ESG(環境・社会・ガバナンス)は、投資家だけでなく大手企業にとっても投資先や取引先を選択するうえで企業の持続的成長を見る重要な視点の一つだ。本特集では、ESGにより未来を拓こうとする企業の活動や目標、現状の課題などを専門家である株式会社アクシス代表取締役の坂本哲氏の視点を交えて紹介していく。

本稿では、坂本哲氏が東京電力ホールディングス株式会社の経営企画ユニットESG推進室の勝部安彦氏へ質問する形式で進める。東京電力ホールディングス株式会社をはじめとする東京電力グループは、再生可能エネルギーなどの発電から送電・変電・配電までのインフラを担う誰もが知る大手電力会社だ。同社のESGへの取り組みや、今後の展開についてうかがった。

(取材・執筆・構成=丸山夏名美)

東京電力ホールディングス株式会社
(写真=東京電力ホールディングス株式会社)
勝部 安彦(かつべ やすひこ)
――東京電力ホールディングス株式会社経営企画ユニットESG推進室
1967年9月18日生まれ。東京都出身。1991年に東京電力柏崎刈羽原子力発電所に所属し、事業開発部、法人営業部、CRE推進室 副室長を経て、2021年4月より経営企画ユニットESG推進室長に就任。

東京電力ホールディングス株式会
首都圏を中心に日本全体の約30%の電力を供給する電力会社。1951年、GHQポツダム政令により関東配電と日本発送電を再編して設立。(旧東京電力株式会社)本社は東京都千代田区。発電、送配電、小売の電力事業を担っている。
坂本 哲(さかもと さとる)
―― 株式会社アクシス代表取締役
1975年6月21日生まれ。埼玉県出身。東京都にて就職し、24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳の時、株式会社アクシスの事業継承のため家族と共に東京から鳥取にIターン。

株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容は、システム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「バード」運営など多岐にわたる。

目次

  1. 東京電力ホールディングス株式会社のESGの取り組み
  2. 東京電力ホールディングス株式会社の「地方創生」への取り組みと意義
  3. 消費エネルギーの「見える化」の意義と取り組み
  4. 東京電力ホールディングス株式会社のESGにおける今後の展開
  5. 東京電力ホールディングス株式会社の可能性と、応援するうえでの魅力とは

東京電力ホールディングス株式会社のESGの取り組み

株式会社アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):御社は、SDGsやESGに対して積極的に取り組まれていると思います。そのなかでも脱炭素に関する代表的な活動や具体的な取り組みを簡単にお聞かせください。

東京電力ホールディングス株式会社 勝部氏(以下、社名、敬称略):東京電力グループは、2016年4月にホールディングカンパニー制を導入しました。再生可能エネルギー発電事業会社の「東京電力リニューアブルパワー」、燃料・火力発電事業会社の「東京電力フュエル&パワー」、一般送配電事業会社の「東京電力パワーグリッド」、小売電気事業会社の「東京電力エナジーパートナー」の4つが基幹事業会社で、これらの持株会社である「東京電力ホールディングス」がグループ全体のESG推進を担っています。2019年4月には、ESG委員会、担当役員、ESG推進室を設置しました。

▽東京電力グループ概要

東京電力ホールディングス
(画像=東京電力ホールディングス)

勝部:政府は2030年度に温室効果ガスを46%削減(2013年度比)、2050年度には温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラルを目指すことを表明しています。東京電力グループも販売電力由来のCO2排出量を2030年に50%削減、2050年にゼロにすることを宣言しました。

これには「需要側である社会への取り組み」「供給側であるゼロエミッション電源の開発」の両輪をうまく回すことが重要だと考えています。供給側では、洋上風力や太陽光発電など再生可能エネルギー電源の普及、需要側では太陽光発電や蓄電池等の分散電源の普及や、化石燃料を使わずヒートポンプ等で熱を発生させる電化を普及することでゼロエミッションの達成を実現していきたいと考えています。

