要旨
- 格差の拡大を理由に、これまでの景気回復を体感温度の上昇として実感できている人は必ずしも多くないとする向きもある。ただ、あくまでそれは定性的な判断であることが多く、所得の不平等さを測る指標はジニ係数によって算出されることからすれば、格差が実際に拡大してきたかどうかは、実際のジニ係数によって評価すべき。
- 厚労省が計測した当初所得ジニ係数によれば、1999年以降上昇ペースが上がったが、直近2014年から2017年にかけては低下に転じている。巷で広がっているアベノミクスで格差が拡大したのいう噂は誤解であり、むしろ貧困層の雇用所得環境改善で格差が縮小に転じているといえる。
- 再分配後の格差を判断するには「再分配所得ジニ係数」がより重要。税・社会保険料、現金給付、医療・介護や保育などの現物給付を合わせた所得再分配の状況を反映したほうがより現実に近い。実際、再分配所得ジニ係数は2000年代後半以降低下トレンドに転じている。そして、ジニ係数の改善度を税と社会保障に分けると、社会保障による改善度が相対的に大きく上昇していることからすれば、公的年金をはじめとする社会保障による再分配が効いており、当初所得ジニ係数の動きのみで判断すると、格差が拡大しているとミスリードしてしまうことになる。
- 感覚や格差の実態を表さない指標を基に安易に格差が拡大していると判断すると、経済政策の判断を誤る可能性があり、多くの国民が経済成長の恩恵を受けられなくなる可能性がある。デフレギャップが大きく残存する現局面では、総需要を持続的に増加させ、一刻も早く経済の正常化に結び付ける政策が優先されるべき。
実感なき景気回復の裏づけとされる所得格差拡大
2018年までの日本経済は景気回復が続いてきた。GDP統計によれば、日本経済は2015年度から 2018年度まで4年連続でプラス成長を続けている。また、失業率は 2017年度に 23年ぶりに3%を下回り、雇用情勢も好転してきた。しかし、格差の拡大を理由に、このような景気回復を体感温度の上昇として実感できている人は必ずしも多くないとする向きもある。
ただ、あくまでそれは定性的な判断であることが多く、所得の不平等さを測る指標はジニ係数によって算出されることからすれば、格差が実際に拡大してきたかどうかは、実際のジニ係数によって評価すべきと考えられる。
そこで本稿では、厚労省が実際に算出したジニ係数を基に実際の格差を把握し、今後の政策対応について考えてみたい。
アベノミクスで所得格差縮小
そもそもジニ係数とは、イタリアの統計学者コラド・ジニにより考案された所得等の分布の均等度合を示す指標である。実際にジニ係数の値は0から1の間をとり、係数が0に近づくほど所得格差が小さく、1に近づくほど所得格差が拡大していることを示す。そして、一般に0.5を超えると所得格差がかなり高い状態となり是正が必要となると言われている。
そこで、厚労省が計測した過去の当初所得ジニ係数の推移を見ると、1999年以降に上昇ペースが上がったが、直近2014年から2017年にかけては低下に転じていることがわかる。
1999年以降に上昇ペースが上がった時期の特徴としては、世界的に経済のグローバル化が加速し、それに伴って生産拠点の海外移転が急速に進んだことがある。そして、雇用機会が海外に流出したことや、海外から安い製品が大量に輸入されるようになったことが、それまでと異なる点である。事実、消費者物価指数を時系列で見れば、当初所得ジニ係数が上昇している期間に物価は下落しており、就業者数も減少傾向にある。
しかし、直近2014年から2017年にかけては低下に転じている。この背景には、①アベノミクスの異次元金融緩和により極端な円高・株安が是正され、生産拠点の海外移転に歯止めがかかった。②結果として就業者数が500万人近く増加し、低所得層の所得が底上げされた―こと等がある。実際、2015年以降の海外生産比率は頭打になっている一方で、消費者物価指数も上昇に転じている。極端な円高・株安の是正による名目経済規模の拡大、女性や高齢者を中心とした労働参加率の上昇などが相まって、日本国民の稼ぐ力が誘発されたと考えられる。
こうしたことからすれば、巷で広がっているアベノミクスで格差が拡大したいう噂は誤解であり、むしろ貧困層の雇用・所得環境改善で所得格差が縮小に転じているといえる。
より実感に近いのは再分配ジニ係数
ただ、当初所得ジニ係数のみで所得格差を判断することには注意が必要だ。というのも、ジニ係数を判断する場合、当初所得で格差を図る場合と、再分配所得で図る場合では、評価も変わってくる可能性が高い。
当初所得ジニ係数とは、純粋に前年の所得を対象に計算して求められた数値である。ただ、実際に我々が受け取る所得はそこから社会保険料や税金が控除される一方で、年金や医療、介護などの社会保障給付が加えられる。
このため、実際の所得格差を示すのは、こうした再分配後の所得格差であろう。従って、当初所得を対象に計算して求められた当初所得ジニ係数ではなく、社会保障や税金を控除し、社会保障給付を加えた所得から求められるジニ係数が、より人々の実感に近い所得格差となる。
特に、再分配後の格差を判断するには「再分配所得ジニ係数」が重要であり、税・社会保険料、現金給付、医療・介護や保育などの現物給付を合わせた所得再分配の状況を反映したほうがより現実に近いものと思われる。例えば、所得税の累進課税は格差縮小に作用する。従って、所得再分配も考慮したジニ係数で判断することは非常に重要といえよう。
再分配所得ジニ係数は2000年代後半以降縮小トレンド
そこで、実際に厚労省が計算した再分配所得ジニ係数を見てみた。下図は、再分配所得ジニ係数を時系列で示したものである。バブル崩壊以降の局面を見てみると、当初所得ジニ係数は2014年まで上昇トレンドにあったが、再分配所得ジニ係数は2000年代後半以降低下トレンドに転じていることがわかる。これは、社会保険料・税金の支払いや社会保障給付を加味すれば、むしろ所得格差は縮小していることを意味している。
また年齢階級別にみると、高齢期において改善度が大きく、ジニ係数の改善には高齢化に伴う年金制度の成熟化などが影響していると厚労省は指摘している。そして何よりも、ジニ係数の改善度を税と社会保障に分けると、社会保障による改善度が相対的に大きく上昇していることが重要だ。つまり、公的年金をはじめとする社会保障による再分配が効いており、当初所得ジニ係数の動きのみで判断すると、所得格差が拡大しているとミスリードしてしまうことになる。
需要不足の解消が最優先課題
このように、当初所得ジニ係数が実際の格差を示さない背景には、日本では手厚い社会保障制度により再分配機能が大きく作用していることがある。このため、こうした所得格差の実態を表さない経済指標を基に安易に所得格差が拡大していると判断すると、経済政策の判断を誤る可能性があり、多くの国民が経済成長の恩恵を受けられなくなる可能性がある。特にコロナショック以降、デフレギャップが大きく残存する現局面では、総需要を持続的に増加させ、一刻も早く経済の正常化に結び付ける政策が優先されるべきだ。
具体的な処方箋としては、まずは人々が安心して外出したり消費したりできるように、欧米のようにコロナ禍でも行動制限せずに済む医療提供体制の拡充・構築が必要だろう。また、お金を使った家計や人件費を増やした企業が得をする優遇策や支援策も検討すべきだろう。そのためには、経済全体で見た需要不足が完全に解消されるまで財政健全化を棚上げすることも必要になってくるだろう。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