要旨
岸田政権は、オミクロン株の感染拡大をうまく制御できるだろうか。鍵を握るのは、3回目のワクチン接種をどのくらい早く進捗させられるかである。もうひとつ、今後、無症状の市中感染者をあぶり出すための検査の徹底も求められる。岸田首相は、感染防止とともにどこまで経済活動への制限を最小限にするかも注目される。
虎口を脱せられるか?
2022年が始まった。偶然にも、丁度1年前の2021年初にも同じような展開であったことを思い出す。2021年1月4日には、当時の菅首相が記者会見を行って、7日から1都3県に緊急事態宣言を発令すると発表した。新規感染者数は、1月中に大きく増加した。その効果は消費を大きく下押しする。総務省「家計調査」の勤労者世帯の消費支出は、前月比▲7.3%と大幅下落した。その前年の10~12月の消費回復は、2021年1月から暗転した。
政府は、2022年1月7日に沖縄県、山口県、広島県にまん延防止等重点措置を適用した。オミクロン株の感染スピードは極めて速く、今後、全国各地で同様の措置が採られる可能性は十分にある。
他の状況についても、2021年と2022年はよく似たところがある。菅政権は2021年7月に五輪開催を控えていた。是が非でも、ワクチン接種を進めて、感染拡大に歯止めをかけたいと、2021年初に菅首相は思っていたことだろう。岸田首相も、現在、2022年7月の参議院選挙に向けて、何としても3回目のブースター接種を進捗させて、感染抑制を成功させたいと考えている。
菅首相の場合、ワクチン接種の進捗が僅かに遅かった。そのペースが急速に進んだのは6月頃からだった。多くの人が、あと3か月早くワクチン接種が始まっていれば、菅首相は辞職しなくて済んだだろうと言っている。この教訓は、そっくりそのまま岸田首相にも当てはまる。岸田首相は、虎口をうまく脱することができるのだろうか。
従来型の対応の限界
今後の景気シナリオに影響するのは、1~3月に緊急事態宣言が発令されるケースだ。今のところ、政府は新規感染者をすべて入院させず、自宅療養を認める方針を決めている。その背景には、医療の逼迫を回避したいという思いがあるからだろう。しかし、感染者がうなぎ登りに増えれば、医療の逼迫を懸念する声は強まる。岸田首相がやむを得ず緊急事態宣言を決断することはあり得る。そのとき、飲食・宿泊サービス、娯楽、交通などにサービス分野は大きな経済損失を被るだろう。
オミクロン株の場合、重症者は少なく、軽症で済むと言われる。しかし、オミクロン株に感染しても無症状者の人が多くいるため、感染を自覚せずに外出して感染を広げる可能性は高い。感染爆発は、従来のように、飲食店などに集中した営業制限をしても歯止めがかかりにくいと考えられる。「見えない市中感染リスク」をどう制御するかが課題になる。
ワクチン接種の課題
オミクロン株の感染は、2回接種を済ませた人まで広がっている。その中には医師も含まれている。その理由は、接種を終えた人が体内に保有する抗体量が、数ヶ月※で減少することにある。
※ファイザーのワクチンでは、接種後6ヶ月過ぎると、85~90%の抗体が減るという報告が複数ある。3ヶ月を経過すると、抗体が半減するという。
2回接種者でも、時間の経過とともに免疫力が落ちてしまうから、感染力の強いオミクロン株の感染を許してしまう。それを防ぐには、3回目のブースター接種を極力急ぐ必要がある。政府は、当初、接種完了後8ヶ月を経過した人を念頭に3回目接種を計画していたが、認識を改めてより接種期間を短くすることを認めている。自治体は、前倒しして接種する予定を明らかにしている。
現在は、医療関係者が3回目接種を進めている(12月1日~)。65歳以上の高齢者は、2022年1月中に接種開始される。64歳以下は、それよりも遅れて開始される見通しである。2回目の接種記録を確認して、早く打った人が3回目をなるべく早く打てる手順になっている。
しかし、オミクロン株の感染力の強さを考えると、こうした対応でも、感染拡大を止めるには遅すぎる可能性がある。従って、政府は時間との戦いを強いられる構図だ。過去の接種ペースを振り返ると、2021年6~9月は平均1日100万回以上の接種を実現していた(図表)。月平均では3,000万回のペースである。今後、そのペースが再現できるならば、高齢者接種を1月中に開始して5月初に約1億人に3回目接種ができる計算になる。それでもまだ遅すぎるかもしれない。
今後、岸田政権は最善を尽くしている姿を国民に理解してもらうしかない。必要な対応としては、国民に積極的に3回目を受けるように、啓蒙活動を行うことだろう。接種を急ぐために、職域接種や集団接種会場の設置は有効である
市中感染対策
緊急事態宣言と言えば、人々の外出を抑えるために、飲食店の営業時間が短縮する対応が採られたことを思い出す。見えない市中感染が広がっている中で、夜間外出の機会だけを絞ろうとしても、効果は限定される。飲食業界からは、自分たちだけが犠牲になっているという怨瑳の声も聞かれる。酒類提供を控えることも、飲食店以外に、酒造・飲料メーカーに深刻な打撃を与える。こうした経験を考慮して、岸田政権が経済活動の制限を見直すかが注目される。
2020年4~5月の1回目の緊急事態宣言のように、経済活動を停止させても、市中感染が広がっている中では、緊急事態宣言を解除すれば、その後、しばらくして感染拡大は戻ってくる。もうひとつの教訓は、ワクチン効果である。2021年夏場の第5波が収まったのは、やはり6~9月にかけてワクチン効果があったのだろう。接種率が50%以上になって、9月に入って感染ペースが落ちてきた。その経験を踏まえると、3回目の接種を済ませた人を増やせば、オミクロン株の拡大をペースダウンさせることに寄与するはずだ。岸田政権には、一時的に経済を止める発想よりも、ワクチン接種加速に力点を置いてほしい。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生