▽東京電力グループのカーボンニュートラル宣言

東京電力ホールディングス株式会社
(画像=東京電力ホールディングス)

このグラフは縦軸がCO2削減量1トンあたりのコストを、横軸が削減ポテンシャル(量)を表しています。これを見るとまずは左下の領域である、CO2削減の費用対効果が高い電化や太陽光などの取り組みを先行して進めつつ、長期的には技術開発の動向等を見据えながら右上の領域(水素や合成燃料)に取り組んでいくべきだと考えます。

▽東京電力グループのカーボンニュートラル施策

東京電力ホールディングス株式会社
(画像=東京電力ホールディングス)

勝部:従前は、大規模な火力発電所から一方通行で需要側に電力を届けていました。しかしこれからは、需要側に太陽光や蓄電池を設置し分散電源を活用した地産地消のエネルギーシステムの構築にもチャレンジしていきたいと考えています。

坂本:脱炭素を推進するにあたり、課題となっていることを教えてください。

勝部:電気の安定供給とカーボンニュートラルの両立が至近の課題です。ウクライナ情勢の影響もあり燃料と電力の価格が高騰しています。また、2022年3月と6月は電力需給が逼迫して多くの方に影響が出ており、電力の安定供給の重要性を改めて認識しています。

再生可能エネルギーは天候によって出力が変動するので、需要と供給のバランスを取ることが技術的に難しくなり、再生可能エネルギー等の分散電源が普及した社会では、これまで以上に安定供給を維持することが課題となります。そのようななかで東京電力グループは「S+3E」、つまり安全性(Safety)を前提に「エネルギー・安全保障(Energy Security)」「経済効率性(Economic Efficiency)」「環境(Environment)」の3つを達成するという基本方針に基づき、電力の安定供給を行うこととなります。

▽エネルギー供給取組の基本方針「S+3E」

東京電力ホールディングス株式会社
(画像=東京電力ホールディングス)

「S+3E」の原則を軸にカーボンニュートラルと安定供給をともに達成するためには、蓄電池など「ためて使う技術」が重要です。需要側に「ためて使う技術」を導入することは、周波数や電圧の電力品質を維持したままでの安定供給に貢献します。

東京電力ホールディングス株式会社の「地方創生」への取り組みと意義

坂本:「地方創生」に関する東京電力様の取り組みを教えてください。

勝部:私たちは、以前より地域に根ざしたエネルギー供給の役割を担ってきました。最近は、地域創生の文脈でもカーボンニュートラルが注目されており、すでに785(2022年9月30日時点)の自治体が「カーボンニュートラル宣言」をしています。また国の「脱炭素先行地域」としても26(2022年4月時点)の自治体や地域が選定されています。

東京電力パワーグリッドは、11(2022年8月末時点)の自治体と提携して一緒にカーボンニュートラルの実現に動いています。特にさいたま市では、脱炭素先行地域の共同申請者となりました。

他に防災についても地域との連携を強めています。2019年9月に千葉を中心に関東全域を襲った台風15号の際には長期停電が起き、今後も気候変動の影響で災害の激甚化が懸念されます。東京電力パワーグリッドでは自治体と防災協定を進めており、2021年末時点で東京電力パワーグリッドサービス提供エリアの約9割と提携しています。今後もカーボンニュートラルと防災を軸とした「次世代のまちづくり」のため、アライアンスを積極的に推進していきます。

坂本:東京電力様にとって地方創生の意義は、どのようなところにありますか。

勝部:2021年に東京電力グループは、「安心で快適なくらしのため エネルギーの未来を切り拓く」というスローガンのもと、新しい経営理念を作りました。「カーボンニュートラル」や「防災」を軸とした価値創造については、5~10年先の未来に実現していくビジョン(将来像)にあたります。

地域の価値向上は、このビジョンのなかでも非常に重要な位置付けといえるでしょう。

▽東京電力グループのミッション・ビジョン・バリュー

東京電力ホールディングス株式会社
(画像=東京電力ホールディングス)

勝部:カーボンニュートラル社会における地産地消型エネルギーシステムへの変革は、チャレンジングであると同時に新たな事業機会でもあると捉えています。

▽質問に答える勝部氏

東京電力ホールディングス株式会社
(写真=東京電力ホールディングス株式会社)

消費エネルギーの「見える化」の意義と取り組み

坂本:脱炭素を推進するために、どのようなエネルギー資源が利用されているか、また、どのくらい消費されているかといった数字を把握する「見える化」にどのような意義を感じていますでしょうか?

