ワコムは自社ブランドのペンタブレット製品を開発する他、スマホメーカーなどに同技術をOEM供給する会社だ。技術力に定評があり、映画・アニメのクリエイターなどプロ向け市場では世界シェアトップのマーケットリーダーである。2021年3月期はペンタブレットの需要増も手伝い、業績過去最高を更新。22年3月期終了予定の中期経営計画を1年前倒しで達成したため、21年5月に新中期経営方針「Wacom Chapter3(ワコム第3章)」を発表した。
ペンタブレットのパイオニア
プロ市場で世界シェア独占
1983年創業のワコムは、翌年に世界初のコードレスペンタブレットを発表し、以来同製品の開発を進めてきたパイオニアである。
ペンタブレットとは、付属のデジタルペンなどでタブレット上に絵や文字を描くと、デジタルデータとして記録できるもの。筆圧などはセンサーが読み取り再現するため、鉛筆やペンと変わらない感覚でデジタル空間に描けるのが魅力のひとつだ。
ワコムが持つ製品群を大きく分けると、デジタルペンと板状のタブレットをPCに接続し、描いたものがPC上に表示される「ペンタブレット製品(板タブ)」と、液晶パネルに直接描く「ディスプレイ製品(液タブ)」の2タイプ。どちらも初心者向けからプロ向けまで幅広いモデルを展開しており、趣味用途はもちろん、教育現場や自治体での電子サイン、医療カルテ用など様々なシーンでも利用される。
特にアニメやゲーム、映画、工業デザインなどに携わるクリエイターの間では、繊細な書き心地や扱いやすさなどで圧倒的な人気を誇る。
「90年には、米ディズニーの映画『美女と野獣』の制作で使用されました。その後もディズニーさんをはじめ、米ネットフリックスさんや『シン・エヴァンゲリオン』のスタジオカラーさんなど、多くの制作現場で使用されています」(井出信孝社長)
ワコムの製品は、これまでに世界150カ国以上で販売されてきた。井出社長によると、プロ向けのペンタブレット市場で世界シェアトップのマーケットリーダーとなる。
コロナ禍に業績過去最高
新中計で次のステージへ
2021年3月期の業績は、売上高は前期比22・5%増の1085億3100万円、営業利益は同140・8%増の134億700万円といずれも過去最高となった。
セグメント別に売上高をみると、①自社ブランド製品を販売する「ブランド製品事業」が全体のうち52・2%、②韓サムスンや東芝といったPC・スマートフォンメーカーなどにワコム独自のデジタルペン技術をOEM供給する「テクノロジーソリューション事業」が同47・8%とほぼ拮抗する。ブランド製品事業ではオンライン教育向け製品などが売上をけん引した他、テクノロジーソリューション事業ではOEM提供先からの需要が増加。両事業とも、セグメント売上は前期比二桁増と好調だった。
同社は19年3月期に、中期経営計画「Wacom Chapter2(ワコム第2章)」をスタートさせた。同計画は、最終年度の22年3月期目標として①売上高1000億円②営業利益率10%③ROE15~20%を設定していた。だが前述の好調要因も手伝い、同目標を21年3月期に1年前倒しで達成した。
「コロナ禍という瞬間風速に支えられた部分はありますが、我々が社会変化を捉え準備・開発していたことも大きいですね」(同氏)
そこで、22年3月期から新たな中期経営方針としてスタートしたのが「Wacom Chapter3(ワコム第3章)」である。同方針では最終年度の数値目標を設けず、ワコムの技術を活用しながらパートナーやコミュニティと連携することで「社会や人間にとって意味のある体験」をいかに提供するかに重きを置く。その実現に向けた5施策が①テクノロジー・リーダーシップ、②コミュニティと深く連携した価値ある体験の形成、③新しいコア技術をもとに新しい価値の創造、④技術で持続可能な社会の発展、⑤意味深い成長、である。
技術開発や協業で成長図る
書く・描く行為を支えたい
①では、ワコムの提供価値の源泉である技術開発に集中する。ハードウェア、ソフトウェア、サービスが三位一体となった「最高のペンと紙とインク体験」の提供を目指し、技術の深化を進める。
その一例として20年に発売されたレノボの“世界初の画面折りたたみ式PC”には、手書き入力できる付属ペンを供給した。折れ曲がる画面に対応したペンを開発するには「かなり大変だった」(同氏)というが、ワコム持ち前の技術力もあり開発に成功したという。
③では、現在のデジタルで描く技術からさらに進化して、AI、XR、デジタル作品の著作権などセキュリティの3つの領域で新コア技術の確立を推進する。
22年3月期の研究開発費は、前年比29%増の60億円を予定する。あるパートナー企業と開発中の教育用タブレットでは、書くまでの時間、筆運び、筆跡などからAIが生徒別に次の問題を用意するシステムを構築している。他社との協業も積極的に行うことで、ワコムに今までなかったビジネスモデルが生まれているという。
「ワコム第3章」のなかで、井出社長が最も重視しているのが⑤。財務的な成長だけでなく、人間と社会にとって意味深い成長を目指す。
「株主還元など上場企業としてのベースラインは守りながらも、お客様、社員、会社にとっての多面的な成長意義を追い求めたい。絵でも字でも人が一生通じて行う『書く・描く』という行為を支え、技術革新し続けます」(同氏)
22年3月期の売上高は前期比6%減の1020億円、営業利益は同18%減の110億円を見込む。研究開発費の増額により新技術を培い、24年3月期を目途に更なる成長ステージへの移行を目指す。
2021年3月期 連結業績
売上高 | 1085億3100万円 | 前期比22.5%増 |
---|---|---|
営業利益 | 134億700万円 | 同140.8%増 |
経常利益 | 140億9100万円 | 同171.3%増 |
当期純利益 | 102億2600万円 | 同161.0%増 |
2022年3月期 連結業績予想
売上高 | 1020億円 | 前期比6.0%減 |
---|---|---|
営業利益 | 110億円 | 同18.0%減 |
経常利益 | 110億円 | 同21.9%減 |
当期純利益 | 80億円 | 同21.8%減 |
※株主手帳11月号発売日時点
(提供=青潮出版株式会社)