この記事は2022年3月25日に「ニッセイ基礎研究所」で公開された「ESG投資の近年の進展」を一部編集し、転載したものです。

目次

  1. 要旨
  2. 1 ―― ESG投資の拡大
  3. 2 ―― 近年のESG投資の進展
    1. 2 ― 1 ESGに関連するルールの整備
    2. 2 ― 2 ESG投資手法の改善
  4. 3 ―― ESG投資の今後の課題
    1. 3 ― 1 ESG評価情報の整備
    2. 3 ― 2 専門知識を持つ人材や体制の整備
  5. 4 ―― 終わりに

要旨

ESG投資
(画像=PIXTA)

社会や環境への関心の高まりを背景にESG投資の拡大が続いている。近年ではESGを考慮する投資家が増加するとともに、ESGに関するルールの整備やESG投資手法の改善が進められている。

ただし、ESG投資にはESG評価情報の整備や専門知識といった今後の課題点も指摘されている。IFRS財団によるESG開示基準の集約などの動向が注目される。社会や環境の改善に向けて、ESG投資のさらなる進展を期待したい。

1 ―― ESG投資の拡大

環境・社会・ガバナンス(企業統治)といった社会や環境などへの影響を考慮するESGへの関心が高まっている。2021年8月に米国南部に上陸したハリケーン「アイダ」やドイツやベルギーなど欧州各地での洪水など大規模な災害が立て続けに発生したことから、気候変動をはじめとした環境問題が世界的に注目された(*1)。日本でも2019年10月に関東地方や甲信地方、東北地方などで記録的な大雨をもたらした台風19号や2021年7月に静岡県熱海市で発生した土砂災害などの大規模な災害の発生から気候変動への関心が高まっている。

また、ダイバーシティや女性活躍の推進、地域社会との共生、サプライチェーン上での人権尊重といった社会課題が注目されることによって、企業も適切な対応が求められている。2021年1月には、ユニクロの綿シャツが原料である中国新疆ウイグル自治区産の綿の生産において少数民族の強制労働が行われているとして、米国税関・国境警備局により輸入を差し止められた(*2)。ブランドイメージの維持や安定的な事業の継続には社会的要因の考慮が必要となっている。

こうした社会や環境への関心の高まりを背景にESG投資の拡大が続いている。GSIAの調査によれば、世界のESG投資の投資残高は2016年の22兆8,390億ドルから2020年には35兆3,010億ドルに増加している(*3)。地域毎に見ると、米国では2016年の8兆7,230億ドルから2020年には17兆810億ドルに倍増した。

欧州ではESGの定義の厳格化により、2016年の12兆400億ドルから2020年の12兆170億ドルと僅かに減少したものの、ESG投資の質の向上が進められている。日本では、2016年の4,740億ドルから2020年には2兆8,740億ドルと大幅に増加している(図表 - 1)。ESG投資は海外で先行してきたものの、国内でもESGを考慮する投資家が増加している。

ESG投資の近年の進展
(画像=ニッセイ基礎研究所)

*1:日本経済新聞、「21年の自然災害、世界の損失は19兆円超 英団体調査」、2021年12月28日
*2:ロイター通信、「ユニクロの綿シャツ、米が1月に輸入差し止め 新疆の強制労働巡り懸念」、2021年5月19日
*3:GSIAとは ESG の普及を目的とする活動を行う団体であるGlobal Sustainable Investment Alliance(世界持続可能投資連合)の略称である。GSIAは各年毎に世界の ESG 投資に関する状況をまとめ、公表している。直近では、2021年に「GLOBAL SUSTAINABLE INVESTMENT REVIEW 2020」を公表した。


2 ―― 近年のESG投資の進展

前章で述べたようにESGを考慮する投資家が増加するとともに、近年では(1)ESGに関するルールの整備や(2)ESG投資手法の改善が進められている。

2 ― 1 ESGに関連するルールの整備

法制度や国際機関が公表するイニシアチブといったESGに関するルールの整備の進展がESG投資の普及を後押ししている。ESGに関するイニシアチブは大きく(1)社会課題への取り組みの方針、(2)企業などの情報開示の枠組み、(3)投資や金融に関する枠組みがあり、情報開示基準の公表により企業にESGに関する情報開示を促すとともに、ESG投資に関する原則・ガイドラインを示すことで投資家が実際にESG投資を行うことを後押ししている(図表 - 2)。