勝部:脱炭素の実現に「見える化」は必須です。「見える化」によってはじめて目標の設定やCO2削減のモニタリングができるので、カーボンニュートラルの第一歩といえるでしょう。東京電力グループも電力データを保有しており、そのデータを使ったエネルギーソリューションサービスをお客さまに提供しています。今後もデータを活用したさまざまなサービス展開をしていきたいと思います。

ESGの情報開示の観点では、国や投資家から情報開示の要請が高まっています。そのなかで企業側としては、情報開示に要するコストが大きな課題です。そこで情報開示業務を効率化・自動化できる、「見える化」システムの導入が重要になっていくでしょう。

東京電力ホールディングス株式会社のESGにおける今後の展開

坂本:近い未来、脱炭素が実現したと仮定します。その新しい社会のなかでどのようなサービスを提供しているとお考えでしょうか。具体的な事業など未来像があればお聞かせください。

勝部:カーボンニュートラル社会では、大規模発電所から需要側への一方通行の電力システムから、再生可能エネルギー等の分散電源が普及した地産地消型システムに移行が進んでいるのではないでしょうか。東京電力グループは、将来的にもエネルギー関連事業が事業ドメインの中核であり続け、これまで以上に自治体やお客様と共同で、地域のエネルギー供給を通じて、カーボンニュートラルや防災の地域価値向上を実現していると思います。

ただ私たち単独では、カーボンニュートラルの実現はできません。さまざまな企業や自治体とアライアンスを組んで、電力に限らない付加価値サービスを展開していきたいです。

坂本:今お話された地産地消システムについておうかがいします。例えば弊社が拠点を置く鳥取県であれば土地があるので、大きな太陽光発電所を作ることも可能ですが、大都市圏にはその土地がありません。大都市圏では、どのようにエネルギー活用をすればよいでしょうか。

▽アクシスの坂本氏

株式会社アクシス
(写真=株式会社アクシス)

勝部:たしかに都市圏では、発電をエリア内で全てまかなうことが難しいでしょう。エリア需要に必要な供給力を確保するには、オンサイト、オフサイトの電源を組み合わせることも必要です。例えば太陽光発電を都市部建物の屋根に置ききれない場合は、エリア外の空いている土地に設置して需要場所へ送電する方法もあります。そのような制度や技術は、かなり整ってきたのではないかと思います。

また、VPP(仮想発電所:バーチャルパワープラント)やDR(電力使用量制御による安定供給化:デマンドレスポンス)等の需給調整の制度や仕組みも整備されてきているので、今後は供給側と需要側の事業者や需要家が協力しあって柔軟に調整することが更に重要になってくると考えます。

東京電力ホールディングス株式会社の可能性と、応援するうえでの魅力とは

坂本:ESG分野は、投資家からも注目されています。今後この分野に力を入れる東京電力へ投資する価値、魅力をお聞かせください。

勝部:ESGの潮流、カーボンニュートラル社会の実現など事業環境は大きく変わっていきます。東京電力グループでは、これをチャンスと捉え個々のお客様や地域への提供価値を高めて持続可能な社会作りに貢献したいです。

すでに触れている通り地産地消型のエネルギーサービスは、私たち単独では実現できないので、いろいろな方と一緒に築いていかなくてはなりません。多くの方からさまざまな意見をいただくだけでなく、投資家や金融機関の方々とも連携して幅広い事業展開をしていきたいと思っております。