この記事は2022年7月22日に「第一生命経済研究所」で公開された「景気動向指数にサービス分野を拡充した新指数が登場 」を一部編集し、転載したものです。
景気動向指数で、サービス分野を大幅に拡充した新指数が参考指標として公表に
内閣府は2022年7月19日に、景気動向指数において、現在公表しているCI一致指数よりもサービス関連等を拡充した新たな指数(*1)を公表する方針を発表した。現行のCI一致指数は採用系列が製造業に偏っているとの批判(*2)が従来からあり、内閣府も検討を進めてきたが、今回、サービス分野等も幅広く含んだ指数を新たに作成し、より景気実態を的確に把握することを目指すことになった。この新指数は当面、参考指標としての位置づけとなり、現在のものと併存する形となる。
また、公表のタイミングは経済産業省公表の第3次産業活動指数の公表の数営業日後とされており、初回(2022年6月分)は2022年8月下旬公表となる予定である。
*1:正式名称は「景気を把握する新しい指数(一致指数)」。
*2:https://www.dlri.co.jp/report/macro/186960.html
Economic Trends「サービス消費の動向を反映できない景気動向指数~求められる経済のサービス化への対応~」
新指数の作成方法は以下の通り。新指数では、生産面(供給)、分配面(所得)、支出面(需要)にそれぞれ対応した指標が合計17系列選定されている(現行の一致指数は10系列)。それを生産面(供給)、分配面(所得)、支出面(需要)ごとに各指標に付されたウェイトで加重平均し、3面ごとに指数を作成する。その後、されにそれを1つの指数として合成する形で作成されることになる。
経済活動を幅広く把握。既存指数よりGDPに近いものに
新指数の特徴として、以下の3つが挙げられる。
1つめは、サービスを中心として、非製造業部門のデータが大幅に拡充されたことである。現行の一致指数では、採用系列の多くが製造業関連で占められており、経済のサービス化に十分対応できていないとの批判があったが、新指数においては、サービス業の動向を示す第3次産業活動指数、建設部門の活動を把握する建設出来高、ソフトウェア投資やサービス輸出など、非製造業関連のデータが多く追加されている。これにより、より幅広く経済活動を捉えることができるようになる。
2つめは、「経済の総体的な量の変動」を反映していることである。現行の景気動向指数は、各採用系列のなかで共通する変動を抽出するという考え方で作成されており、採用系列それぞれにウェイトは付されていなかったが、今回の新指数では、生産面では財:サービス=4:6、分配面では家計:企業=7:3、支出面では消費:投資:輸出=6:2:2となるようにウェイトが付与されている。
結果として、GDPを目的変数として月次で速報性のある指標を作成することを試みたような形となっている。実際、新指数は、現行のCI一致指数よりもGDPに近い動きを示す。
ただし、景気の自律的な動きに焦点を当てるため、景気対策としての政府支出、在庫の増減、輸入については、むしろ全体の変動を打ち消す要因になるため新指数には敢えて含めず、それらを除いた国内民間最終需要や輸出といった項目を中心に考える形となっている。
3つめは、生産→分配→所得→生産という景気の波及を念頭におき、生産面(供給)、分配面(所得)、支出面(需要)の3面それぞれから景気を把握していることである。生産、分配、支出のどの面からみても等しくなるというのが三面等価の原則だが、どの面から見るかで、見え方は大きく異なる。これにより、景気をより多角的に見ることができるようになるだろう。
なお、毎月の公表に際しても、全体を合成した新指数のほか、生産面(供給)、分配面(所得)、支出面(需要)別の指数が公表されるほか、財、サービス別の指数も公表される予定となっている。
山谷が付きにくい新指数。両者で判定が異なる場合の説明については要検討
このように、今回の新指数は従来のものとは大きく異なる考え方で作成されており、非常に意欲的な試みである。今後、新指数が期待された通りに景気をより的確に把握できるかどうか、データの蓄積を踏まえて改めてパフォーマンスが検証されていくことになる。
なお、この新指数については、運用面で検討すべき点がある。それは、既存のCI一致指数と今回の新指数が併存することによる分かりにくさという問題である。両者は採用系列も作成方法も異なることから、当然、出てくる数字も異なり、方向性すら逆になるということも起こり得る。
特に、景気の山谷のタイミングが両者で大きくズレる可能性がある点については、利用者に混乱を招きかねないため、丁寧な情報発信が求められるところだ。
現行の景気動向指数では、景気変動を的確・迅速に把握するため、景気に敏感に反応する系列が選択されてきた一方、新指数では、安定的に動く傾向があるサービス部門が多く含まれており、変動のタイミングも現行のものより遅れる可能性がある(新指数に採用されている第3次産業活動指数は、現行指数では遅行指数に含まれている)。
結果として、新指数では景気の山谷のタイミングが現行のものよりも遅れる、あるいはそもそも山谷がつきにくいということになる。長期にわたり、山も谷もつかないというのであれば、景気変動を把握するという景気動向指数の目的を果たすことができないとの批判も出てくるかもしれない。
このように、新指数は、現行指数よりも経済活動を幅広く捉えているという長所がある一方で、景気循環を把握するという観点からは現行指数に劣る可能性がある点には注意が必要だろう。
実際、直近の景気の山は2018年10月とされているが、新指数をみると、その時点では緩やかな上昇傾向にあり、新指数では2019年9月が山のように見える。
また、景気後退局面と認定されている2012年3月~11月についても、新指数では目立った落ち込みはみられていない。このように、現行の景気動向指数と新指数では、景気局面の判定に大きな違いが生じる可能性があることに注意が必要だ。
ちなみに内閣府は「景気を把握する新しい指数(一致指数)を用いて過去の山谷を判定し直すことはしない」としているため、過去の景気の山谷が覆ることはない。ただ、今後については、両者の相違が問題になる可能性は否定できないだろう。
内閣府は「景気の山谷の判定については、当面従来の手法で行う」としていることから、おそらく次回の山谷の判定は、現行の指数を用いて行われることになるだろう。その際、現行指数と新指数で、それぞれ示唆する景気の山のタイミングが大きく異なれば、説明は非常に難しいものになる。
たとえば今後、仮に米国経済が悪化に転じて世界経済に悪影響を与えた場合、輸出の減少を通じて我が国の製造業部門が落ち込む公算は大きく、現行の景気動向指数から判定すれば景気後退局面となる可能性は十分にあるだろう。
一方、コロナ禍からの正常化の動きが続くことで個人消費が底堅さを保つことができれば、製造業が落ち込むなかでも新指数は上昇傾向で推移するかもしれない。
この場合、どのようにアナウンスするのが良いだろうか。「山谷の判定は現行指数で行っている。新指数はあくまで参考指標なので判定には影響しない」とするのが普通だが、この場合、「製造業で落ち込んでいても、経済全体で悪化していないのであれば、それは景気後退とは言えないのではないか」との批判が出ることは避けられそうにない。
このように、両者が併存することで、説明はかなり難しくなる。今後、既存の指数と新指数の関係をどのように位置づけていくか、景気の山谷の判定に際して両者に大きな違いが出た場合にどのように情報発信していくか、といった点について、しっかり議論していくことが求められる。
(参考文献)
飯塚信夫「これで本当に良いの?内閣府の新景気指数」
https://note.com/todobuono/n/n7f33fe7cb591新家義貴「サービス消費の動向を反映できない景気動向指数~求められる経済のサービス化への対応~」
https://www.dlri.co.jp/report/macro/186960.html内閣府経済社会総合研究所「景気を把握する新しい指数の検討状況について」