カンブリア宮殿,サントリー
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飲料ブランドNo1「天然水」~家飲み狙った新戦略?

東京・品川区の青稜中学校・高等学校では、新型コロナウィルスの感染対策で、去年から冷水機の使用を禁止した。すると「子供たちが職員室に『浄水器の水を水筒に入れたい』と集まってきた。水が欲しいという訴えが強く、きれいで清らかでおいしいイメージがある水を使いたい」(青田泰明校長)と、水だけの自販機を導入した。

選んだのはサントリーの「天然水」。清涼飲料ブランドの販売量では長年「ジョージア」が1位だったが、3年前に「天然水」が抜きトップに立った。今や日本で最も飲まれている飲料ブランドだ。

ちなみに「天然水」の産地は南アルプスだけではない。九州の阿蘇や鳥取の大山、北アルプスにも水源があり、それぞれのエリアで販売している。

さらにサントリーは全国21カ所の森を管理し水を育んでいる。そこで取れた良質な水はミネラルウォーターだけでなく、世界に認められたジャパニーズウイスキー「山崎」「白州」の原料となり、ビールにも使用される。サントリーにとって天然水は生命線なのだ。

3年前、業界で初めてサントリーが売り出した「こだわり酒場のレモンサワーの素」がコロナ禍の今、売れに売れている。東京・立川市のMEGAドン・キホーテ立川店では、炭酸水で割って飲むこの商品の隣に炭酸水「THE STRONG天然水スパークリング」がずらりと並ぶ。合わせ買いを狙ったサントリーの戦略だ。効果はてきめんで、去年、炭酸水の販売量は一気に伸びた。このヒットを受けて他のメーカーも同じスタイルの商品を続々と投入した。

サントリーの創業は1899年。初代・鳥井信治郎が起こした小さな商店「鳥井商店」から始まった。戦後は国産ウイスキーを普及させ、「オールド」は「一家に一本」の定番に。CMも印象的だった。

ウイスキー一本足打法からの脱却を図ったのが創業者の次男で2代目の佐治敬三。創業者の掲げた「やってみなはれ」の精神で業界最後発ながらビールに挑戦。しかし、この事業は赤字が続いた。

3代目、鳥井信一郎の代になってもビールは赤字続きだったが、バブル崩壊後の1994年、ライバルに先駆けて発泡酒を発売。不景気の時代に安い酒で大ヒットを呼び込んだ。

4代目を継いだのは佐治信忠。2003年に「プレミアムモルツ」を世に出すと、爆発的に売れた。そして2008年、長年の悲願だったビール事業の黒字化を実に46年越しで成し遂げた。

それぞれの時代の経営者が「やってみなはれ」の精神を発揮してきたが、いずれもトップは創業家出身だった。だが2014年、バトンは創業家ではないサントリーホールディングス社長・新浪剛史に託された。

新浪は三菱商事出身。2002年には売り上げの落ちていた「ローソン」の立て直しを託され43歳の若さで社長に就任した。2007年にはカンブリア宮殿にも登場。「正直言って、私は東京にずっといたので、コンビニといえば『セブン-イレブン』だと思っていました。お弁当はまずいし、おにぎりはまずいし、これではダメだ。『セブン-イレブン』に店舗の質では勝てないけど数では勝つというようなことはやめよう、と。質を追わないと、結局、加盟店が疲弊して、社員も疲弊してしまう」と語っていた。

新浪はこだわりの素材でおにぎりの味を劇的に向上させ、100円の生鮮食品が並ぶ「ローソンストア100」を立ち上げるなど、さまざまな改革を断行。11年連続で営業増益という結果を出したのだ。

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ローソンから来た外様社長~新浪流「やってみなはれ」とは?

