最近は新聞等のメディアはもちろんのこと、空港のラウンジや新幹線のグリーン車などでも、明らかに富裕層を意識したと思われる金融機関の広告などが目につくようになった。筆者自身、バークレイズ・ウェルスISSヘッドとして富裕層ビジネスの最前線に立った経験もあり、現在も富裕層関連の新聞記事や広告に敏感に反応するようなところもあるが、各金融機関が富裕層ビジネスに力を入れていることは確かなようだ。

しかしながら、日本の富裕層向け金融サービスについては課題が山積みと言わざるを得ない。富裕層ビジネスの最前線に立っていた筆者の経験から言わせていただくと、数多くの課題のなかで最も解決難度が高いのは、文化的背景の違いを乗り越えることだろう。日本と欧米の文化にはそれくらい大きな違いがある。

日本では馴染みが薄い「スチュワードシップ」という考え方

富裕層向け金融サービス,課題
(画像=metamorworks / pixta, ZUU online)

たとえば「スチュワードシップ(Stewardship)」という言葉がある。一般の人には馴染みがないかもしれないが、少なくとも機関投資家ならば絶対に知っている(知っていなければならない)言葉だ。なぜなら、この言葉から発展した機関投資家の行動規範「スチュワードシップ・コード(Stewardship Code)」は、いまや国際基準となっているからだ。

ちなみに、日本では2014年に金融庁が「日本版スチュワードシップ・コード」を制定、2017年の改訂を経て今日に至っている。その主たる目的は、投資家(株主)という立場からのコーポレートガバナンスの向上であり、「スチュワードシップ責任」などを定めている。強制力のある法律ではないが、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)をはじめとする機関投資家などは自らの行動規範として高らかに標榜している。

さて、上記の通り、機関投資家にとっては常識である「スチュワードシップ」も一般の人には馴染みがないかもしれない。たとえば「スポーツマンシップ」や「フレンドシップ」なら、同じ「~シップ」であっても「スポーツマン」や「フレンド」という言葉自体が身近なものなので、これらは「スポーツマン精神」や「友情」を意味すると何となく察しがつくだろう。しかし、「スチュワードシップ」は一般の人には決して身近な言葉とはいえない。

まず、「スチュワード」とは何のことだろうか? これを女性名詞にすると「スチュワーデス」となる。若い人はご存じないかもしれないが、昔は航空会社の客室乗務員の女性を「スチュワーデス」と呼んでいた。現在は「CA(キャビンアテンダント)」と呼んでいるが、高齢者のなかにはいまだに「スチュワーデスさん」と呼ぶ人もいる。

CAの仕事は華やかで魅力的に映るかもしれないが、意外と知られていないのが機内の安全確保などを行う「保安業務」だ。そう考えると「執事」という語源を持つ「スチュワードシップ・コード」の意味が何となく理解できるのではないだろうか?

プライベートバンカーの役割は、欧州で古くからある「執事」に近い

だが残念ながら、日本ではこの「執事」という職業自体がほとんどの人に馴染みがない。それこそ「お手伝いさん」や「家政婦」のようなものだと考える人もいるかもしれない。

実際に欧州で古くからある「執事」という職業は、貴族の「金庫番」であり、貴族の生活全般をサポートする裏方の総元締めのような位置づけである。この「スチュワードシップ・コード」の発祥の地が英国だといえば納得できるのではないだろうか。あえて、日本で似たものを探すとすれば、感覚的には「番頭」が近いように思われる。

そして、その「執事=スチュワード」という職業の基本精神を表したものが「スチュワードシップ」なのである。したがって、そこには「ご主人様への誠実なる忠誠心」のようなものも含まれる。

この「スチュワードシップ・コード」自体は機関投資家、すなわち運用会社が掲げるものであり、いわゆる「セルサイド」と呼ばれる証券会社などが掲げるものではない。しかしながら、「執事」の役割に注目するならば、本来は「プライベートバンカー」こそが、(スチュワード(執事)と)ニアリー・イコール(ほとんど等しい)な立場だろうと、筆者は考えている。実際、バークレイズ・ウェルスISSヘッド時代にグローバル・ミーティングに参加するたびに、「プライベートバンカー≒執事」であるということを実感した。お客様である富裕層の資産管理を含め、資産運用から日々の資金決済まですべてを担うのが執事だ。

執事はこれ見よがしに「成金趣味」な宣伝活動をしない