。
「自由度は高いです。最低限のルールはありますが、店舗に任せられますから」(成田さん)
普通は本部からの指示で動き。同じような店になるフランチャイズ・チェーンだが、コメダは違う。
「どこを切っても金太郎飴みたいに『こうしてください』ということはコメダはやらない。オーナーには『あなたのお店だから、しっかり磨いて、人を育てて運営してください』と。そこはハッキリしています」(臼井)
本部の指示でも「やらない」~唯一無二の珈琲チェーン店
9月下旬、東京・文京区にコメダの新店舗、東京ドームシティミーツポート店がオープンした。店内を照らすのはボール型のライト。野球ファンを喜ばす装飾があちこちに施されている。そこに臼井の姿も。この店の氏田竜哉店長とはちょっとした縁があるのだ。
「僕が会社に入って、最初に皿洗いをした時の直属の上司なんです。『おじさん遅いね』『何で覚えられないの』と厳しい言葉をいただき、泣きそうになりながらやっていました(笑)」(臼井)
臼井のキャリアは三和銀行でスタート。29歳の時に会社の留学制度を使いアメリカに留学。カリフォルニア大学LA校でMBAも取得したエリートだった。その後、ナイキやマクドナルドなど世界的な企業を渡り歩き、重職を歴任。セガでは5年間にわたって社長も務めた。その経験と経営手腕を買われ、2013年、コメダの社長に就任した。
現場主義が信条の臼井はまず店舗を回った。そこで見たのは高齢化が目立つ常連客。若者は少なかった。このままでは先細りしてしまう。実際、来客数も減り始めていた。 「新しいお客さんも作っていかないといけないから、何か引き込めるものが必要になってくるのかなと」(臼井)
そこで臼井が打ち出したのが、コメダ全店で一律に行うキャンペーンやフェアメニューの導入。これまでやっていなかった仕掛けで新たな客を呼び込もうとしたのだ。
自らフランチャイズ・オーナーに説明へと赴いたが、そこで思いもよらない反応が返ってきた。「うちはお客さんがたくさん来ているから、やりません」「うちは忙しいのでやりません」……店のためにと考えた提案なのに、一部オーナーから一蹴されてしまったのだ。
当時、反発したフランチャイズ・オーナーの一人、福留修一郎さんはこう語る。
「本当にそれで売り上げが上がるのか、疑心暗鬼な部分もありました。『進めてください』と本部に言われても、やりたくなければやらないよ、と」
かつていたマクドナルドならあり得ないフランチャイズ・オーナーの反発に、臼井は心底驚いた。
「『いやいや放っておいてくれ、お前には関係ない』と言われ、その独立精神には本当にびっくりした」(臼井)
提案を断られ、うなだれて帰ろうとした時、「小さな改革、大きな成果でお願いしますよ」という言葉を投げかけられた。理解できなかった臼井は、答えを求め、再び全国の店舗を回る。そしてある光景と出会う。それはお客が帰ろうとした時のこと。店のスタッフ全員が「ありがとうございます」と手を振っていたのだ。
「見てびっくりしました。それぞれのオーナーが自分のやり方で勝負しているのをすごく感じた。細かく本部が決めるより、もっと大切なことがあるんだろうな、と」(臼井)
他のフランチャイズのように「右へならえ」にすることはない。それぞれの店が客の喜ぶことをやり、本部はそれを支えればいい。それこそが「小さな改革、大きな成果」だと気付いたのだ。
小さな改革を実現すべく臼井が作ったのがテストキッチンだ。目指したのは、現場のオペレーションに負担をかけない新商品の開発だ。
例えば「カツカリーパン」は、本格的なカレー味にこだわり、新宿中村屋と手を組んで開発。カレーソースはスパイスの配合から始め、20回以上の試作を繰り返した。
以前からカツサンドはあった。そのソースを変えるだけだから店舗の負担はほとんどない。出してみればこれが大ヒット。その人気ぶりからグランドメニューに昇格した。
発売以来37年間ずっと変えることのなかった看板メニュー「シロノワール」も小さく改革した。「シロノワール」のパンの間にカスタードを挟み、リンゴの果肉ソースをかけた「アップルカスタード」など、現場に負担のかからない「シロノワール」のアレンジメニューを期間限定で販売したのだ。
この4年で1店舗あたりの客単価がおよそ1割増加。小さな改革はついに大きな成果となって表れた。この結果にオーナーたちの、臼井を見る目も変わる。
「初めは頑固なパワハラ親父かと思ったけど、そうではなかった。臼井体制になってから成果が目に見えてきた。だから期待するんです」(オーナー・加藤博さん)
「コメダを好きになるお客様が増え、店舗数も伸びているのは、臼井社長の力だと思っています」(前出・福留さん)
現場でヒントを探し、強さの本質を伸ばす。このやり方で臼井のコメダは勝利をつかんだのだ。
最短でも研修期間3ヵ月~驚きの新人教育の舞台裏
「コメダのフランチャイズ・オーナーになりたい」と言う人は多く、今や加盟の問い合わせは年間1000件を超えるという。 田中敬吾さんも今、まさにオーナーになろうとしている。この日は研修のために千葉・市川市のシャポー市川店に。コメダではフランチャイズ店を開業する前に、他のチェーンよりかなり長めの研修を受けなければならないのだ。
田中さんはマクドナルドで店長を務めた経験を持つが、今回、一国一城の主になろうと脱サラ。「スターバックスさんやドトールさんが都内に350店舗くらいある中で、コメダは60店舗しかないこともあり、ビジネスチャンスがあると思いました」と言う。
研修では厨房での調理からホールでの接客まで、店で実際に働きながらコメダ流を学ぶ。さっそく田中さんに、店内にいたトレーナーの中村礼から指導が入った。「お客様にお辞儀をする時、角度が深くて速い。せかせかした感じに見えてしまいます」というのだ。確かにちょっとせわしなく、ゆったりしたコメダの雰囲気には合っていない。
さらに商品を持っていく時のお盆の高さにも指導が。
「商品を提供する高さによって、お客様が感じるストレスも変わります」(中村)
お客さんの目の前にお盆を掲げて出すと圧迫感が出るという。
「まだまだ未体験なことがあるので、そこが今後の課題かなと思います」(田中さん)
他にも食材の発注の仕方やスタッフのシフト作成など、学ぶことはいっぱいある。最低でもおよそ3ヵ月に渡る研修期間を経て、ようやくフランチャイズ・オーナーとなれるのだ。
~村上龍の編集後記
創業者の言葉「シロノワールがあんなにヒットするとは思わなかった。最初は毎日売れ残り、泣く泣く捨てた」。コメダは全部同じパターンだ。最初は集客に苦労するが、やがて地元客を中心に認知される。ウッディな内装、落ち着く椅子とテーブル。それらを支えるのは、臼井氏と、強力なFC店のコンビネーション。中央集権的な本部主導の店と、850の現場が創意工夫で行う店、どちらを客が選ぶか、明白だ。
わたしは普通エスプレッソしか飲まないが、コメダのコーヒーは好きだ。万人が飲む、ということを突き詰めた味だからだ。
<出演者略歴>
臼井興胤(うすい・おきたね)1958年、愛媛県生まれ。1983年、一橋大学卒業後、三和銀行に入行。日本マクドナルドCOO、セガ社長などを歴任。2013年、コメダホールディングス社長就任。
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