カンブリア宮殿,サントリー
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「ローソン」での実績が買われ、サントリーに呼ばれた新浪。経営のよりどころにしたのは「やってみなはれ」の言葉だった。

「やらないで、ああだこうだと考えていないで、『まずはやりなさい』と。そして裏背景には『やり切れよ』と」(新浪)

新浪は「やってみなはれ」の精神を現場により浸透させようと「やってみなはれ大賞」という表彰制度を新設。「新しいチャレンジをどんどんやってみろ」とハッパを掛けた。

新浪流「やってみなはれ」1・常識を覆す商品

2017年に業界初のペットボトルコーヒー「クラフトボス」を発売。「コーヒー飲料といえば缶」という常識を覆した。水筒代わりに買うオフィスワーカーが続出し、新たなヒットを生んだ。その後、ライバルもペットボトルのコーヒーを発売。サントリーは新市場を切り開いた。

新浪流「やってみなはれ」2・テコ入れも大胆に

2004年に発売した緑茶の「伊右衛門」。滑り出しこそ伊藤園の「おーいお茶」に次ぐ2位と好調だったが、その後、コカ・コーラ社の「綾鷹」などの競合商品が増えると売り上げはジリジリ減少。発売の翌年をピークに、2019年には6割まで落ち込んだ。

「このままいくと棚から落ちてしまう。店頭からなくなってしまう。かなり崖っぷちでした」(伊右衛門チームデザイン担当・西川圭)

そこで大胆なリニューアルにうって出る。実は、ペットボトルの緑茶は各メーカーとも茶色。「鮮やかな緑なら差別化できる」と、緑色で味にもこだわったお茶の開発が始まった。

「お茶らしい味わいのためにはカテキンが重要ですが、色が茶色になる。どうクリアするか苦労しました。試作は300回を超えました」(伊右衛門チーム中味開発担当・上本倉平)

およそ1年に渡って試行錯誤を続け、他社の緑茶とは一線を画す鮮やかな緑色のお茶が完成。その色がより見えるようラベルの面積を小さくした新しい「伊右衛門」。去年4月に発売すると、コロナ禍でライバルが軒並み落ち込む中、唯一、販売量を増やした。

この伊右衛門チームは昨年度の「やってみなはれ大賞」を獲得した。

「『やってみなはれ大賞』があることで僕らの思いがしっかり評価される。より良いものをつくろうというやる気が上がります」(上本)

新浪流「やってみなはれ」3・後追いでもOK

今年4月に発売した新商品「パーフェクトサントリービール」の最大の特徴は、“糖質ゼロ”にしたこと。ただ、“糖質ゼロ”のビールはすでに去年、キリンが発売しており、サントリーは後追いする形となった。

「“糖質ゼロ”にする技術はそう難しくはなかったが、おいしくすることとかけ合わせるのに時間がかかった。キリンさんのビールもおいしいと思います。でも私たちには私たちのおいしい味がある」(新浪)

新浪の号令を受けて、商品責任者が巻き返しに打って出た。

東京・北区のコモディイイダ滝野川店の店頭では、マーケティング本部・稲垣梨沙が客に、新商品は「プレミアムモルツ」と同じ麦芽を使い、手間をかけて造っていることを説明していた。オリジナリティをきっちり伝えると、客は買っていく。

「キリンさんに先を越されたとしても、お客さまにとって価値ある商品だと信じていますので、サントリーとして社運を懸けて、諦めず、へこたれず、しつこくやり抜いてきたいと思います」(稲垣)

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1兆6500億円の巨額買収~「ハイボール」でアメリカ攻略

新浪をサントリーに呼んだのは4代目で現在は会長の佐治信忠だ。当時、「これからのサントリーを引っ張っていくのはどんな人物がふさわしいのか。国際的な経営感覚を持ち、サントリーグループをグローバルに成長させてくれる人。私は新浪さんに社長になっていただきたいと考えました」と、語っている。

この時、佐治はアメリカのウイスキー大手ビーム社を、1兆6500億円を投じて買収していた。蒸留酒の売上高ではサントリーを大きく上回っていたビーム社を統合することで、サントリーのシェアは世界3位に躍進した。

しかし、ビームは創業1795年の老舗企業。保守的な社風もあり、統合は簡単ではなかった。佐治はグローバル戦略を成し遂げるために新浪に白羽の矢を立てたのだ。

社長となった新浪が目をつけたのが、日本で大ヒットしたハイボールだった。

ニューヨークのバーを視察した際、新浪はビームのセールスチームに、「ハイボールを売っていこうと思う」と切り出した。するとビームの社員は戸惑った様子で「アメリカではウイスキーはボトルで販売するのが主流」「ウイスキーはストレートやコーラ割りで飲むもの」と答えるのだった。