また、欧州ではEU職域年金基金指令により一定以上の規模の年金基金で投資運用プロセスにおけるESGの考慮が原則化されるなど、法制度の面からもESG要素の考慮が求められている(*4)。

日本でも2014年に、金融庁が主導して機関投資家に対して責任ある投資を促すための原則である「日本版スチュワードシップ・コード」が策定された。また、2015年には適切な情報開示など企業の行動原則をまとめた「日本版コーポレートガバナンス・コード」が策定されており、ESG投資に関するルールの整備が進められている。

ESG投資の近年の進展
(画像=ニッセイ基礎研究所)

*4:環境省、「企業との対話環境を巡るグローバルな変化」、2018年2月9日


2 ― 2 ESG投資手法の改善

また、近年ではESG投資手法の改善が進められている。図表 - 3はGSIAによる手法別ESG投資金額を示している。これを見ると、2016年にはネガティブ・スクリーニングの投資残高が最も大きかったが、2020年にはインテグレーションの金額が大きく増加している。不適切な企業を単純に投資対象から除くネガティブ・スクリーニングに代わって、投資プロセスの中でESGに関する情報をより効果的に活用するインテグレーションが増加している。

従来は、投資判断において売上高や利益などの財務情報が主な情報として活用されていたが、近年では、投資プロセスの中でのESGに関する情報などの非財務情報の活用が進められている。

ESG投資の近年の進展
(画像=ニッセイ基礎研究所)

3 ―― ESG投資の今後の課題

このように、ESG投資は投資家への普及が進むとともに、制度や手法の改善が継続的に行われている。ただし、ESG投資にはいくつかの今後の課題点も指摘されている。具体的には、(1)ESG評価情報の整備、(2)専門知識を持つ人材や体制の整備といった点が挙げられる。

3 ― 1 ESG評価情報の整備

多数の評価機関が様々な観点から企業のESG評価を行っているが、評価方法は一律ではなく類似する項目でも評価手法や評価結果に食い違いがある、評価作業が属人的であるといったESG評価に関する課題点が指摘されている。また、企業によっては必ずしも充実したESG情報の公表を行っておらず、開示する項目にもばらつきがある。

また、ESG情報の開示についてもTCFD、GRIスタンダードといった国際イニシアチブが多数存在しており、統一した開示基準への集約が必要と指摘されている。こうした中、国際会計基準(International Financial Reporting Standards:IFRS)の策定を担うIFRS財団は、ESGに関する統一した国際基準の策定を模索している(*5)。ESG情報の開示ルールの整備や評価手法の改善が今後の課題となっている。


*5:日本経済新聞、「ESG開示で基準統一模索IFRS財団、来年6月までに 各国の主導権争い激しく」、2021年9月22日


3 ― 2 専門知識を持つ人材や体制の整備

ESG の投資への効果的な活用や推進には従来の経済・金融だけでなく、環境問題に関連した自然科学、ガバナンスに関連した法律といった知識が必要となる。さらには最新のESG関連技術の動向を把握し、投資プロセスの中で活用する専門知識も必要となる。こうした専門知識を自社のリソースのみでカバーすることは難しく、外部の専門家と連携する体制を構築していく必要があるだろう。

4 ―― 終わりに

近年では、環境や社会への関心の高まりを背景にESG投資の拡大が続いている。ESGを考慮する投資家が増加するとともに、ESG投資や情報開示などに関するルールの整備が進められている。

ただし、ESG投資の手法は完成されたものではなく、企業のESG評価手法や投資プロセスの中でのESGに関する情報の活用手法の更なる改善といった課題点もある。社会や環境の改善に向けて、ESG投資のさらなる進展を期待したい。


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原田哲志(はらだ さとし)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 准主任研究員・ESG推進室兼任

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