この記事は2022年8月12日に「第一生命経済研究所」で公開された「延期される全国旅行支援と延長される県民割」を一部編集し、転載したものです。


コロナショック明け,旅行,ミニ経済学
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目次

  1. 延期される全国旅行支援と延長される県民割

延期される全国旅行支援と延長される県民割

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、旅行需要は大きく減少している。コロナ禍で苦境に立たされた観光産業に対して、政府はGoToトラベルキャンペーン(以下GoToトラベル)や県民割といった政策的な支援を行っている。

これまで政府によって実施された観光支援策を整理すると、2020年7月22日からGoToトラベルが実施されたが、2020年の年末に感染状況が大きく悪化したことにより、2020年12月27日(12月28日チェックアウト)で停止されることとなった。

その後、2021年4月1日から居住地と同一県内の旅行を割引支援する県民割が実施された。県民割については、2022年1月19日に、まん延防止等重点措置の対象地域の居住者による旅行が県民割の対象外となり、2022年4月1日から県民割の対象に同一の地域ブロックにある都道府県が追加されるなどの運用方針の変更を経ながら、現在においても主たる観光需要喚起策となっている。

2022年7月上旬からはGoToトラベルに替わる新たな旅行需要喚起策である、全国旅行支援の実施が予定されていたが、感染状況が急激に悪化したことにより、全国旅行支援の実施は延期されることとなった。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

GoToトラベルと県民割の効果を比較すると、都道府県外に対する旅行需要の創出に明確な違いが表れている。

内閣官房・経済産業省が公表するV-RESASのデータを確認すると、県民割実施時においては、都道府県外への宿泊者数の2019年同月比が一貫してマイナスで推移しているのに対して、GoToトラベル実施時においては、2020年10月に+23%、2020年11月に+52%と、コロナ禍の中でも都道府県外への宿泊者数に増加がみられている。

理由としては、支援対象の範囲の違いが挙げられる。GoToトラベルでは日本国内の旅行が対象になっているのに対して、県民割は居住地と同一県内(2022年4月1日以降は同一の地域ブロック)が対象となっている。県内(地域ブロック内)に割引が適用される中では、県外(地域ブロック外)での旅行はコスト面で割高となり、県民割実施時において県外旅行は選択されにくくなる。

また、GoToトラベル実施時においては、感染対策をしていれば、県外にも旅行に行っても良いというアナウンス効果が生じていたが、GoToトラベルが停止され、県民割に移行したことにより、県外旅行を行いにくくなるという負のアナウンス効果が生じた可能性も考えられる。

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県民割は県内旅行での観光支援とはなるものの、支援対象が県内(地域ブロック内)に限定されるため、その分効果は小さくなる。とりわけ、地方においては比較的1人当たり県民所得の高い都市部からの観光客を誘致することができないという点で、恩恵は限定的なものとなる。

2021年の国内における観光消費額をみると、観光消費全体では2019年比で▲58.1%となっているのに対して、北海道は同▲63.2%、沖縄県は同▲69.9%となるなど、回復が遅れている。

原因の1つ(*1)として、県内旅行の選好による、都市部から地方への観光需要減少の可能性が考えられる。内閣府が公表する県民経済計算によると、北海道の1人当たり道民所得が274.2万円、沖縄県の1人当たり県民所得が239.1万円なのに対して、東京都の1人当たり都民所得は541.5万円となっており(いずれも2018年度)、地域による所得格差がみられる。

地方の観光産業においては、比較的所得水準の高い都市部の観光客を誘致することで観光収入を確保することが期待されるが、県民割のもとでは、都市部の潜在的な観光客も県内(地域ブロック内)での旅行を行うことの方が割安になるため、都市部から地方への旅行が選好されにくくなるといった弊害が生じることにもなり得る。

*1:訪日外客数の急減による影響など他の要因も関係しており、地方における観光消費の回復が遅れていることの全てを都市部からの観光客の流入によって説明できるわけはない点には留意する必要がある。

更に、全国旅行支援が延期されているという状況が、県外(地域ブロック外)への旅行需要の先送りを生じさせている可能性もある。全国旅行支援が延期されることで、予定していた県外(地域ブロック外)への旅行を全国旅行支援実施後に行おうという消費者が増えやすくなる。

コロナ以降、宿泊業は2021年10~12月期を除き、経常利益の赤字が続いており、借入金の増加によって経営を維持している状況である。厳しい状況に置かれた中での需要の先送りは、観光産業回復の足を引っ張りかねない。

もちろん、感染抑制と経済活動の正常化は重要なテーマであり、感染抑制を軽視することはできない。ただ、県を跨いだ移動を自粛する費用対効果は既に低下しているようにみえる。

例えば、岩手県や青森県では、2020年前半や2021年10~12月期については新規感染者数がゼロ近辺で推移しており、東京都や大阪府といった都市部が感染の中心となっていた時期もあった。このような時期には、県を跨いだ移動の自粛を要請する必要があり、観光振興についても県民割を中心に据えて、感染が拡大しているエリアから、感染が拡大していないエリアへと感染が広がることを防ぐことに合理性があったと思われる。

現在においては、感染は全国的に広がっており、需要の先送りを生じさせてまで、県を跨いだ移動を抑制する必要性が乏しくなってきている。感染抑制を目的とするのであれば県民割も停止する必要があるだろうし、経済再開を目指すのであれば全国旅行支援の実施時期を明確にすることが求められる。

県民割の延長を続け、全国旅行支援を無期延期に据え置くことは、県外旅行需要の先送りを生じさせ、観光産業の苦境を長期化させる可能性があることを考慮する必要があるだろう。

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第一生命経済研究所 経済調査部 主任エコノミスト 小池 理人