「君たちはなぜチャレンジしようとしないんだ!」と一喝した新浪は帰国後、ビームの幹部を日本に呼び寄せた。アメリカでの販売には相変わらずの難色を示す彼らを連れて行ったのが日本の立ち飲み居酒屋。そこはハイボールで大盛況。食事をしながらジョッキでハイボールを飲む。日本のスタイルを目の当たりにした彼らは「日本人はウイスキーの新しい飲み方を作ったんですね」と感心した様子だった。

その後、ビームはハイボールマシンごとアメリカのバーに売り込み。今では全米3000店でハイボールが採用され、世界での「ジムビーム」の販売量は2倍以上伸びたのだ。

一方で新浪は意識改革も進めた。毎年、ビームの社員を日本に招き、経営や仕事の進め方について講義を行なっている。コロナ禍の今はオンラインで「やってみなはれ精神とは、挑戦すること、やり続けること、修正すること、やり抜くこと」と説く。

統合から7年。今ではビームサントリーの社員から「リーダーシップを発揮することを恐れません。それが私の『やってみなはれ』です」などという声が上がるようになった。

海を越えた「やってみなはれ」。新浪は「ビーム」との統合を軌道にのせた。

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天然水工場の本体は山~全社員で森を守れ

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長野・大町市にあるサントリー天然水北アルプス信濃の森工場。背後には400ヘクタールを超える広大な森があり、ここで天然水を育んでいる。こうした森をサントリーは全国21カ所で管理。専門の研究スタッフが6人いて、全国の森に飛び水質などを調査している。

この日の調査の目的は湧き水のポイントを見つけること。地形図を見て予測しながら探す。沢を渡り、獣道を進む。歩き回ること2時間、新たに見つけた湧き水ポイントだ。

毎回、異なる場所で水を汲み、水質を分析している。実はこの調査を重ねることによって驚くべきことが分かるという。それは地下水脈。森中の水質を調べることで目に見えない地下水の流れが把握できるのだ。

「地下水脈を詳細まで知ることで、それ以上の量を引っ張ってはいけないとか、今の生産状況なら何十年後、何百年後も使い続けられるとか、調べるためにやっています」(サントリー水科学研究所・鈴木健)

森をまったく別の角度から調べているスタッフもいる。ドローンを使って上空から見ると分かるのが、害虫などによる生態系の異変。これを定期的に確認しているのだ。

そんな天然水の森に大挙してやってきたのがサントリーの社員たち。全社員が一度は植林などの活動に参加することを決め、2014年から続けている。

サステナビリティ推進部の山田健は「天然水というと何となく水をくんで終わりと思われるかもしれませんが、そうではなく、山が天然水工場の本体。その本体を守っているんです」と語る。

新浪はこの「森の保全活動」にわざわざアメリカからビームの社員を呼び寄せ参加させた。すると、アメリカでもウイスキー工場がある森で生態系の調査や植林などの活動が始まった。

ビームサントリーの社員のひとりは「今後100年、自然と共生していけるシステムを作ります」と言う。新浪の意識改革はここまで進んだ。

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~村上龍の編集後記~

「やってみなはれ」という言葉には参った。当初「やってみろ」という「命令」だと思った。「あんたの好きに」という枕詞が必要だと考えた。「あんたの好きに、やってみなはれ」と続く。ところが「あんたの好きに」というニュアンスが、「やってみなはれ」に、すでに含まれていることに気づいた。発案者・企画者は、「やりたい」のが大前提だ。「それならやってみなはれ」となる。言われたほうは逃げ場がない。徹底的に追い詰められる。魔法の言葉だ。

<出演者略歴>
新浪剛史(にいなみ・たけし)1959年、神奈川県生まれ。1981年、三菱商事入社。1991年、ハーバード大学経営大学院でMBA取得。2002年、ローソン社長就任。2014年、サントリーホールディングス社長就任。

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