本記事は、井堀利宏氏の著書『政治と経済の関係が3時間でわかる 教養としての政治経済学』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています

財政赤字が解決しない根本的な原因とは?

赤字
(画像=Ippaiattena/PIXTA)

●シルバー民主主義によって将来世代に「つけ」がまわる

財政再建では財源の手当が必要になります。しかし、現在の有権者への政治的な配慮があると、財政健全化手段として増税や歳出の削減は回避されます。増税や歳出削減には誰でも反対するからです。選挙権のある現在の有権者が増税や歳出削減に反対すると、選挙での当選を最優先する政治家は、こうした有権者の意向に配慮して、増税や歳出削減よりも財政赤字で財源を調達しようとします。そうなれば、増税や歳出削減は先送りされて、その分は選挙権のない将来の有権者が負担することになります。

特に、高齢化・少子化が進展し、高齢者の人口が増加し、かつ、高齢世代ほど選挙の投票率が高いことを考えると、中位投票者である60歳前後の世代(高齢予備軍の世代)やそれよりも年配の団塊の世代(70歳代前半)の利益を反映した政策が採用されやすくなります。「シルバー民主主義」と呼ばれる現象です。

国債や年金は、自然環境と同じく、これまでの現在世代の行動が将来世代の生活環境、経済環境に大きな影響を与えます。国債や年金の財政状況が悪化しているのは、いずれも過去に高齢化で給付総額の増加が見込まれるにもかかわらず、その財源の手当を準備してこなかった結果です。過去からの「つけ」が大きいと、短期的には処理しづらく、その後始末に長い時間がかかります。ともすれば、現在世代の短期的利益を優先して財政政策が決定されていると、将来世代に大きなデメリットを与えます。

たとえば親の世代が子供の世代を心配して、遺産や贈与で経済的に厳しい将来世代を援助するという利他的な行動は、そうした負担の先送りで将来世代が困窮する状況を緩和するという意味では、好ましい行為です。しかし、こうした民間の行為にあまり期待はできません。これは、放っておいても自然環境は悪化しないので、政府は何ら環境対策をしなくても良いと主張するのと同じ程度に、楽観的な議論だからです。

そうした民間の人々の将来を考慮する知恵や活動は有益ですが、それだけでは不十分です。しかも、遺産や贈与で子供を経済的に支援できる親は裕福な親であり、そうでない親は子供に十分な経済的支援ができません。こうした私的な移転は世代を超えた格差を維持・増幅させる弊害もあります。総じて、将来世代の便益をきちんと考慮した政府の行動が必要です。長期的な視点で政治家や政府が行動する政治的動機付けも求められます。

●ぐうたら子供への移転に見る「モラル・ハザード」

現在の経済環境が悪くても、将来それが良くなるのであれば、あえて痛みの伴う増税を現在無理してやらなくてもいい。これが財政健全化の先送りを正当化する議論です。しかし、そうした先送りは、民間部門のゆるみを引き起こす可能性があります。

人は、経済環境が苦しくなれば、政府が何らかの対策(減税や補助金などの財政支援あるいは公共事業での経済下支えなど)を実施してくれると期待すると、自らが汗をかいて、懸案を処理する誘因(自助努力で経済を活性化しようとする意欲)をなくします。こうした弊害は「モラル・ハザード」と呼ばれます。

「モラル・ハザード」を親子の関係で考えてみます。親は、子供のことをかわいいと思って、できるだけ援助したい「利他的な」選好を持つとしましょう。そして、子供がある年齢に達したときに、親は子供に所得を移転するとしましょう。そのときの子供の経済状態が悪くなっていれば、親は子供を助けるため、その子供により多くの金額を支援します。もし、子供がこうした親の利他的行動を事前に予想しているなら、親からの支援をあてにして、まじめに勉強したり仕事をしたりしないで、遊びほうけるかもしれません。

仮に子供がまじめに勉強・仕事をすれば、自助努力で自分の所得を稼ぎます。しかし、そうすれば子供が経済的に自立するので、親からの支援は減少します。子供が経済的に成功すれば、利他的な親が子供を支援するメリットは小さくなります。ですから、子供はあまり自助努力をしないで、ぐうたら息子(娘)になる方が得というわけです。たとえば、中小企業のオーナー経営で親が経済的に成功し、かつ、利他的な選好をもっている場合、2代目がしばしば放漫経営になるのは、こうした理由があるのでしょう。

政治と経済の関係が3時間でわかる 教養としての政治経済学
井堀利宏(いほり・としひろ)
政策研究大学院大学特別教授。1952年、岡山県生まれ。東京大学経済学部卒業、ジョンズ・ホプキンス大学博士号取得。東京都立大学経済学部助教授、大阪大学経済学部助教授を経て、1993年~2015年まで東京大学で教鞭を執る。著書に、『あなたが払った税金の使われ方』(東洋経済新報社)、『財政再建は先送りできない』(岩波書店)、『図解雑学 マクロ経済学』(ナツメ社)、『大学4年間の経済学が10時間でざっと学べる』(KADOKAWA)などがある。

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