本記事は、井堀利宏氏の著書『政治と経済の関係が3時間でわかる 教養としての政治経済学』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています
注目されるベーシックインカムは理想的な社会保障?
再分配政策の1つにベーシックインカム(BI)があります。コロナ禍を機に注目される機会が増えたので、耳にしたことがある方も多いかもしれません。
BIは、憲法第25条にあるように、すべての人に最低限の健康で文化的な生活をするための所得を給付するものです。『ベーシック・インカム:国家は貧困問題を解決できるか』(原田泰、中央公論新社)では、このBIが貧困問題に関する憲法の精神を実現する上で最も効率的であり、かつ、財政支出を減らすことができると主張します。BIには巨額の財政支出を伴うという懸念がありますが、原田案は以下の通りです。
すなわち、基本的にすべての人の年間所得を「自分の所得×0.7+BI 84万」とします。所得のない人は一律84万円の基礎所得を給付します。所得があれば、その所得の3割を徴収します。所得が280万円で差し引きゼロとなり、それ以上の所得があれば、その超過分の3割分だけ納税します。子供には一律36万円を支給します。
その代わりに、配偶者や子供の扶養控除、基礎控除などすべての控除を廃止します。基礎年金も廃止し、厚生年金は独立採算制の年金に置き換えます。生活保護などすべての社会保障政策もBIに代替します。そうすると、BIの給付に必要な総額96.3兆円+現行所得税収13.8兆円のお金は、30%の税率で得られる税収77.3兆円と廃止できる社会保障関連費用35.8兆円で財政的に実現できるという試算です。
この案は1つの試算で、同様にベーシックインカムを支持する議論も多くあります。単純で明快なBIは、現行の社会保障政策の恣意性や非効率性を克服する手段として、1つの理想像を示しています。ただし、所得は経済力をもっとも的確に反映する指標ですが、政府が認定している課税所得を真の経済状態の指標として利用するには限界があります。課税所得は収入マイナス経費で定義されますが、収入がきちんと把握できても、経費の算定は難しいからです。なかでも、自営業者や個人事業者の場合、仕事に必要な経費なのか、生活費なのかの算定が曖昧です。
たとえば、車のガソリン代金には仕事としての利用とレジャーや買い物など生活費としての利用の両方があり得ます。税務署がその内訳を正しく把握するには無理があります。経費の算定に恣意性が残ると、課税所得も真の所得とは乖離するでしょう。また、安定的な所得と変動する所得を同じとみなせるかも疑問ですし、資産所得の捕捉・算定にも限界があります。
そもそも、マイナンバー制度などが十分に機能していない現状では、国民の正確な所得・資産情報を政府が把握できないので、誰が弱者かを特定するのは難しいのも問題です。生活保護をもらうべき人が漏れたり、もらうべきでない人がもらったりする弊害もあります。
BIのように広く薄くばらまくと、課税所得が少なくても資産や真の所得が多い(=弱者でない)人にも給付することになるので、政策の効果が弱くなります。また、BIでは、給付が権利となるので、給付水準の引き上げを求める政治的圧力は強まります。さらに、現行の社会保障給付をBIに代替させるには、相当の調整コストを要するでしょう。ですから、弱者に給付対象を限定する方が財政的により効果的と考えられます。
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