本記事は、井堀利宏氏の著書『政治と経済の関係が3時間でわかる 教養としての政治経済学』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています
人命と経済の問題 コロナ危機への対策
●ロックダウンで人流を抑制して人々の接触を回避
コロナ危機への政策的対応は多方面にわたっており、政治の役割が重要になります。感染を抑制するための基本は、やはり人々の接触行動をなるべく回避することです。コロナは飛沫感染や物理的な接触で感染するため、他人との接触を抑えると、感染しづらくなるからです。逆に、通常の経済社会活動を続けると、感染のリスクも高くなります。
コロナのような感染症では、誰が感染しているのかの情報が不可欠です。感染者を早めに隔離できれば、それ以上の感染拡大を抑制できます。しかし、コロナは無症状でも感染させてしまうため、自然体では感染抑制は難しいです。そこで考えられる1つの対策はロックダウンです。感染している、いないにかかわらず、無症状の人がお互いに接触する機会を減少させる政策です。ロックダウンが完璧に実行できれば、この政策は効果を持ちます。しかし、経済活動を強制的に止めてしまうので、経済的なコストも膨大になります。
多くの国ではロックダウンで人々の行動を抑制し、自宅にとどまるステイホームが最優先の選択肢となりました。また、外で行動する場合もマスクをつけることが推奨されました。さらに、会食の機会で感染リスクが高くなるため、レストランなどでは営業に対する規制(閉鎖や営業時間の短縮、人数制限、アルコール提供の制限、マスク会食)が実施されました。また、高齢者の感染リスクが高いために、老人のケア施設や訪問介護への規制も実施されました。学校も集団生活での感染リスクを懸念して、オンライン教育に移行し、対面での授業は敬遠されました。
こうした人流を抑制する方策は、法律などで強制力を使う諸外国での厳しい対応(ロックダウン)と、人々の自発的な協力に任せるしかない我が国の緩い対応(緊急事態宣言)に分かれます。日本で緩い対応が選択されたのは、法律の裏付けがなかったという面もありますが、人々が周りの目を気にする規範が強く、自粛がそれなりに機能しているからという面もあるでしょう。政府が強制しなくても、マスクの着用要請にほぼ100%の国民が従っているのは、欧米諸国からは驚異に見えたでしょう。
●経済に与える負荷が小さいPCR検査
もう1つの対応は、PCR検査などで感染者をあぶり出して、無症状の感染者を早めに隔離することです。この場合はPCR検査の精度が問題になります。擬陽性と偽陰性という両方の誤りがあり得るからです。前者の場合は、必要ない人まで隔離するコストであり、後者の場合は、隔離すべき人を隔離しないリスクとなります。ただし、経済活動を厳しく制限しなくて済むため、経済に与える負荷は小さいです。
中国、韓国などはこうした検査を徹底しましたが、我が国の検査件数は少ないままでした。無作為の大規模検査よりも、感染者の濃厚接触者を洗い出すという我が国の方針は、感染者が少ない感染初期にはクラスターの追跡と感染防止に役立ちましたが、感染が蔓延し始めると、機能しなくなりました。
●コロナ対策の切り札となっているワクチン接種
2020年後半になって、コロナの治療薬やワクチンの開発も急ピッチで進展しました。2020年12月に欧米各国はワクチン接種を開始。これがコロナ対策として有効で、世界の多くの人が接種できるようになれば、コロナ危機を克服する道筋が見えてきます。欧米先進諸国のワクチン接種効果を見ると、感染拡大は抑制されており、まれに重篤な副反応というコストはあるものの、また、変異種への効果に不透明性もあるものの、ワクチン接種はコロナ対策の切り札になっています。
