本記事は、井堀利宏氏の著書『政治と経済の関係が3時間でわかる 教養としての政治経済学』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています

ブレーキとアクセルと同時に踏んだGo To トラベルの迷走

スーツケース
(画像=Kostiantyn Postumitenko/PIXTA)

政府が行ったコロナへの経済対策にGo Toトラベル事業があります。2020年度補正予算で計上されたGo Toトラベル事業は、コロナ収束後の観光業を支援するため、国内旅行代金の50%相当を、1人1泊2万円(日帰りは1万円)を上限に利用者へ補助。50%のうち、35%分(最大1万4000円)は旅行代金から割り引かれ、残る15%分は旅先での買い物に使えるクーポン券を配るという仕組みです(図6-4参照)。

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(画像=『政治と経済の関係が3時間でわかる 教養としての政治経済学』より)

このGo To事業は2020年後半に実施され、ホテル・旅館・観光=飲食需要を刺激しましたが、コロナ感染の拡大とも重なったため、混迷の度を深めました。感染が拡大していく状況で人の移動を促進するGo To政策は、ブレーキとアクセルと同時に踏むものであり、政策の意図と効果に疑問が生じました。東京都など自治体はコロナ感染の危機感を強めて、この事業の一時停止を要請しましたが、政府は観光業への支援を優先させ、できるだけ期間を延長しようと動きました。

その結果、一貫性を欠く中途半端な姿勢となり、コロナの蔓延を助長してしまいました。そして、高齢者や基礎疾患のある者にだけGo To自粛を要請するという中途半端な対応となり、2020年12月の感染急拡大を受けて、年末年始に一時停止を決定。その後2021年1月に緊急事態宣言が再発動されるに及んで、ようやく全面的な停止となりました。

Go To事業は菅義偉首相(当時)が力を入れた政策であり、観光のほか飲食関連にも効果がある経済対策です。ただし、Go To事業は経済的に余裕のある人々が旅行や飲食をすることで資金の好循環を促す政策であり、公平性の点から問題があります。たとえ実施するとしても、コロナが収束した後の施策です。感染の爆発的な再拡大が懸念された2020年後半に、こうした人の移動を促す政策を続けてきた政府の責任は、厳しく批判されるべきです。

競争力のない非効率な企業の温存へとつながる

苦境を訴える観光関連業界の声とは裏腹に、2020年の旅行業の倒産件数は低い水準にとどまりました。2020年の倒産件数は26件で、00年以降で4番目に少ないです。ホテルや旅館の倒産件数も117件と前年比で1.7倍となったものの、リーマン・ショックで景気が冷え込んだ08年や、東日本大震災で旅行需要が低迷した11年よりも低い水準でした。もちろん、観光業界を取り巻く環境は厳しいです。特に、Go To 事業が停止された2021年前半に状況は深刻化しています。それでも、こうした状況下で倒産件数が2020年にそれほど増えなかった理由は、コロナ禍での手厚い支援が関係しています。

実質無利子・無担保融資や、雇用調整助成金、持続化給付金といった一連の支援策に加え、先述した2020年7月からのGo To トラベル事業も旅行需要を一時的に刺激しました。新型コロナウイルスという自助努力の範囲を超えた外部環境の変化によって苦境に立たされている以上、業界への支援は必要です。しかし、一律の支援を続ければ、競争力のない企業の温存にもつながります。

そもそもコロナ以前から観光・旅行業界には課題がありました。既存の中小旅行会社はオンライン化に乗り遅れ、競争力がそがれていました。宿泊業界でも、古い旅館は昔盛んだった大宴会を想定した設備が多く、新陳代謝の遅れが指摘されていました。団体旅行の衰退とともに経営が悪化した事業者や、生産性が低く赤字傾向のため債務返済のめどが立っていない旅館も多かったのです。規模の小さい業者が多数存在する構図は、日本の中小企業全般に当てはまります。コロナ危機で浮き彫りになったように、同様の非効率な問題は、中小の小さなクリニックが乱立し、コロナ対応可能な基幹病院が少ないという医療現場でも抱えています。

それまで好調なインバウンド需要を背景に、業界が長年の課題である効率化を先送りにしてきた結果、新型コロナで大きな打撃を被ったということです。その場しのぎの対応で、コロナ禍で実施されるさまざまな公的支援に依存するだけでは、やがては不良債権処理に公的資金を投入せざるを得ず、後年の国民負担は増えます。したがって、効率化を促し、廃業支援も視野に入れ、新規参入を促す施策が必要でしょう。

また、外食産業もコロナ危機で大きな打撃を受けた業界の1つです。日本経済新聞社による2020年度の飲食業調査によると、閉店数が5230店に達したことがわかりました。19年度の1・9倍に増大しただけでなく、リーマン危機時の08年度(3859店)をも大きく上回ったのです。新型コロナウイルスの感染拡大は、外食産業に大きな悪影響を与えており、新店や既存店改装などへの設備投資額も前年度比3割減と大きく減少しました。改装店舗数も7年ぶりに2000店台を下回る1522店でした。コロナ危機が長続きするようだと、21年度も閉店が出店を上回る可能性が高いでしょう。

ただ、旅館業と比較して、外食産業は設備投資の規模が小さいので、参入障壁は小さく、もともと新陳代謝が盛んです。コロナ危機で退出する企業が多く出たのは、仕方がない面もあります。コロナが収束した後で、利用客のニーズを先取りできる企業は出店を加速するでしょう。そうなれば、利用者にとってもプラスになります。

政治と経済の関係が3時間でわかる 教養としての政治経済学
井堀利宏(いほり・としひろ)
政策研究大学院大学特別教授。1952年、岡山県生まれ。東京大学経済学部卒業、ジョンズ・ホプキンス大学博士号取得。東京都立大学経済学部助教授、大阪大学経済学部助教授を経て、1993年~2015年まで東京大学で教鞭を執る。著書に、『あなたが払った税金の使われ方』(東洋経済新報社)、『財政再建は先送りできない』(岩波書店)、『図解雑学 マクロ経済学』(ナツメ社)、『大学4年間の経済学が10時間でざっと学べる』(KADOKAWA)などがある。

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