本記事は、井堀利宏氏の著書『政治と経済の関係が3時間でわかる 教養としての政治経済学』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています

「公助」としての再分配政策が重要

政策空間再考
(画像=PIXTA)

格差対策の1つが再分配政策です。所得や富の豊かな人からその一部を税金で取り上げて、それを貧しい人に補助金として再分配する政策は、政府の大きな責務です。累進的な所得税や相続税などで富裕層から徴税し、生活保護などで貧困層へ給付するのは、そうした再分配政策の代表例です。コロナ危機で格差が2極化している現在、再分配政策はますます重要になっています。

図3-3は、我が国の所得税の累進構造を示しています。所得が高い富裕層ほど、適用される税率も高くなり、それだけ税負担は重くなります。なお、相続税もほぼ同様な累進税率になっています。

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(画像=『政治と経済の関係が3時間でわかる 教養としての政治経済学』より)

これに対して再分配の代表例である生活保護は、厚生労働大臣が定める基準で計算される最低生活費と収入を比較して、収入が最低生活費に満たない場合に、最低生活費から収入を差し引いた差額を保護費として支給します。表3-1に示すように、生活保護の種類としては8つの扶助があります。支給額は居住地域や家族形態などで異なりますが、単身者であれば1カ月あたり10万〜13万円、夫婦2人世帯で15万〜18万円、母子家庭は母子加算によって19万円、子供がいる4人家族であれば30万円近く支給される世帯もあります。

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(画像=『政治と経済の関係が3時間でわかる 教養としての政治経済学』より)

生活保護を受けている人数は200万人程度(2020年)で、その世帯数は160万世帯程度です。そのうち、高齢者世帯が90万世帯、母子世帯が75万世帯、障害者・傷病者世帯計40万世帯、その他の世帯25万世帯程度です。

これに対して、寄付などの民間の自発的な再分配行為もあり得ます。コロナ禍でもアメリカの大富豪ビル・ゲイツなどの豊かな人はそれなりに公益活動に寄付をしていますし、ホームレスの人への食料提供など、貧しい人を支援するNPOの慈善活動も盛んです。こうした民間のNPO活動も一定の再分配効果は期待できるので、「共助」にも重要な役割があります。

ただし、民間の自発的な再分配=共助では、差し出す富裕層の納得感や合意が前提であるため、それだけで必要十分な規模の再分配を実現するのは難しいでしょう。まして、共助だけで、様々な境遇にある多くの弱者に公平に援助の手が差し伸べられるかも不透明です。寄付行為は利他的動機で自分の所得や資産の一部を差し出すことですが、こうした民間の共助のみで望ましい大きさの再分配は実現しないでしょう。

政府は国家権力を持つ公的組織なので、豊かな人から強制的に徴税し、その資源を貧しい人への補助金に使用できます。政府が強制的に税制などで富裕層の所得や富の一部を真の弱者に再分配することで、社会的な公平性や秩序も持続可能になり、望ましい再分配も可能となります。民間の利他的な「共助」も重要ですが、再分配政策の中心は「公助」です。

再分配はやりすぎると経済的な弊害も大きくなる

常識的には、大金持ちから所得や資産の一部を取り上げて、それを貧しい人に給付することに、多くの人々は納得するでしょう。しかし、問題はその対象と程度、つまり、どのような富裕層を対象に、どの程度の規模で再分配の資源を確保し、また、それをどの範囲の貧しい人にどの程度給付するかです。

大金持ちの人でもIT企業の創業者のように、その資産を自分の才覚と努力で積み上げてきたとすれば、その多くが政府に徴収されることには抵抗します。汗水垂らして努力しても、その果実である所得や富が大きく減少するのでは、努力の成果を実感できません。事後的な再分配は経済活動の成果に直接介入するため、やりすぎると経済的な弊害も大きくなります。

また、生活保護者など再分配先が真の弱者でない人に向けられるなら、富裕層のみならず一般の所得税負担者も徴税に抵抗します。徴税された財源が有効に使われるなら納得できても、弱者でない人がその恩恵に預かるなら、不公平であり、納得できないでしょう。ですから、再分配政策では政治の信頼性がもっとも問われます。公平で効率的に再分配政策を実施することは、政治の大きな責務となります。

なお、再分配の対象は個人間だけではありません。我が国でも、個人間(金持ちから弱者への再分配)に加えて、地域間(富裕な都会から貧しい地方への再分配)、世代間(勤労世代から老年世代への年金や医療など社会保障による再分配)の再分配が大きな規模で実施されています。中でも、少子高齢化とともに、世代間再分配の比重は年々大きくなっています。また、国際的な視点で見ると、裕福な先進諸国と貧困・飢餓にあえぐ途上国との格差も拡大しています。先進諸国から途上国への国際間の再分配も重要です。

有権者の価値判断が再分配の程度を左右する

政府が再分配を実施する場合、弱者をどれだけ配慮するかという公平性の価値判断が重要になります。一般的に、弱者のことを真剣に気にかける利他的で「慈悲深い」政府ほど、再分配にも熱心で弱者への支援も手厚いでしょう。有権者の多くがこうした価値判断を持てば、与党政治家や政府もそれに従って手厚い再分配政策を実施します。

仮に、もっとも恵まれていない人(=最貧困層)の経済環境を良くすることが最優先であり、それ以外の人の経済環境が少し悪くなっても仕方がないという公平性を最重視した価値判断(=ロールズ的な価値判断)に立つと、相当大規模な再分配が実行されるので、再分配後の格差はかなり縮小されます。

他方で、すべての国民の経済環境に目配りする中で、ほどほどの再分配を実施すべきとして、公平性をそれほど重視しない価値判断に立てば、極端な再分配政策は実施されません。民主主義の社会では、多くの(あるいは、中位の)有権者が持っている公平性に関する価値判断が政治家の政策を決めるので、彼らの価値判断如何で所得や富の再分配の程度が決まります。

政治と経済の関係が3時間でわかる 教養としての政治経済学
井堀利宏(いほり・としひろ)
政策研究大学院大学特別教授。1952年、岡山県生まれ。東京大学経済学部卒業、ジョンズ・ホプキンス大学博士号取得。東京都立大学経済学部助教授、大阪大学経済学部助教授を経て、1993年~2015年まで東京大学で教鞭を執る。著書に、『あなたが払った税金の使われ方』(東洋経済新報社)、『財政再建は先送りできない』(岩波書店)、『図解雑学 マクロ経済学』(ナツメ社)、『大学4年間の経済学が10時間でざっと学べる』(KADOKAWA)などがある。

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