ただし、ワクチン接種は国際的なばらつきが大きいです。イスラエルなど医療情報をデジタルで管理している国では、ワクチン接種が進んでいます。これに対して、先進諸国でも対象となる人口が多く、ワクチンの配送や対応できる医療従事者の制約が厳しい国では、想定通りには進んでいません。また、途上国はそもそも医療環境が悪く、またワクチンを自前で購入する資金も乏しいため、接種のハードルは高くなっています。中国が自国で開発したワクチンを途上国に提供していますが、これには自国の影響力を強めようとする政治的思惑があります。
また、アメリカではトランプ前大統領がコロナ被害を過小評価したこともあって、マスク着用もワクチン接種も共和党の支持者の多い州や地域では遅れています。自由と自己責任を強調する人は、ワクチン接種を強制されることもいやがります。宝くじなど高価な景品でワクチン接種を進める州も多く、ワクチン予約に高齢者が殺到した我が国とは対照的です。
日本では、G7でもっともワクチン開発と接種が遅れました。先進諸国の中で比較的コロナ感染が少なく済んできたという緊張感のなさが、日本政府の緩やかな対応を生みました。また、過去の経験から厚労省がワクチンの副反応リスクに過度に敏感になり、必要以上にワクチン承認に時間をとったことも、影響しました。国民の多くがワクチンの副反応リスクを気にすると、ワクチン接種のメリットは政治的に支持されなくなります。
●金融緩和を強化して株価を上昇させて対応
繰り返し述べているように、コロナは経済に大きな打撃を与えました。コロナ対応の経済政策は、被害を受けている家計や企業への財政金融面からの支援が中心になります。まず、金融政策の支援から見ておきましょう。
金融当局はコロナ危機を受けて、金融緩和政策を強化しています。まずは、株価対策です。コロナ危機の発生は予想外のマイナスショックなので、2020年春にコロナ危機が顕在化したとき、投資家の心理は冷え込み、株価は大きく下落。株価の低迷は経済活動にもマイナスの影響をもたらすので、株価の維持が金融政策の目標になりました。
金利を下げれば、株価は上昇します。金利がほとんどゼロだと、預貯金や債券を購入しても利子収入はほとんどゼロなので、お金をそうした資産で運用する人は少なくなるからです。株で運用すれば、金利が低くても、配当を期待でき、株価が上昇すればキャピタルゲイン(株の売却での利益)も見込めます。さらに、日銀が積極的に投資信託を購入しているので、当面株価は下がりにくい状況です。
投資家の多くがこのように期待すると、株式の需要は拡大するので、株価は上昇します。そうすると、さらに一般投資家の購入意欲が刺激されるという流れです。政府も政治家も、コロナ禍で少しでも明るい経済指標を見い出したいので、株価の上昇を期待しがちになります。政治からのこうした暗黙の要請もあり、世界中の中央銀行、なかでも日銀は積極的な金融緩和政策を続けているのです。
もちろん、需要面からGDPを増加させる常套手段は、積極的な財政政策です。しかし、財政政策の発動には予算編成と国会での議決が必要になり、時間がかかります。まして、コロナ対策で経済活動の抑制が求められる状況では、積極的な財政政策にも限界があります。したがって、株価対策としての金融政策には即効性も有効性もあるので、政治的にもこちらの期待が大きくなります。ただし、株価の上昇は将来の企業収益の拡大(=配当の増大)を織り込んだものなので、いつまでもGDPの低迷が続くようだと、将来の楽観的展望が崩れて、いずれは暴落=バブルの破裂という懸念もあります。
では、株価対策以外の金融支援としては何があるでしょうか。資金繰りが厳しくなった企業への金融支援が考えられます。一般に、業績が悪化した企業に無担保で融資すると、場合によっては不良債権化するので、コロナ危機に直面して、民間の金融機関は貸し渋りになります。そこで、無担保融資で焦げ付きが生じても、政府や日銀がそれを事実上肩代わりする支援を、民間金融機関に保障します。こうなると、民間金融機関も積極的に融資しやすくなります。これは、不良債権化して焦げ付いた損金を、結局は税金でカバーすることになるため、将来に財政負担を発生させますが、コロナ危機のような非常時にはやむを得ないでしょう。
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